564話、レイコック、全て諦めたはずだった……・1
SIDE:レイコック=ピースホワイト
俺にとって人生は兄に奪われるだけのモノだった。
俺より早く生まれた、それだけのことで全てを手に入れぶくぶくと肥って行く兄。
欲しい玩具は取り上げられ、欲しいお菓子は奪われて。
長男であるが故の両親の優遇。
確約された伯爵家当主の道。
当主候補であるが故の両親以外止められる者も居ない横暴。
最初は、悔しかったのだ。
自分が自分である何かが欲しくて、無理矢理決められた婚約者に人生を捧げようと思った。
若かった俺は、必死になって彼女にアピールした。
ようやく結婚が決まりかけた日、兄が権力を使って自分の女にした事を知った。
その女も兄の権力に擦り寄っていた。
女は諦めた。だから自分を主張出来る地位を求めた。
兵士として立候補し、部隊長になろうかといったその年、兄が兵士に立候補し、権力と賄賂を使って部隊長にのし上がった。
だから悟った。
俺の人生は、産まれた時から兄に搾取される為だけに使われるのだと。
残された実力もどうせ無理だと諦めて、兄の子飼いの副隊長に収まった。
収まったら兄のおこぼれで女も知れた。
ただし、俺の感情は一切振れることはなかった。
折角与えられた女に入れ込む事も出来ず、さっさと別れた。
次の日には他の男の女になっていたが、どうでも良かった。
それからの日々は、寝ている時だけが幸せだった。
俺の唯一の幸せを奪う奴は誰であろうと噛みついた。
兄にだけは、不承不承従うしかなかった。
だって兄は、俺の上に君臨する搾取者なのだから。
アレには絶対に逆らえないのだ。逆らっても良い事は無いのだ。
だから、凶暴な弟とソレを御する優秀な兄、という図式が出来あがった。
部隊長になった兄は止まらなかった。
時には仕事を無視して酒盛りしたり、犯罪者を無罪にして女性を紹介させたり、悪人としか思えないことをやっていたが、見て見ぬふりをした。
だって、誰もアレを咎めないのだ。皆気付かない振りをしているのだ。
俺が一人何か言ったところで、どうにもならないじゃないか。
だから俺は寝るのだ。
ひたすらに惰眠を貪る。
それだけが俺の幸せだから。
だから、誰も俺を起こすな。もう、辛い現実は御免だ……
「……ろ、……起きろ馬鹿レイコックッ」
「……あ゛?」
働かない頭で幸せから引きずり出してきた相手を睨む。
焦点が合うと、さすがに続く言葉が言えなかった。
切羽詰まったような兄が必死に俺の身体を揺すっていた。
「なんだよ兄貴?」
「いいからさっさと起きろ、それからアレをどうにかしろっ!」
アレ?
寝ぼけた頭で指差された方向を見る。
一人の兵士がゆっくりと近づいて来ていた。
無数の兵士達が決死の覚悟で一人の兵士に突撃する。
剣一振りで数十人が吹き飛んで行った。
……は?
「あ、あんなものは聞いてない。あり得ない、アレが俺達と同じ兵士だっただと? 嘘だ嘘だ嘘だっ」
兄が、珍しく青い顔で怯えていた。
意味が分からない。あと腹が物凄く痛い気がする。
はて、俺は一体何をしていたのだったか?
と、とにかく、アレをなんとか……
って、待て、なんでパジャマ!?
「ええいクソ、役に立たん!」
兄が舌打ちして立ち上がると、近づいてくる男に向けて剣を抜き放つ。
「うおぉぉぉぉっ」
剣を手に突撃、剣を振り下ろす暇すらなく剣の腹で叩かれて吹き飛んで行った。
「クソ、なんなんだ、あいつ?」
近くで倒れていた兵士の剣を掴み取る。
実力だけなら、俺は兄を越えている。俺が密かに訓練している、最後の砦だ。
走りだす。裸足で砂地は痛いがこの際贅沢は言っていられない。
「はぁっ!」
「遅いっ」
横薙の一撃は弾かれ、無防備な脇腹に剣がめり込む。
強烈な衝撃に視界が明滅。
次の瞬間には地面を転がっている自分が居た。
「……?!?」
「クソ、近接しか出来ないからってパンダフ選んだ奴誰だよっ!?」
「ククク、素晴らしい、アレはただの兵士だったのだろう、ここまで強くなれるのか!」
どういう、事だ?
アレが、ただの兵士?
そういえば、着ている鎧は我が国のモノだ。だとするならば、アレは我が国の兵士?
今、俺達は何をしているんだ? 戦ってるのか? あいつと?
「お、おい、俺達は今、何してるんだ?」
思わず、隣に転がっていた男に尋ねる。
「はぁ? 何を言って……ああ、レイコック君か、いいか、良く聞け」
ソイツは力尽きかけているのか、震える腕でなんとか立ち上がろうとしながら、俺に話しかけて来た。
「あいつはパンダフ。俺達からすれば一年前に今俺達が受けてるロゼッタ嬢式訓練を受けた先輩ってところだ。その実力を見せつける為に今回の訓練組である四軍全員であいつ一人と闘わされてる」
良く見たらヴェスパニール先輩じゃないか!? 良く俺の面倒を見てくれていた先輩だ。兄が入って来てからは全く話さなくなってしまったが、俺にとっては尊敬すべき存在だ。相変わらず無茶が好きだな先輩は……




