519話、サラディン、ごめん父さん、私では、彼女を止められそうにありません
SIDE:サラディン
正直に言えば、今すぐにでも気絶してしまいたい。
掌を合わせてお辞儀をしている今、私は凄く、物凄く後悔していた。
ロゼッタ嬢とキーリ嬢は私のすぐ後ろでカーテシーをしている。
まさか私が最前列で相対する事になろうとは……
お辞儀を終えて、目の前の人物を見る。
仏頂面と厳つい髭もじゃの顔はどう見てもこちらに良い感情を持っていない顔である。
四大大国と名高い強国の一つ、新生天竜帝国の王、いや帝王様である。
「ふん。随分と見縊ってくれたものだな」
厳かに告げる彼は豪奢な椅子に腰かけこちらを睥睨するように見下す視線を向けている。
肘かけにかけた肘、左手を拳にして頬をそれに乗せる姿はあまりにも不敬な態度だが、彼の方が位が高過ぎるゆえに不敬などと言える訳もない。
見下されたまま、私はなんとか彼に取り入ろうと……
「ごきげんよう。代理同士の会話であればこの位で丁度いいのではないかしら?」
ちょ、ロゼッタ嬢ぉぉぉっ!?
私が会話するのではないのですか!? なんで貴女が話し始めているのですか!?
しかも天竜帝国相手に、なんちゅーことを!?
「ほぅ? 国家間格差というものを理解せず前回の呼び掛けは断り、此度の呼び掛けに来たのは若造ばかり。これで我が国を見縊っていないと?」
ま、不味い、不味いよロゼッタ嬢、平謝り、DOGEZAでなんとかなるだろうか? 余計な事はもう言わな……
「まず最初に、我が国の宰相がこの国際会議に顔を出せたのは本日が初めて。それまでは国家としての常識を弁えていない陛下のみの来訪であったゆえ、貴国に御迷惑をおかけして本当に申し訳なく思いますわ。宰相閣下もその無礼を必死に挽回しようと各国を回られております。ただ、貴国からはすぐに来訪せよとおっしゃられましたので、丁度宰相閣下が留守の時でした。ゆえにこうして宰相代理として私が、そして次期宰相であるこちらのサラディンが対応に参りましたのですわ。だというのに、天竜帝国ともあろう国家がわざわざ急いで来いとおっしゃった来訪者に対して代理の厳ついオジサマを面会させて来るとは、そちらこそ王国同士対等の面会という国際会議の意義を理解なさっておられないのではと愚考せざるをえません。どう思われますか天竜帝王、いえ、女帝と言った方がいいのでしょうか?」
ちょぉぉいっ!? なんで煽って……え? 女帝!?
慌てて周囲を見回せば、側面の奥まった場所に寝そべってこちらを意地の悪そうな顔で見つめている少女が一人。
少女だ。年の頃はロゼッタ嬢と同じくらい。いや、少し年上っぽいか、ロゼッタ嬢が大人びているせいで同年代と思ってしまったが多分この少女の方が年上だ。
「きしし、なぁんだ。すぐバレちゃってるじゃない。ルギアスの演技も錆ついてしまったのかぁ?」
勝気な瞳とギザギザに見える歯で意地悪そうに笑いながら跳び起きる。
「よっと。ほら、どきなさいルギアス」
「よろしいのですか、陛下? では失礼致します」
うやうやしく礼をして椅子の後ろに回り込むロギアス殿。
な、なるほど、護衛の男を王と偽って相対させていたのか。
ロゼッタ嬢よくわかったな。
というか、この少女が天竜の帝王!?
少女は楽しげに歩きながら豪奢な椅子の前に来ると、くるっと踊るように座り、にひっと笑みを浮かべる。
「いやいや、失礼した。折角来ていただいたのに無礼なことをしてすまないねぇ、初めましてお嬢さん、そして宰相代理君。現天竜帝国帝王メテオラ・アーク・ドラゴニアだ。さっきまで君たちの相手をして貰っていたのは私の護衛のルギアス・エーデンベルグ。少し前に父が急死してしまってね、私が跡を継いだのさ」
ロゼッタ嬢が気付かなかったら天竜帝王と相まみえることすらなく偽りの王に土下座してたのか、あ、危なかった。でもロゼッタ嬢の煽りは心臓に悪い。ちょっとやり過ぎじゃないかロゼッタ嬢?
「お初にお目に掛かります。天竜帝王陛下、と呼べばよろしいかしら? 宰相代理、ロゼッタ・ベルングシュタットと申します。そしてこちらが次期宰相の……」
「サラディン・リーファナシスと申します。本日は陛下と相まみえることになれたこと、恐悦至極に……」
「あー、いい、いい。そういう堅苦しいの苦手なのだ。ほれみろ、私ってば子供よ子供、堅苦しいのとか苦手だし、なんならフレンドリーな方が好きなくらいよ。いたずらも大好きよ」
「ふふ、可愛らしいお方ですね。おっと、失礼、もう一人紹介しておきます。私の義妹で今回の護衛をしております邪神キーリクライク・プライダルですわ。気軽に邪神ちゃんと呼んでください」
「あっるぇ!? ウチ自分で自己紹介でけへんの!?」
「あらぁ。邪神って初めて見たわ。本物?」
帝王が尋ねた瞬間、ルギアス殿がくわっと目を見開き殺気が飛んでくる。次の瞬間真後ろから恐ろしいまでの殺気がルギアス殿へと返った。
「これは……邪神かどうかはともかく、私では太刀打ち出来ぬ実力を持っているようですな」
「ほっほぅ、ルギアスがそこまで言うなら高位魔族以上の存在ね。そんな邪神ちゃんが貴女の妹だなんてちょっと興味が出てくるわね」
「まぁ、私などただの侯爵令嬢ですわ。ああ、そうですそうです。こちら、御近付きの印にどうぞ。我が国で最近売り出し中の商品で、プリンという食べ物です」
「ルギアス、受け取って」
これ……私が来る意味あったのだろうか? なんかもう波長の合った悪女と悪女の謁見にしか見えないのだが……




