660話、メテオラ、ライオネルからのお返し
SIDE:メテオラ・アーク・ドラゴニア
何が起こったのか、未だに理解できない。
いや、理解したくない。
可能性はあった。限りなく低い可能性。しかし人間である以上無理だろうと思っていた。
思ってしまっていた。
ロゼッタ・ベルングシュタットという人物を甘く見過ぎていた。
アレは敵対してはいけなかった存在だ。
もてあそぶなど無謀も良い所、可能であれば触らぬが吉。
決して国を守るためにとドラゴン等を差し向けるべき存在ではなかったのだ。
いや、本来であればこうなったとて、のらりくらりと相手の追求を躱せるはずだった。
天竜の阿呆が我が国から差し向けられたと馬鹿正直に伝えたらしい。
御蔭で黒に近い灰色だなどとはいえなくなった。つまり、我が国がドラゴンを差し向けロゼッタを殺そうとした。そのままが向こうに伝わってしまった。
「ルギアス、ロゼッタはどう出てくる? 私はどうすればいいっ!?」
内心焦っているせいで考えが上手くまとまらない。
こういう時はルギアスの意見を参考にするのが一番だ。
城下街へと帰りついた私は、王城前でルギアスに尋ねる。
「そうですな。相手の怒り段階に依りますが、嫌がらせ程度で手打ちにしてくれることを願っておくべきですな。天竜の肉を皮肉交じりに送ってくるくらいでしょうか?」
「は、はは、そのくらいなら普通にやるだろうな」
「最悪は国ごと消滅させられることでしょうか、その場合は逃げる暇も無く今この時にでも……」
「皇帝陛下! よかったです、丁度良い所に」
「うん? お前は……」
ルギアスと会話していると、城から大臣と思しき男が一人、やってきた。
「実は先程ライオネル王国からお急ぎ便とかいうよくわからない使者が来まして、お世話になったので送ります、とこちらの書状と巨大な肉の塊を持って来たのです!」
「これは、皮肉の方が当たりのようだぞルギアス」
「そのよう、いえ、待ってくださいメテオラ様、その書状、送り名がリオネルになっております!」
―― 初めましてメテオラ帝、申し訳ありませんが私はメテオラ帝の名をメテオラ帝としか聞かされておりません故、略称して呼ばせて頂くことをお許しください。
先日、天竜帝国よりお送りいただいた生きの良い駄竜を捌きましたので活きが良い内にお送りいたします。どうぞご賞味くださいませ。我が婚約者ロゼッタが下拵えをし、ライオネル王国王専属料理人が腕を振るい解体した自慢の一品となっております。
良い肉をありがとうございました。
ライオネル王国第三王子 リオネル・ライオネル ――
「な、な、な……」
「これは、ロゼッタ嬢ではなく婚約者からの皮肉の贈り物、ですな」
「で、では、ロゼッタは!?」
書状から目を離し、顔を上げたその刹那。
真後ろにあった城に光が落ちた。
天空から狙い撃ったかのように、王城だけを包み込む。
そして……王城だった場所は、瞬きの間に荒れ地へと変化していた。
しばし、誰も彼もが何が起こったか理解できずに呆然と佇む。
「あ、お、ろ……ロゼッタァァァ――――ッ!!?」
「いかん、兵士達よ、陛下をお諫めせよ。羽交い締めで構わんっ急げ!」
ルギアスが慌てて指示を出し、兵士共が私を掴み押し留める。
おのれ、おのれロゼッタァァァッ! やったな、やってくれおったな。我が城を、跡形も無くッ。
「ええい、魔導師共を呼べ! マギアクロフトの魔道具で魔力残滓を採取しろ! 誰がやったか魔力の型を見せつけてあのクソ女に突き付けてやる、戦争、戦争だーッ」
「落ち付きくださいメテオラ陛下。相手は竜殺しですぞ!?」
「むぐぐぐぐぐ……」
「幸い、今の一撃で壊れたのは王城のみ、内部に居た人物は全くの無傷の様です」
「ど、どういうことだルギアス?」
「どうやら使われた魔法はジャッジメント・レイですな。あの魔法は使い手こそ少ないですが単体魔法の中では高威力。おそらく竜を屠ったのもこの魔法でしょうな」
「そんなに強いのか、あの光魔法は!?」
「マギアクロフトの魔法書によれば、対象の罪の多さによりダメージが変化するそうです。殺しを何度も行っている者程ダメージは高くなりますゆえ、天竜も自身の罪のダメージが重すぎて討伐されたのでしょうな」
「そ、そうか? そう、か? そうなのか……」
なんとなく違うような気がするが、一応納得しておこう。
多分似たような方法で討伐したのだろうし、討伐自体はどうでもいい話だ。
「そ、それで、そのジャッジメント・レイだったか? それは城を破壊できる魔法なのか?」
「城そのモノに罪があるかどうかはわかりませんが、この状況から察するに王城内で死んだ者たちがいたのでしょうな。それが全て罪と言う形で王城を消し飛ばしたと思われます。単体魔法なので城そのものにダメージが与えられようと、内部の人々にはダメージが入らなったようです」
「なんだその変な魔法はっ!? ご都合主義魔法か!? ま、まぁいい。とにかく。今回のロゼッタからの報復は終わったとみていいか?」
「さて、向こうがどれ程怒っているかにもよりますが、この程度で済むとも思えませんが?」
「……この程度? 我がお気に入りの寝床が消え去ったのだぞ!? どこで寝ろというのだ!?」
「しばらくは宿を取るしかありますまい。上級宿屋を一棟お借りするとしましょう」
「その金はどこにある!? 王城諸共宝物庫も木っ端みじんだぞ!? 我が国の財政どこいった!? あ、これ、もしかして……国、滅んだ?」
「へ、陛下? 陛下っ!! お気を確かにッ! 陛下――――っ!!」
急にふらりと力が抜ける。
今まで張りつめていた何かが切れたように、次第、視界が黒く塗りつぶされていく気がした――――




