801話、ナッシュ、高すぎる壁
SIDE:ナッシュ
「オルァッ! 逃げてるばかりじゃ勝てねェぞ!」
そんなこと言われても攻撃するような暇がないっ!
必死に相手の筋肉から逃げてる僕には、他の行動をする余裕が無いのだ。
ついでに言うと一瞬でも気を抜くと掠っただけで致命的な一撃の連打なのだ。掠りすらも許されないので本気で気を抜けない。
ひぃ、風圧でまた頬に傷が!?
「ちょこまかとっ」
「こ、これは……確かに回避ばかりですが、今までの選手の中で一番長い時間逃げ切っていますッ。同じ刺客だったディムロス選手がモノの数分で宙を舞ったのに対し、同じ掴み攻撃をするりと抜けて背後を取るナッシュ選手。その動きはどこかコミカルに見えるのに捉える事が出来ませんッ」
捉えられたら終わるんだって!
ぬあぁ!? 空中に逃げちゃった!?
「貰ったぞッ」
「なん、のぉぉっ!!」
「ああああああっ!? ナッシュ選手絶体絶命、かと思いきや、思い切り体をひねって軌道を変えたぁぁぁ!? 120%T弟選手、またも捕獲失敗ぃぃぃっ!!」
「想像以上にウザってぇ!? なんなんだよテメェ、鰻かってくらいぬるぬる逃げやがって!!」
ヌルついてるのは汗に塗れる程にテカテカしだしてるあんたの身体だよ!?
ひぃっ!? 汗飛んで来た!?
「もう見栄えはいいんだよっ! さっさと潰れろっ」
冗談じゃないっ。と、とにかく今はまだ手を打てない。
なんとか逃げに逃げて体力を奪わないと、でも先に僕体力が尽きそうだけどっ。
「これなら、どうだっ」
拳を振り上げ打ち降ろし。
ギリギリで横に回避したその瞬間、ゾクリと嫌な予感を覚えた。
「ソラァッ」
しまった、フェイント!?
避けた場所に向け、放たれたのは、不自然な体勢からの蹴り、ではなくしっかりと地に足付けた状態で体重の乗った蹴りだった。
逃げ場は無く体も動かない。咄嗟に盾を使って防御してしまう。
べぎゃっと盾が瞬く間にへこんで弾け飛ぶ。
御蔭でごろごろ転がりながら遥か後方に逃げることには成功したモノの、両腕がジィィンと痺れて感覚が無い。
「おいおい、これも耐えきるのかよ……」
あ、危なかった。誘い込まれた。
結構動き読んでるつもりだったのにひっかかった。
兵士さんと闘ってる時みたいだ。
僕が油断してないのにひっかかってしまうのだ。
相手の技量が上手いからなんだろうけど、ちょっと悔しい。
ふぅっと大きく息を吐きだし、体勢を整える。
気持を入れ変えよう。
T男さんの空気も変わったようだ。
ここからはさっきまで以上に激しい攻撃が来るだろう。
とにかく、罵声は放置。歓声も聞かないことにする。
逃げに徹する。
幸い、何かから逃げるのだけは、得意なんだから。
「そろそろ決めさせて貰うぜ、ナァッシュ」
両手を開いて突撃して来るT男さん。
好戦的な顔が凄く恐い。
近づくとともに右の掬い上げるような一撃。
後ろに下がりながら左に避ける。
続く左の掬いあげる一撃。
一瞬意識を取られそうになるが、最小限の動きで避けつつ右から迫るフックに警戒。
さらに避けた先に来た左の掴み攻撃を前のめりに倒れることで回避。
突き出された腕の真下を倒れるように、しかし倒れる前に足を踏み出しさらに前へ。
そこへ測ったようなひざ蹴り。
地面を蹴りつけ相手の膝に手を付きながら真上に跳躍。
「なっ!?」
自分の攻撃を逃走に使用されたT男さんが思わず僕を追う。
しかし、その僕はT男さんの真上を通り抜け後方へ。
慌てて振り向くより速く、脇腹に剣で一撃。
硬っ!? 刃が入らない!?
「嘘だろ、攻撃喰らっちまったか!?」
「逃げに逃げての出来た隙、たった一撃に全てを掛けたナッシュ選手、渾身の一撃ぃっ!! しかし、しかぁし、120%T弟選手、鋼の剣を通さなぁいっ!! この肉体はどうすればダメージを負うのか!? ナッシュ選手、もはや打つ手はないかぁ!?」
やっぱりダメだ。普通の攻撃じゃこの人にダメージなんて負わせられない。
ロゼッタ様に教えられたアレしかないらしい。
「あぁっと、ナッシュ選手、剣を投げ捨てた!? もはやナマクラはいらぬとばかりに剣は場外へ!」
盾も亡くなり剣も無くなった。
僕自身の身体しかもう、残って無い。
とにかく、やれることは一つだけ残ってる。
そして、僕は一撃だけでいい、ソレを当ててみたい。
ダメージを負うかどうかじゃない。僕がそれを出来るかどうか。それだけでいい。
勝ち負けはもう、どうでもいい。どうせ負けると決まってるから。
でも、ロゼッタ様が言ったから。僕がやりたいと思う事をやりきれって。
僕がやってみたいと思ったから。だから……やるだけやろう。
僕はまだ……そのことだけは、諦めてないっ!!




