58話・レニファティウス、娘が帰って来なくて寂しかった
昼食時、いつものように家族水入らずで食事を、と思ったらロゼッタが欠席した。
正直愕然とした。ついに来たのか反抗期!? と思ってしまったくらいである。
確かに、ロゼッタはここの所様子がおかしい。
なにやら運動に目覚め、メイドや執事が困ったような顔をしていることもしばしばある。
しかし、彼らは好転的に受け入れている様子だった。
何しろ、我儘放題だったロゼッタがメイドや執事を気遣うようになったのだ。
もちろん、ムチャぶりは相変わらずだが、その方向性が変わったらしい。
どうも市井にも積極的に行っているようだし、魔法にも興味が出て来たらしい。
今まで断り続けていた家庭教師を自分から欲しいと言って来た時は不覚にも眼頭が熱くなった。
テーブルマナーも最近覚え始めた。妻には貴族としての嗜みを習いだしたそうだ。
いままで他の子供たちと違って貴族らしい事を嫌っていたロゼッタだが、そろそろ年の近い友人と会わせてみてもいいかもしれない。
さすがに我儘過ぎるので婚約者となったリオネル王子以外とは会わせにくかったが、今のロゼッタなら充分女性同士仲良くできるだろう。
ロゼッタと仲良くできそうな我の強くない少女のピックアップは既に始めているので近いうちに紹介できるだろう。
できればまずは侯爵家の者を当てたいが、やはり侯爵家、かなり我の強い女性が揃っている。あるいは子息だったりと、丁度良い友人候補を持つ存在が見当たらないのだ。
とはいえ急ぐことは無い。娘に内緒でじっくりと選んでおくつもりだ。候補が出そろったらロゼッタ自身に決めさせてみよう。
まぁ、そんな話はどうでもいい。
今、問題になっているのは。そのロゼッタがついに昼食の家族の団欒を気分がすぐれないという理由をでっちあげて食堂に来なかったことだ。
当然、我が愛しき娘の行動は影の者たちに逐一報告させているのだが、どうやらロゼッタは冒険者ギルドに登録してしまったようだ。
冒険者になるなど聞いてないぞ? いや、むしろ反対されるから言って来ないのだろうことは分かるのだが、それでもお父さんに一言くらいは報告してほしい。
いや、そうじゃなくって、さすがに昼食の団欒に間に合わなくなるという事実は看過できない。
娘の顔を見ながら取る食事が最高に美味しいんじゃないか。私の楽しみを取らないでくれっ。妻も娘の顔が昼時になかったせいか眼に見えて落ち込んでいるんだぞ。私達にロゼッタ成分を摂取させろっ!
と、言う訳で、ロゼッタの冒険者生活は禁止にしようと思うんだが、当のロゼッタはどうにも続けたい様子。
今回も登録に関する諸事情で遅れたことは理解している。理解しているが昼前に帰って来るはずだって聞いてたのに帰って来ないから心配するじゃないか。
昼食時に戻って来ないから二人でずっとそわそわしてたんだぞ!
「お父様。お母様。私は、その、本日、冒険者ギルドで冒険者登録をしてきました」
ロゼッタを問い詰め冒険者として家から出るのを禁止、しようと思っていたら、隠すことなく正直に告げて来た。
ああ、素直に話してくれるなんてなんて良い子なんだロゼッタ。さすが私とパンナの娘だ。ああ、もう、泣きそうな顔してしまって。
抱きしめて大丈夫だよ怒ってないよ愛してるよと頬ずりしてやりたいっ。
「そう、か」
努めて冷静に声を返す。
「本日はそこの受付で冒険者登録をしたのですが、向こうの失態でギルド証が発行されておらず、昼食時に遅れてしまう結果となってしまいました。一緒に食事を出来ず申し訳ございません」
そういいながら、食事に一切手を付けないロゼッタ。
食べていいんだよ? 冷めちゃうよ?
さっき作り直させたばっかりなのに、お願いロゼッタ。私達への言い訳とかいいから食事をして満面の笑みをみせてくれっ。
「ふむ。冒険者になるなど聞いていないが? 食事も出来ないとなるとさすがに看過できんな。こういうことになるのであれば家から出ることも禁止とせざるをえないのだが?」
「お父様。私は……民の事が知りたいのですっ。人々がどのように生活しているのか、冒険者としてその日暮らしをされている方々の暮らしを、その思いを。知ることは貴族として、彼らの生活の上で成り立つ者として、彼らの営みを知っておきたいのです。その為に魔術も習いました。運動も致しております」
「しかし、冒険者と言えば魔物と闘う職業だろう? 命の保証も出来ないと聞く。わざわざ侯爵令嬢であるお前がそのような下級職に付く必要はないと思うが?」
「それは違いますお父様。民を知ることはこの国の悪い場所を直す切っ掛けとなります。私はリオネル様の婚約者。このまま成人を迎えましたら王族と成る身でございます。なればこそ、市井を知り、この国のより良い発展のため、冒険者となることは決して悪いことではございません。それに、私個人で都合の付くお金を稼ぎたくございます」
「ふむ? 金なら家の金を使えば良かろう?」
「私個人のことにお父様方がお稼ぎになった金をつぎ込む訳には参りません。実は……ある程度の金額を手に入れましたら、商店を経営してみたく思います」
「商店を? 貴族であるお前が、か?」
「はい。商人の営みを知ることで国家経営に何かしら貢献できればと、何事も挑戦してみたく思うのです。どうか、どうか私の無茶を温かく見守ってほしいのです」
両手を組んで懇願するように告げるロゼッタ。
ああ、眼がうるうるキラキラしている。可愛い。可愛過ぎる。
ダメだ。こんな愛しい娘が懇願してくるのだ、許可しない訳に行かないじゃないか。
ああ、いかん、家の中で大切に育てたいのに、立派に成長していくロゼッタが愛おしくて仕方がない。これが、巣立ちなのか? 親として、娘の巣立ちは応援せねば、うぅ、涙が、止まらん。感動と愛おしさで涙線が崩壊してしまったぞロゼッタぁぁぁぁっ!!




