裏表の光
馬乗りになり、黎琳を取り押さえる女王。
首筋に扇を添わせる。頑丈なものだから、これでも十分首を切り落とす事が可能だろう。
「殺してやる!殺してやる!」
扇が持ち上げられる。絡まった黎琳の髪が持ち上げられる。
奇跡的にも女王しか見えなかった。人間ではない証である、長い耳の存在が。周囲には扇と残りの降ろされた髪しか見えていなかったのだ。
思わず声を上げそうになった女王に黎琳は脳へ直接語りかける。
『ばれてしまったか……。知っているだろう?こんな耳を持つのは龍が人間の姿をした時だって』
――まさか、この女は……!
力なく女王は横へと手をついた。その間に黎琳は離脱する。
「女王、私達が何とか出来ると言ったらどうする?」
「!」
「貴様、女王陛下と取引をするつもりか!何と傲慢な……!」
「待て!」
従者達を制する。
「一度賭けてもいいとは思わないか?」
「!!そんな、女王陛下!」
「失敗したらこやつ等が殺されるだけだ。後ろの二人は純粋な民であるようだし、居場所もばらしはしないだろう。こちらに損はないと考える」
しばらく女王と臣下達の相談の末、
「行くがいい」
臣下が渋々首を縦に振った。
「女王陛下、いや、国の未来のために……!」
「裏切るような行為は一切致しません、女王陛下」
衿泉と春零が恭しく礼をした。
「出口はあちらです。分岐を無視して真っ直ぐ進めば女王陛下のお部屋に出られるでしょう」
「行くぞ」
踵を返し、黎琳を先頭に歩き出す一行。
口も態度も悪い命知らずの女であると臣下達が黎琳を批判した。
彼らの目にはそうにしか映らないのだろう。
だけど彼女は現れてくれた。この国に、光臨した希望の光なのだ。闇を纏って機会を窺う反逆の切り札。
あの目には邪悪に対する敵対心が込められていた。裏切る事はない。そう断言できる。
小さい頃自分の両親から聞かされていた伝説の龍の姿を思い浮かべ、女王はもどかしさを押し殺して椅子にその身を預けた。
「出るぞ」
「おう」
各自心の準備を整え、行き止まりの壁を蹴破った。
見回りをしていた妖怪達が突然の出来事に一瞬硬直する。
「に、人間ガ出テキタゾ!」
「殺ス……!」
「悪いが、殺されるのはお前達の方だ!」
輪状に気を放つ。叫ぶ事も、痛みを感じる事もなくその身体は塵となって散る。
塵になりきれなかった赤黒い血が霧状に飛ぶ。
高級そうなカーペットに小さく赤い斑状模様が浮かび上がった。
ぽっかり口を開けた出口周辺の壁を衿泉の刃が壊す。通路が瓦礫に埋め尽くされる。
その音で異変に気付いたのか妖怪達がなだれ込むように部屋へと入ってくる。
「聞きなさい、我が調を……――」
高音の歌声が部屋に、その周辺に響く。
歌に魅了され、心地よさに次々と眠りに着いていく。
「春零は城中の妖怪を眠らせてくれ。私と衿泉は王の元へ行って、黒幕を引きずり出す!」
「だが一人で行かせられない……」
「春零なら大丈夫です。任せてください!」
そう言って先に部屋を出て行った。美しき歌声が遠ざかっていく。
「私達はこっちだ!」
「ちょ、黎……!」
咄嗟に衿泉の腕を掴み、春零とは逆の方向へと向かう。
足音を聞きつけてやって来る妖怪を気の力で弾き飛ばす。
後ろから追ってくるモノには衿泉の刃が容赦なく襲い掛かる。
それでも数が多くてじりじりと追い詰められる。とうとう二人の背中が合わさった。
「黎琳……、何でさっき女王陛下に無礼な事を」
「無礼?無礼を働いたのは向こうだ」
「先に喧嘩を売ったのはお前だろうが!」
「お前言うな!」
踵を踏んでやる。声なくして衿泉はあまりの痛さに涙目になった。
仕返しと言わんばかりに衿泉は背中に肘鉄をくらわせる。実はそれがここに来る前に襲われた傷の跡であった事もあって。
「つっ!」
傷は治ったとはいえ、痛みは残っているので鋭いその痛みに黎琳は思わず体制を崩してしまう。
「今ダ!」
絶好の機会を逃す事なく大量の妖怪が一斉に飛びかかる。
衿泉が二刀を振るうがそれだけでは対処し切れない……!
飛びつかれ、衿泉は倒れる。そのままの勢いで妖怪は衿泉の首を討ち取ろうとする。
「下郎が……!」
ぱあんっと乾いた音が頭上で鳴る。
首から上を粉砕された妖怪はそのまま衿泉の横へと転がる。赤黒の血が飛沫となって衿泉に降り注ぐ。
横を見てみれば苦痛に顔を歪めながらも凄い迫力で睨みつける黎琳の姿があった。
背筋に悪寒が走った。頼もしい、と言うより、恐ろしい――。
「調子に乗りやがって……。私と、私の仲間には指一本触れさせない……!」
指を横へ一振りする。
気が刃となって妖怪を襲う。腹を、首を切り裂く。
「ぎゃああああぁぁ!」
尋常じゃない叫びがこだました。
ゴロゴロと転がる妖怪の死体。その一体の胴体に踵を落とす。
「お前達ごときにこの私がやられると思うなよ!」
死体が灰となって跡形もなく消え去る。
手についた赤黒の液体を平気で舐めとるその姿はまさに化け物――。
「れ、黎琳……」
「大丈夫か、衿泉」
彼女はそう言って手を差し伸べる。でも、その手を取ることは出来なくて。
自力で立ち上がる。
「ああ、平気だ」
「悪いな。服やら顔やらにいっぱい血飛沫が……」
そう言えばそうだった。必死で衿泉は顔についた赤を拭う。
さっき感じた悪寒は消えている。だけど、まともに黎琳の顔を見る事が出来ない。
一方の黎琳の方も立っているのが精一杯だった。少しでも気を緩めれば崩れてしまいそうだった。
自分でも抑え切れない感情と力が発動していた。
衿泉の見せた異端の眼差しが心に突き刺さっていた。実際自分は普通じゃない。
その普通じゃないは、果たして本当にこの国を救える純粋の光なのか。
それとも……。