965話、ラトヴィール、お前はだれだ?
SIDE:ラトヴィール
それは、深夜のことだった。
妙に寝つきが悪く、うなされる事しばし。
ベッドからデューベイを剥いで上半身を起こす。
目をこすり、むぅーっと半眼で暗闇を見つめていると、不意に、人影があるのが分かった。
気のせいか? 未だに居眠り状態の頭をなんとか回転させる。
しばしぼーっと人影を睨み、急激に回り始めた頭が警鐘を鳴らしだした瞬間、一気に覚醒した。
「何奴っ!」
即座に飛び起き、剣を探す。
ええい、壁に立てかけたままか、失敗したっ!
「おやおや、随分と変な時間に起きましたねエルデンクロイツ第二王女ラトヴィールさん」
クソ、部屋の前の兵士共は何をしていた!? こういう時の為の兵士だろうがッ!
しかし、なんだ? 暗殺者、ではないな。暗殺目的なら私はもう死んでいた。
一先ず相手から視線を離すことなく剣の元へとにじり寄る。
「ここに来てから15分。起き上がってから約1分。隙だらけですよ?」
よし、剣を手にした。
これで反撃が可能になった。あるいは相手の攻撃を受けられるようになった。
少しは安心して会話が出来そうだ。
「随分と余裕だな。暗殺しに来たのではないのか?」
「既に分かってると思うけど、殺すつもりなら既に終わらせてるんだよ? 遅いな?」
くっ。やはり殺しに来た訳ではないが、私を殺すことは出来たということか。
この部屋に入り込んでいる時点で優位は向こうにあるのは確かだしな。気付かなかったなど汚点にしかならない。
「簡単にいえば、用件は二つ。一つはこちらを見せに来ただけなんだよ。随分いろいろ画策していたようだけど、まだまだ甘いんだよ、映像もばっちし。これはもう言い逃れできませんなぁ」
なんだ? あの水晶のような珠は。映像が……なっ!?
そこに映っていた映像が近くの壁に映し出される。
それは、私とエルデンクロイツのメンバーがザルツヴァッハから撤退し、エルデンクロイツに戻る道程が映像として流れていた。
「な、なぜ……」
「ザルツヴァッハを当て馬にライオネルにちょっかい掛けてたみたいだけど、詰めが甘いんだよ。ツイテルとプリムローズのバカップル並みにあまあまなんだよ、砂糖吐きそう」
一体、どうやってあの道中を?
私達は最大限の警戒を行っていた。影だっていたんだぞ!?
「そ・れ・と。よいしょ」
影しか見えない誰かが胸元に手を入れ何かを取り出す。
手紙?
何が出てくるかと思えば、手紙だと!?
「二つ目の用件。これはここに置いておくんだよ。王様とよぉく見ておいてね。それじゃ、またね」
馬鹿な!? 消えた!?
慌てて影が居た場所へと走る。
居ない、気配が完全に消えている。
まさか、さっきまでここに居たはずなのに、本当に、消えた?
そんな訳が……一体、アレは何者なのだ?
深夜に兵士達誰にも気付かれず私の部屋に入り、会話を行い音も無く消え去る。
そんな芸当が出来る存在が、一体どこに……
この手紙、一体何が書いてあるのだ?
恐る恐る、私は手紙を手に取る。
手紙の表に裏に、探ってみるが危険な物は無いようだ。
トラップの類は無いし毒物の付着も無い。魔術トラップも見当たらない。
どう見ても、何度調べても普通の手紙だ。
これを私に渡すためだけに、あんな高度な侵入テクニックを披露したのか?
いや、むしろ、ここに侵入してくる程度、ヤツには危険な行為でもなんでもない、のか?
嫌な汗が背中に溢れる。
自分の常識の外に存在するナニカに出会ってしまったかのような、得体の知れない不安が鎌首をもたげた。
ライトの魔法を唱え、手紙を開く。
この封蝋の印、どこの印だ? 紋章官に聞かねばならんな、証拠としてここは残しておかねば。
さて、手紙の中身は……
―― 拝啓エルデンクロイツの王と第二王女ラトヴィール殿へ
この度ザルツヴァッハを嗾け我が国との戦争を開かせた罪はすでに把握済みである。
証拠の映像も竜珠によりばっちりあがっとるんじゃ♪
というわけで我が国に掛けられた迷惑料として30000000000サクレ程請求して
おくぞい。ああ、それと、ザルツヴァッハの帝王を魔道具で狂化させたようじゃが、
これを治療するためにアムリタとエリクサー一本づつ使ったから請求しとくぞい。
まぁ、断ってもよいが、来年の国際会議が楽しみじゃのぅ
ライオネル王国国王グランザムより ――
ライ……オネル。ライオネル? はは、ライオネル!!
「はは、あははははははははははははッ!! そうか、ライオネルか、ライオネルが動いたか! あの豚にアムリタ? エリクサー? 大盤振る舞いじゃないかっ、ははははははははははっ……バケモノめ」
アレが、アレがライオネル。
私に一切気付かせず部屋に入り込み、見ている前で気配すら完全に消して見せる存在が、ライオネルの伝達役? はは、はははっ、奴ら、いつでも我が国を滅ぼせると暗に告げて金で許してやるんだと。なんだ、それは。
どこまで上から目線なのだあの王は!?
「全く、とんだバケモノを引っ張り出してしまった訳か」
嘆く時間は今は不要、すぐに父上にこの手紙を届けねば。
挑発気味の手紙だがこれに乗り戦争を仕掛けるのは滅亡覚悟の阿呆がすること、ライオネルには触れてはならない。理解した。あそこはもう、われわれ人類が抗っていいような存在ではなくなっている。神や悪魔の領域に全身浸かり込んだバケモノの巣窟だ。




