逆襲の時
二人は迷路のような廊下を走る。
先程ので妖怪の数が一斉に減ったような気がする。
と、透き通る歌声が近づいてくる。春零だ。
上手い事に春零と合流した。
「お二人とも、怪我はありませんか!?」
「春零は大丈夫だったか?」
「春零は大丈夫でした。危ないときには春蘭にも助けてもらいましたし」
表立った戦闘能力は確かに春蘭の方が上だろう。
この城は真ん中を中心に廊下や部屋が配置されているようだ。
そして真ん中への入り口――巨大な謁見の間への扉が三人の左にはあった。
恐らくここに王は居るだろう。
「王は殺すなよ」
判別付かずにやってしまいそうな気がして、衿泉は言った。
微かに笑みを浮かべて黎琳は
「当たり前だ」
そう答えた。
「あくまで王を操る妖魔を引きずり出す」
「分かりました」
三人はその重々しい扉をゆっくり開ける。ゴゴゴ……と音を立てて扉はゆっくりと開く。
全開させ、中へと入る。
吹き抜けにより、普段なら太陽の光が差すであろう謁見の間は怪しく薄暗かった。
玉座に王は鎮座していた。黒に染まったその目が細められる。
「陛下」
衿泉、春零が忠誠心から思わずその場に跪く。
「今はそんな事してる場合か!」
思わず二人の頭を叩いてしまう黎琳だった。
「何処から脱走したのかは知らぬが、この王に逆らった報いは受けてもらうぞ」
「理由もなしに捕らえて置いてそれはないだろう、王よ」
「理由?理由ならある。我が偉大なるあのお方の邪魔をする者は許さぬ。それで十分な理由だ」
捕らえよ。そう短く王は命じた。
脇に立っていた者達が動き始める。――が次の瞬間その者達は王に飛び掛っていた。
「!?何を……!」
隠し持っていた縄で王を縛り付ける。
「お前達、この王に何たる無礼を……!」
「お目覚め下さい、陛下!貴方は意のように操られているだけなのです!民を軽視することのなかった以前の陛下にお戻り下さい……!」
本当は彼らだって辛いのだ。親しみを感じていた偉大なる王をこのような形で捕らえる事になってしまったことが。
民を蔑ろにせず、慈愛深き王であるのが民の思いからはっきり分かる。
――王よ、お前は元に戻らなくてはならない。民がお前を求めている。必要としているのだ、お前を
意識を王の心へと集中させ、呼びかける。
何もない深淵の闇の中に話しかけているような感覚。
なおももがく王に民は必死に呼びかける。黎琳もまた同じく王の捕らわれた心を捜す。
「陛下!」
「陛下!どうか……!」
民に混じって衿泉と春零も呼びかける。
彼らの思いが一つになって王へと届いたその時。深淵の闇に柔らかな光を見つけた。
――王よ、目覚めなくてはならない。お前が闇に染まってはならない……。皆が、待ってる
その光が言葉を発する。
『今まで民に尽くせる事をしてきたつもりであった。だがこの王は全ての民にこの目を向けられているわけではなかった。王として、失格なのだ……。民を救えず、のうのうと都でほとんど下界の事を知ろうとしなかったこの王など』
――過ちは誰にだってある。過ちを認める事はそう容易くはない。きちんと自覚があるのならば、その罪を贖うためにもお前は王として君臨するべきだ。何をすべきなのか、お前はその答えを見つけているのだから
『……』
――皆がお前を待ち侘びている。お前のために皆戦っている。さあ、今度はお前自身が戦う番だ!
小さかったその光はみるみる大きくなり、輝きを増した。
王の心が、その身体へと再び宿る――。
黒に染められた瞳はもとの赤褐色へと変わる。
「ああ……。すまない、皆の者」
「陛下!」
「正気を取り戻されたのですね!」
皆喜び、うっすらと涙を浮かべた。王を縛っていた縄を解くと、王は立ち上がった。
「妖魔よ!居るのだろう!姿を見せよ!」
その目は真っ直ぐに玉座へと向けられていた。
するとその玉座に一匹の妖魔が現れ、腰掛けていた。紫がかった肌。羊のように丸まった角。
あの時に会った妖魔とはまた違う事を知り、黎琳は少しほっと胸を撫で下ろした。
「どうして操りが解けてしまったのだろうね?――下らない、思いの力ってやつ?」
「この王は皆の力なしには存在せぬ。表面的に操れつれたとしても、奥底に眠った純粋な心までは消去できぬ。配下を統一出来ぬようなものが国の統治なぞできぬ」
「別に人間達を支配するのが本来の目的ではないからね」
ふふんっとあざ笑い、足を組む妖魔。
「皆のもの、かかれぃ!」
「待って!」
王命に従い、飛び掛ろうとしていた民を春零が止めた。
「単純に襲っても駄目だと思います。何せ相手は陛下すらも簡単に操った者ですよ?」
「実際王に術をかけたのはお前自身の配下なのだがな」
「何……?」
「どうせそいつに術をかけたのはお前なのではないか?」
しばらく黙っていた黎琳が口を挟んだ。
威圧的なその目を見て、妖魔は僅かにたじろいだ。
ただの人間のようで、人間離れしたような感覚。応龍か?だが、見た目が一致しない……。
「お前達は下がっていろ。王も、だ」
「!」
先程の声の持ち主であると理解した王は素直に引き下がる。彼女は只者ではない。自らの閉じ込められた心に直接語りかけてきた。そんな事、ただの人間では不可能だ。
黎琳、衿泉、春零が立ち並んだ。
「私達が相手をしてやろう」
「いくら腕がたつと言えども、この風笙には叶わない!」
「それはどうでしょうね?」
笑みを浮かべ、春零は歌い始める。
聞いたことのない歌。この国で独自に作られたものではない。これは、彼女自身が紡いだ歌だ。
美しい響きに王と民は酔いしれる。
「うっ……ああっ……!」
喘ぎ、苦しむ妖魔へと黎琳、衿泉は間合いを詰める。
先に衿泉が二刀を閃かせる。
「喰らえ!」
刃が歪み、踊った。
動けない妖魔の角、首、足を切り裂く。赤黒い血が飛ぶ。
続く黎琳の顔にそれが飛び散っても、怯む事はない。宙へと飛ぶ。
「ひいっ!」
「死ぬがいい!」
気を放とうとした時だった。
「遠慮させてもらおう!」
その手が扇状になり、風を起こす。
避けられず、風の刃が黎琳を襲う。周囲にも風が強く吹く。
「黎琳っ……!」
衿泉が悲鳴にも似た声を上げた。