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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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第四章:聖なる泉

 湖へと向かって欲しいと言えば、あっさり黎琳は許可した。

 「いや、これから何処へ向かおうと思っていた所だったからな。丁度良かった」

 この娘は計画性と言う言葉を知らないのだろうか。

 そんな事で一行は湖へと向かう事へとなった。


 「……視界が悪いな。何なんだ、この白い煙は」

 「霧ですね」

 「霧……?食えたりするのか?」

 空中で口をパクパクする黎琳に誰もが心の中でつっこんだ。

 ――食べられるはずがない。そもそも何処から食べられるという概念が出てくるんだ

 都を発って二日目。

 森の中は霧が立ち込めていた。ほんの数歩先が見えないほどの濃霧だ。

 無闇に進むのは危険だ。そう判断し、早いがここで野営の支度をする事となった。

 「薪を取ってくるっ」

 「おいっ、そんなにすばしっこく動くなって!」

 注意さの足りない黎琳に衿泉が唸る。

 俊敏な動きでなりふり構わず枝をかき集める黎琳。

 と――。

 「!」

 ビクッと身体が震えた。覚えのある感覚。妖気を察したのだ。

 その場に立ち、辺りを見回す。だが、霧のせいか妖気の場所が定かには分からない。

 ただの視界不良などではない。黎琳の得意とする気を読む事を阻む術か何かがかけられているのだ。

 気をつけろ、そう言おうとした時には既に時遅し。

 相手は狙い目である彼女の背後に忍び寄っていた。

 ぐいっと後ろに引っ張られ、彼女の身体はグラリと傾いだ。

 「えっ……」

 「春零!?」

 そう、狙われていたのは春零だった。無防備だった春零は地面のある後ろへと倒れこむはずだった。

 しかしそこには地面などなかった。身体が仰け反り、深淵へと落ちる体制へと入る。

 霧が一瞬その周辺だけ晴れた。春零を飲み込もうとする崖の姿が見えた。

 「春零!」

 咄嗟に春零の腕を掴み、引っ張り上げようとした。

 だが春零は誰かに深淵へと引きずり込まれるように加速していく。

 とうとう衿泉の足もとられてしまう。

 「あっ……!」

 二人の姿は霧に消えた。崖に落ちていってしまったのだ。

 「衿泉、春零!」

 ぎりぎりの淵の所で黎琳はありったけの声で叫んだ。しかし返事はなかった。

 ――私の力が至らなかったせいで……!

 その悔しさは表に出る事はなかった。彼女は酷く冷静な態度でゆっくり立ち上がった。

 「銀蒐、荷物をまとめよう。降りれそうな場所から降りて、衿泉と春零を探す」

 「りょ、了承した」

 てっきり慌てふためくとでも思っていたのだろう。銀蒐の方がよほど動揺していた。

 広げかけていた荷物をまとめ、二人は歩き出す。

 が。

 突如黎琳は足を止めた。後からついてきていた銀蒐が突然の事で対応し切れずに背にぶつかった。

 鼻をさすりながら何事かと目で問うと、黎琳は険しい表情を浮かべた。

 「……囲まれているらしい」

 霧に包まれた一帯に向かって波動を放つ。

 『ギャッ』

 短い悲鳴が聞こえた。銀蒐もようやくそれが事実であると認識し、槍を構えた。

 『悟られてしまったのならば仕方があるまい』

 術が意図的に解かれたらしい。霧が晴れる。

 ズラリと並び囲んでいたのは下半身が魚である――いわゆる、人魚達だった。

 これまた上手にひれを使って立っている様には思わず二人は感心してしまった。

 『この地を穢す者を排除したまでです。手出しは無用』

 「何だと……」

 『あの娘の中に居る不浄なる魂を、ね』

 「!?」

 そう言えば、銀蒐にまだ春蘭の事を話してはいなかった。

 何の事だかさっぱり分からない槍の使い手はこちらへと目を向けた。

 今はゆっくり事情を話している暇などない。

 この様子ではたかが崖の下に突き落としたとはいえ、それで殺そうとは考えていないようだ。

 まだ無事である可能性は十分にある。いや、無事でいてもらわないと困る。

 「悪いが」

 ゴゴゴと大地が震えた。

 「お前達に構っている暇はない。退け!」

 ドオンッと気が炸裂した。人魚達は波動によって吹き飛ばされ、木などに激突して次々と気を失った。

 一掃し、その場を離れる二人。

 ――凄い。強い、この女……。尋常じゃない強さを隠し持っている

 正直、妖魔との戦いへと向かう者の中に女が入り混じる事に銀蒐は納得が行かなかった。むしろ男の勇敢たる戦士を募って組を編成した方が効率が良いものだと思っていた。実際、性格的にも多少戦いに問題のある者だと勝手に決め付けていた。やはりそれなりに腕に自信があるだけある。

 「黎琳殿、先程人魚が言っていた春零殿の中に居る不浄な魂とは?」

 ぴたりと足が止まった。

 「聞くのならば、同じ痛みと罪を共有できる仲間として居る事を誓うことだ。その覚悟がないのならば、知らない方がいい」

 内面を見極めるには丁度いい。

 ただ単に王に派遣されたからなんて理由でついてこられていても宝の持ち腐れだ。やる気のなさは戦いにも響いてくる重要な要素だ。

 仲間としての信頼関係を築く事も大切であると衿泉と春零から学んだ。

 共に居る以上、知る権利はあるが、軽い気持ちで言えるような過去を持つ者はこの中には居ない。

 春零も衿泉も、そして黎琳ですらもだ。

 暫し考えて後、銀蒐はゆっくりと言った。

 「……そのような覚悟ならとうに出来ていた。誰かと共に戦うのならば、まず味方の事から知る必要がある。いくら新規参入者とは言え、この銀蒐、仲間として共にあることを誓おう」

 「立派な覚悟だ。後で後悔しないことだな」

 これは銀蒐だけに言える事ではない。

 いずれ真実を知った時、春零もそうであろうが一番に後悔するであろうは――。

 歩きながらであるが、黎琳は少しずつ春零と春蘭の事を語り始めた。



 「ふふ……」

 水晶に映し出された黎琳と銀蒐の姿が歪み、衿泉と春零が映し出される。

 崖から落ちたせいで顔や服には土があちこちついている。更には気を失っているようだ。

 その様子を見て満足気に人魚は微笑んだ。

 「この神聖なる湖を穢そうとはいい度胸をしていること。人間の中に居れば分かるまいとでも思ったかしら」

 微笑んでいた目がきっと細く春零を睨んだ。

 「湖の守護者として、悪しき者は排除する。それが(わたくし)達人魚の務め」

 守護者と名乗る人魚の長は動き出した。


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