第六章:陽炎の毒牙
テストやら研修旅行やらが今後続くので、暫く更新が出来ないと思います。
予めご了承下さい。
「うへぇ~」
拍子抜けた声を上げ、黎琳は額の汗を拭った。
辺りにあるのは黄色い砂に覆われた地面と、ぽつぽつ見受けられる赤茶けた岩場くらいだ。
太陽の光が容赦なく暑さを酷くしていく。
チラッと横目で黎琳は後ろの方で同じく汗をだらだら垂らしていかにも具合悪いって感じの顔をした衿泉を見やった。しかし彼は気付いていながら気付かぬ振りをして目を逸らす。
相変わらず衿泉とは話しづらい微妙な距離ができてしまっていた。衿泉だけでなく、春零も例外ではない。歩く時、大体黎琳の近くに彼が居たものだが、今黎琳の隣に居るのは銀蒐だ。そしてそれなりの距離を置いて、後ろを歩く衿泉の隣には春零の姿がある。
暑さでへとへとになっている二人に喝を入れるように銀蒐は言う。
「真夏に比べればマシだが、体力をこれ以上の削るのも危険だ。休める場所を探そう。黎琳殿、もう少しの辛抱だ」
「……分かった」
渋々頷く。仕方がない。こんな砂漠の砂と日射の中ではとても休めそうにない。
「衿泉も顔色良くないですよ?」
「湯河村は比較的涼しい気候だから……暑いの、苦手なんだ」
ふうっと大きく息をついて、衿泉は前を見据えた。その瞳には親しげに話をする黎琳と銀蒐の姿が映っていた。
――何か、苛立つ……。本当、あいつの考えていることはよく分からない。最初っからあいつは自分勝手と言うか、振り回し屋と言うか。……そうか、振り回されるのにうんざりしてるんだ、きっと
何とも言えない表情をする想い人を見て、春零はむうっとする。けれども、彼は春零の心情を察するどころか、その視線を別の少女へと注いで見ようとすらしなかった。
しばらく砂漠を歩いた所で、大きな岩場の中に洞窟を発見した。
暑さをしのげ、少しだが湧き水もあることから、ここで休息をとることになった。
旅人が利用するためか、敷き布が敷かれており、快適な楽園と化していた。
湧き水で喉を潤し、横になればすぐに眠気が襲ってきた。
「日が翳ってから出発した方がよさそうだ……。時間があるので休んでいいでしょう、黎琳殿」
銀蒐にそう言われる前に黎琳は睡魔に負けてしまっていた。
やれやれ、と首を傾げ、銀蒐は立ち上がる。
ここから少し離れた場所に衿泉が横になっていた。どうやら熱が出たようだ。水で濡らした布を額に乗せる春零の姿があった。
「――疲れも溜まっていたみたいだし、今日はあまり急かさない方がいいと思います」
岩の壁にもたれ、二人は並んで座る。
「そんなに黎琳殿が憎いかい?」
「憎い!?憎いだなんて、そんな事春零は思ってません!」
「気がついてるかい?黎琳殿も衿泉殿も互いに距離を置いている。それを促しているのは……春零殿である事を」
「そんな事!」
カッと頭に血が昇り、声を荒げる春零を慌てて鎮める銀蒐。
ううんっと唸って黎琳が寝返りをうった。
「分かってます……分かってるんです。でも、何故春零じゃないんですか?春零の方が衿泉の事、とっても、思っているのに……!」
「でも決めるのは衿泉殿自身だ。二人をくっつけろとは言わないが、障害となるのはどうかと私は思う」
「銀蒐まで春零の気持ちを分かってくれないんですか……」
「少なくとも、独占欲すなわち恋ではない。本当に相手を想っているのならば、どうするべきかが自然と分かるはず。今の春零殿には分からないようだが……」
「お子様扱い、してませんか?」
完全に機嫌を損ねた顔をする彼女に銀蒐は更に言葉を重ねようとした。
が、洞窟内に急に人の気配を感じて口を噤んだ。
外から何やら騒がしい人の声がする。かなりの人数だと想定できる位の。
「な、何なの」
「しっ。黙ってて」
反響のせいではっきりとした言葉を聞くのが難しいため、耳を澄ます。
若い女の甲高い声がまず捉えられた一声だった。
「誰かこの中に入ってるみたいじゃん!もしかして、根城を荒らされたんじゃ……!」
慌てふためく女に今度は少年の声が諭す。
「落ち着けよ、楓姫。砂が形状記憶していられる時間は短い。僕の推理が正しければ、狼達はまだ中に潜んでいるだろうね」
『!!』
口を押さえながら銀蒐と春零は危機感を覚えた。
「衿泉、起きて!早く!」
しかし衿泉は起きない。どうやら意識がないようだ。
「黎琳殿、すみませんが起きてもらいますよ!」
水袋に入れていた水を黎琳の顔目掛けて一気にバシャッとかけてやった。案の定黎琳がひゃっと悲鳴を上げて飛び起きた。
騒ぎ立てようとした黎琳の唇に人差し指を当て、首を振った。何かが起きていると察した黎琳の表情が厳しいものに変わった。
「銀蒐、どうしよう……。衿泉が起きない……」
「くっ……」
恐らく水を被せて起こしても、それほどの戦力とはなり得ない。
仕方なく銀蒐が衿泉の身体を担ぎ、奥へと逃げようとした時だった。
素早い風が銀蒐の真横をヒュッと通った。
「黎琳殿!」
声を飛ばしたが、瞬時の事でとても間に合いそうにない……!
「!」
咄嗟に後ろへと飛んだが、その風が黎琳の右肩を掠め、切り裂いていった。
着地し、風を巻き起こす俊足の持ち主に吠えようとしていた矢先の事だった。
突然身体から力が抜けた。
その場に倒れた黎琳を見下すように聳え立つ一人の少年。
「黎琳殿!?」
「おっと動かないでねぇ?」
首筋に短剣を突きつけられ、身動きが取れなくなってしまった。
いつの間にやらもう一人の仲間が来ていたようだ。集中をあちらへ向けた巧妙な攻めだ。
ちなみに銀蒐達を脅しているのは入り口付近でぎゃあぎゃあ喚いていた女のようだ。と言う事は、黎琳を襲ったのは恐らく相手の少年の方という事になる。
倒れた黎琳には、耳鳴りのように自分の心臓の音がドクドク聞こえていた。
息が、出来ない。
「どうだい?僕の毒牙に冒された気分は?」
「ど、毒!?」
「陽炎の毒牙と呼ばれし最年少盗賊長、陳鎌の根城にみすみす侵入を試みるとは愚かな者達だなぁ。ゆっくり後悔しながら毒に蝕まれていくといいさ」
あははっと高笑いして更に奥へと行く鎌。
「楓姫、そいつらを縛っておけ。女はこちらへ。荷物の中で、使えそうなものは全部盗っとけ」
「分かってるぅ~♪」
こびった風に楓姫は返事をしたかと思えば。
「そういう事で、ついて来い」
顔が極悪人に豹変していた。