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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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第五章:消された記憶

 一行は人魚達の案内によって、目的地である湖に辿り着いた。

 どうも夕べの事は記憶にないらしく、衿泉は普通に口数少なく様子もいたって普通だった。

 むしろ様子が変だったのは春零だった。

 「黎琳!春零達は別行動しましょ」

 「え?」

 「まあ俺達は修行するし……女組はゆっくりしててくれ」

 言うなり衿泉と銀蒐は湖の奥へと行ってしまう。

 そして彼らの背中を見送り、居なくなった事を確認すると。

 春零が真剣な眼差しをこちらへと向けた。

 「どうした?春零」

 「春零は、黎琳に言いたい事があるんです……」

 言いかけて、彼女はふるふると首を振った。

 「ごめんなさい、やっぱいいです」

 「何だそれ!?」

 拍子抜けだった。

 「春零は、人魚の元へ歌でも歌いに行って来ます」

 「あ、ちょっと……!」

 逃げるように春零はその場を立ち去った。引き止めようとしていた黎琳の手だけが虚しく残った。

 ……どうやら避けられているようだ。

 ――昨日あれほど酔っていたから、記憶は定かに残ってはいないだろうし……それ以前に私が何かしたか?

 複雑な心情を理解するのは難しい。すぐに黎琳は追求をやめてしまった。

 それに、一人にしてもらった方が都合がいい。

 周囲に誰も気配が感じられないのを確認して、黎琳は元の姿――銀の髪と緑の目の少女へと変化した。

 とんっと軽く地面を蹴れば、身体は物凄い勢いで上昇を始めた。

 霧に覆われた森を突破し、空へとぐんぐん近づいていく。

 空気が薄くなっても黎琳は平気だった。そもそも、龍は天に住まうもの。少量の酸素と、「気」さえあればその生命を保てる。

 やがて、雲の上に朱色の宮殿が見えてきた。その前へと着地する。

 外からまともに見るのはこれが初めてだった。

 ここが七神の住まう天界の宮殿。そして、黎琳を長年の間封じ込めていた牢でもある。

 流石は神と言うべきか。黎琳の来訪を察知して、入り口にはあの女が待ち構えていた。

 「やっと報告に来たって言うべきなのかしら」

 「……しばらく会えなくて本当は寂しかったんじゃないのか?」

 「何だか言うようになったわね」

 降参、と言わんばかりに彼女は両手を挙げる。

 「実の所、貴方が居ないと何もなくて退屈してたのよ」

 「人を退屈しのぎのように……」

 神の価値観というものはやはりこうなのだろうか。何かと上から目線なのは腹が立つが、根はいい奴であると彼女だけは信頼出来る。

 ――記憶を消されただろうであろう今私の最初は、彼女との出会いから始まったんだ

 目が覚め、真っ先に映ったのは見知らぬ女の顔だった。

 そう、今目の前に居る七神の一人、香耀(かよう)が。

 香耀は橙の瞳を細め、紅をさした唇で言う。

 「七神皆が貴方を待っている。中へ」

 「……丁度いい。私も幾つか聞きたい事があったからな」

 ここへ帰ってくるのははっきり言って勇気が要った。

 何故なら、ここに住まう者達はずっと自分を幽閉していたのだ。再び幽閉され、外に出される事なく寿命を待つ植物のような生活に逆戻りする可能性だって十分に考えられたからだ。

 入り口から廊下へと入り、奥にある会議室へと向かう二人。

 ――言動には注意しなければならない。が、聞くべき事はしっかり問いただしてやるさ。七神には一泡吹かせないとな

 ちょっとした仕返しってやつだ。

 汚れ一つない真っ白な扉を開けば、白の大きな卓を囲んで七神が勢揃いしていた。

 一斉にこちらへと目が向けられ、その威圧感に思わず黎琳は小さく震えた。

鋭い十四の瞳がこちらを見ていた。先程とはうってかわって耀すらも冷ややかな眼差しを向けた。

 彼女曰く、目をかけている事をあまり他の六人には知られたくないらしい。

 「遅い報告ご苦労。座りたまえ、応龍」

 偉そうに言うこの紫がかった銀髪の持ち主こそが、七神の中で「主神」と呼ばれる最大権力者だ。

 見た目こそ只の変わった容姿を持ったひねくれの若者にしか見えないが、その強大な力は世界を一瞬にして破滅に追い込めるほどのものだと聞く。

 まあそれ位の力がなければこの世界を保つ事――命の環を巡らせる事など出来ないだろうが。

 指示に従い、空席となっていた一つの椅子に座る。

 「久しぶりの地上はどうだった?黎琳?」

 興味深々に聞いてきたのはこの連中の中で一番若い七神――双子の片割れ、蒼翠(そうすい)だ。水を司る存在だ。

 「全く……。蒼翠、今日黎琳が帰って来たのはそんな話を聞かせるためじゃなくてよ」

 しっかり者の双子の姉、桜紅(おうこう)が蒼翠に釘をさした。

 双子という存在だけあって、髪の長さや顔立ちは全く同じと言っていい。だが、目と髪の色はそれぞれ蒼と紅と対になっている。力も対となっており、桜紅は火を司る存在だ。

 「本題に入る」

 鶴の一声、まさにそれだった。

 緊張感が薄まっていた場の空気が一気に張り詰めた。

 「応龍、報告を」

 相変わらず上から目線はむかつくが、これも仕方がないと我慢する。

 彼らの存在なくして今の世界の命の繁栄はなかったのだから。

 確かに彼らは崇められるべき存在なのだ。

 「風琳国では既に幾つもの村が滅ぼされ、数え切れぬ程の人間が命を落としている。挙句の果てには国王を操って人間を根絶やしにしようとする始末だった」

 七神達は動揺した。

 「どうも強力な妖魔が妖怪達を先導して人間達に危害を加えさせているらしい。何の目的かはまだ調査中と言う所だ」

 「……先導している、その妖魔らしきモノを見たと?」

 「ああ。名は名乗らなかったが……――」

 「溜謎だったりして?」

 「蒼翠!」

 はっちゃけて言ってのけた蒼翠に桜紅の喝が飛んだ。

 溜謎?

 何処か胸騒ぎを覚えた。

 ――知っているような、知っていないような……

 「とにかく、引き続きその妖魔を探り、排除に徹するのだ」

 「主神、この場で聞きたい事がある」

 この場でと言う事は七神全員に対して聞きたい事があるという事だ。

 「……言ってみるがいい」

 許可され、単刀直入に黎琳は彼らに問うた。

 「私の過去の記憶、意図的に封印したんだな?」

 「!」

 全員がはっと息を呑んだ。

 次の瞬間、主神は黎琳を吹き飛ばしていた。黎琳を部屋の外へと追い出したのだ。

 尻餅をつき、何をすると言う間もなく扉が閉まり始める。

 「何を吹き込まれたか知らんが、今お前に与えられている使命の事だけを考えるのだ。他を考えているほど悠長な時間はない」

 主神の言葉を最後に七神への道は完全に閉ざされてしまった。


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