894話、ロゼッタ、ゼルディスの気持次第なんだよ
数日経った。
メルクナード兵士達は着実に実力を上げている。
本人たちはまだ自覚がないようだけど、すでにゼルディス王子が付いていけなくなりつつあるくらいには実力の差が出始めていた。
「かー、どうなってんだ?」
結局、あきらめたのか。
本日のチーム対戦終了後にこちらにやってきたゼルディスが、空いていた椅子にどかっと腰かけ背持たれて座る。ちょっとだらしないぞ王子。
しかもそこ、わざわざパルボラさんに座って貰ってた椅子じゃん。
メイドだからってずっと立ったままだったから無理矢理座らせたのに。主が戻ってきたことですぐに椅子を空けちゃったのである。
「あら、もうギブアップですか?」
「ぎぶ? よくわからんが、これ以上付いて行くのは無理そうだ。成長速度がおかしいぞ。同じ訓練をしているのに俺だけが置いて行かれている気分だ」
そりゃそうでしょ、覚えようとする熱意が違う。
皆、その背に存在する何かを守るために必死なのだ。
だからどんどん成長する。
自分が強くなればそれだけ大切な物を守れるから。
「王子の実力もそれなりに上がっていますし、訓練に参加するのはいいことだと思いますよ?」
「かもしれんがさすがに実力不足を自分で理解してしまってはな。俺はこんなに動けなかったのかと哀しくなる」
「背負っているものが違いますからね」
「らしいな。だが俺にはよくわからん矜持だ。国を守りたいからってあそこまで本気には成れん」
「覚悟の違いですね。ゼルディス王子はこの国を背負う必要のない第二王子ですから。まぁ背負ってもいいけど、そこまで必死になる必要はないかな。くらいの思いではありませんか?」
「総司令官様、不敬です」
「あら、失敬」
「構わん。確かにそのくらいの思いでしかないのは確かだしな。なぁ、ロゼッタ嬢。俺にもアレくらい情熱を注げるものが、出来ると思うか?」
「さぁ、どうかしら? 王族としての覚悟ができれば、可能性はありそうだけど、今の状況だと王位を継ぐのはお兄さんなのでしょう?」
「順当に行けばな、俺としても王位なんぞいらんし、晴れて自由の身になれば冒険者にでもなろうかと思っているくらいだ。つまりこの国に未練も何もないわけだな」
「言葉を選びましょう王族なんですから……」
「この王子にやる気をださせるにはどうしたらいいのでしょう?」
「そうねぇ、守りたいモノを作って貰うとか。妻でも友人でも、本気で守りたいと思える存在があれば兵士たちみたいに必死になるものよ? でもゼルディス王子は国に未練は無いそうだし、妻候補もいない。一番身近にいるのがパルボラさんなんだけど」
「え? 王子の妻とか無理です」
「そもそもパルボラさんが妻になるのを許容しても、ゼルディス王子がパルボラさんを守りたいとか本気で思わないとだし?」
「うーん、さすがにメイドを本気で守りたい、とは思わんなぁ」
まぁ本来そうなる対象はヒロインちゃんなんだけどね。
「ただまぁ、ウチとしてはゼルディス王子に王位を継いでほしいかな?」
「あん? ライオネルが? なんでまた」
「あら、だって今の第一王子はヘルツヴァルデ側でしょう? なんか王位に就いたら兵役無くしてヘルツヴァルデから兵を雇い入れるとか言ってるし?」
「……は?」
ん? あれ、これもしかして、ゼルディス知らなかった?
「おい、それは何処情報だ?」
「ウチの影からですが? さすがに私もこの国の内情知っとかないと身分的に人質に取られかねませんし」
「いや、お前さんを人質とか無謀にも程があるだろ。だれが竜殺しを監禁できんだよ、国ごと滅ぶわっ」
「はっはっは、さすがに国は滅ぼした事ないんだよ……ないんだよ?」
天竜帝国が滅んだ原因はヒロインちゃんのジャッジメント・レイだから私のせいじゃないんだよ? だから私は国を滅ぼしたりしてないんだよ。
わ、悪い悪役令嬢じゃ、ないよ? てへぺろ?
「しかし、兄上が目指しているのは……この国、滅ぼす気か?」
「ロゼッタ様。なんとか出来ないのでしょうか?」
「他国の王位継承問題だからねぇ。この国の王子が王になることに関してはウチが手を出すと内政干渉だとか、侵略だとかいわれるでしょ。兵士鍛えるだけでも結構グレーゾーンなのよ。これに関しては相手の王族から直談判でお願いされたから了解しただけで、こっちから訓練させろとかいったら立派な侵略なんだよ」
「それは、そうですが……このままでは国が滅んでしまいます」
「あら、だからといってもライオネルが干渉すべき問題ではないでしょう? ねぇ、ゼルディス王子」
「……そう、だな」
そう、これは私が何かするよりもゼルディス王子が王位簒奪すればいいだけの問題だ。
私達ライオネルが出張るのは、王となった第一王子が侵攻して来た時に迎撃すること、あるいは……ヘルツヴァルデが侵略して来た時、同盟国となって共に戦うか、だけである。




