守りたい
歌は止んでいた。目の前の情景に春零は呆然としてた。
風の威力によって城の壁が破壊されていた。
これほどの威力があれば、もろに喰らえばただではすまない。
情景を見て最悪の結果を思い、王がぐっと歯を噛み締めた。
「ふっ。偉そうな口を叩いておきながら、一撃で終わり?弱いね~、人間は」
「黎琳……。嘘だろ?」
その場に膝をつく衿泉。彼女がやられるはずがない。あれほど強い波動使いなのだ。
でも、生きているとはとても思えなかった。
春零も目に涙をいっぱい溜めて、瓦礫の山を見る。
まだ砂埃が舞っていて、その様子は詳しく分からない。
「今度はこの身体を傷つけたお前を殺してあげよう」
妖魔がこちらへと歩み寄ってくる。
やっぱり自分はまだまだ無力だ。唯一の希望を失った今、生にしがみつく理由があるだろうか。
「!衿泉……!」
身体に力が入らない。いっその事、ここで死んでしまった方が楽なのかも知れない。
そうすれば、もう誰かを守れなくて苦しむ必要はない……。
「衿泉!戦うのです!黎琳のためにも、まだここで必死に戦おうとしている人達のためにも!」
「……」
「終わりだ!」
目の前まで迫った妖魔が扇状の腕を振り上げた。
その時だった。
ドンッ
大きな音が鳴り響き、妖魔の動きが止まった。
「え?」
何が起こったのか妖魔自身にも分からなかった。ゆっくり自分の身体に目を向ける。
腹の部分にぽっかりと穴が空いていた。中に入っていたはずの臓器類は何処にもない。
続いて襲い掛かる痛みに妖魔は叫ぶ。
「ギャアアアアアァァァ!」
ドボドボと溢れ出る血。見ていると気分が悪い。王はそっと目を逸らした。
「全く……勝手に盛り上がってるんじゃないっての」
瓦礫の中から人影が立ち上がる。長い髪を束ねてある女性のシルエットが見える。
嘘のように砂埃が収まる。黎琳は確かにそこに立っていた。生きていたのだ。
「黎琳……!」
「こんな所で死んでる場合じゃないっての。そう簡単に殺されては困る」
口の中に溢れた血を吐き出す。それでも地面に叩きつけられて口の中を切る始末だ。この妖魔の強さもただの妖魔とは格が違う。あいつと何かしら関係があると考えて間違いないだろう。
呻き苦しむ妖魔を見下す。
「よくも……よくもぉぉぉ!」
腕を振ろうとした妖魔に黎琳はその腕にかかとを落とす。バキッと音を立てて骨が砕かれる。
「があああ!」
「いちいち五月蝿い妖魔だな。折角とどめをさすのを待ってやってるんだ」
そのまま黎琳は問う。
「お前、仲間が居るんじゃないか?たった一人でこんな事を成せる性質かよ」
「……そうだったとしても、口を割るわけがない」
「そうか、残念」
簡単に吐いてはくれないようだ。いくら生命力が強いと言ってこのまま生かしておいてもどうしようもなさそうだ。
ふうっとため息を着いて足を降ろす。
「今お前の存在価値はなくなった」
「え」
バアンッ
乾いた音と共に妖魔は身体の内側から破裂していた。細かい粒子となってその場に積もり、風に攫われて跡形もなくなくなる。
少し気を緩めた瞬間に黎琳はその場に倒れていた。
「黎琳!」
衿泉が抱きかかえる。
気を失っているだけのようだ。
黎琳が死んでしまったと思った時、自分は全てを失くしたと思った。
それは春零も同じ事だった。戦う意思まで失う事はなかったが、彼女を失う事で自分はこれからどうすればいいのだろうかと思った。
そう、自分達には黎琳が必要不可欠なのだ。今はまだ一人では何も出来ないから。
彼女を失う訳にはいかないのだ。
「帝王陛下!」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、女王が王の下へと駆け寄っていた。居ても立ってもいられずにここまで来たらしい。
二人は久々の再会に抱き合った。
「ご無事で何よりです、陛下……」
「辛い思いをさせただろう、すまない……王妃」
「陛下、私も陛下をお守りしとう御座います。出来る事は少なくとも、陛下のお側にずっと居ます」
「そなたがそう言ってくれるだけでとても心強い」
王には女王が、女王には王が必要なのだ。
必要である存在を持ったとき、初めて人はそれを守りたいと思うのだ。
――もうお前一人に全てを負わせない。お前が俺達を守るように、俺もお前を守る
ぎゅっと衿泉は黎琳を抱きしめ、そう誓うのだった。
その夜。
自室で寝ていた王の元に来訪者が来ていた。
なんらかの気配を感じ、王は目を覚ました。身を起こす。
すると、目の前に龍が居た。
「!?」
『静かに』
思わず声を上げようとした王を制する龍。銀色の鱗を持つ美しい龍だ。
緑の目が真っ直ぐこちらを見る。
このような場所に来る龍など居ない。居るとしたら――。
「まさか、応龍殿……!?」
『そのまさか、だ』
龍の身体が光り、人の形をとる。
明かりがなくとも輝く銀色の髪。夏の森を連想させる深い緑の瞳。
何処となく彼女のシルエットは見覚えがあるような気がした。しかしすぐにはそれがいつ、誰であったか思い出せない。
「私はお前達がこの国から魔を祓う手助けをしよう。だから王。一つ約束をせよ」
「応龍殿に従います」
王が跪く事など滅多に見れない。
「私の事はくれぐれも内密に。名前を出す事は許そう。それで宣言なりするがいい。だが、私の容姿、その他諸々については一切話さない事。私が動いている事を奴等に知られてはならぬ」
「承りました……」
「……女王を大事にせよ。守りたいのならば、命を懸けて」
「は……?」
思わず顔を上げた時には応龍の姿など何処にもなかった。開いた窓から冷たい風が室内に侵入してくるだけだった。