492話・クリストファー、良い気味だ、が、壊れてくれるなよ?
SIDE:クリストファー
「暇じゃのー」
玉座に座った眼の上のタンコブがいつものように呟く。
丁度今日は謁見予定が入ってない日。
訪れる者もなく、既に一時間、ずっと椅子に座ったままの陛下がついにこの言葉を呟いた。
ここから来るのはムチャ振りだ。
私がやらねばならんムチャ振りを振ってくるのだこの男は。
それも急いでやっておかねば忘れてしまうので最優先させなければならない。
折角やり終えて報告したのに、そんなこと頼んだかの? と素で言われた時ほど殴ってやろうかと思ったことはない。逆にやらないでいれば、そんな時に限ってアレはどうなっとるかの? とか聞いて来るし、なんなんだ全く、私に恨みでもあるのかお前は。
大体二日程で頼んだこと自体忘れるので、期限はそのくらいだ。
まさかまた宰相のジャグリングが見たいのぉとか言ってきたりしないだろうな?
技術的なモノは二日で仕上げるのはなかなか骨だぞ?
「あ、そうじゃ宰相、儂ちょっとさ……」
「失礼します、緊急事態が発生しました!」
陛下の言葉を遮るように背後から声。
本来陛下の言葉が終わるまでは絶対に話をしない筈の影兵たちが、不敬を承知で声を掛けて来た。
おそらく今の陛下の言葉で私が動けなくなることに危機感を募らせたのだろう。
つまり、私にとっても無関係ではない話があるということだ。
ああ、嫌な予感がするな。特に、今日は訓練所にすら姿を見せていないロゼッタ嬢が……
「なんじゃい、今良い事を思い付いたというに。……申せ」
「はっ! 東砦より緊急報告、ザルツヴァッハ王国西砦が突如崩壊!」
「ほわ?」
あ、それ既視感……
「何か分かっていることは?」
「ありません、本当に突然、大爆発したとのことで……」
「失礼しますッ! 緊急報告が届きました」
「え? なんで? さ、宰相、儂なんか嫌な予感が……」
「諦めてください陛下、おそらく当たりです」
「そ、そんな……」
「陛下は気にするな、申せ」
「はっ! 南砦より緊急報告、メーテルゲルテン北砦が突如爆散、死者はゼロ。一瞬で更地になったそうです!」
「ほわわ……」
うむ、当たりだな。となると、次は……
「あ、私も、緊急報告来ました」
「ま、待て、ちょっと待て。今深呼吸するから。すー、はー、すー、はぁーーーーっ」
陛下、心を強く持ったところで耐えるのは無理だぞ?
「西砦より緊急報告、コウチャノサイテン王国南東砦が爆散消失。王国兵士団が今更地を見上げて呆然としているそうです。こちらでも調べているようですが原因不明だそうです」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
陛下、それはラマーズ法、男には関係の無い呼吸法だぞ? それとも産めるのか?
「あ、あの、き、北砦からも緊急報告が……」
「は、はぐぅ!?」
「陛下の呼吸が乱れているが気にするな、告げろ」
「は、はい、デーバルデ南新砦、ようやく完成直後に再度爆散しました! 原因は今回も不明。シュヴァイデン隊隊長からはお嬢やり過ぎ、との言葉を貰ったそうです」
やはりか。全く、何をしてるんだあいつは……
「な、何が、何が起こっている? さ、宰相、ヤツなのか? 本当に、ヤツなのか!?」
「前回デーバルデ王国の砦を秘密裏に爆破した時、確か今度は他の砦も見ておこう、とか言っていた気がします、有言実行ですな」
「ど、どうする気だ!? 四方から我が国が攻められたらどうする……」
「それが無いからやらかしているのです。というか、おそらく四方から攻められても我が国の圧勝かと……」
「ぐぅぅ、ひ、否定できん。むしろソレを期に唐突なる宣戦布告許すまじ、と相手国に攻め入ることも可能か……いやいやいや、儂、帝国になる気ないんじゃが!?」
「まぁあ奴のことですからな、危険な行為はせんでしょう。あくまで相手の戦力低下と、絶対に見付からない方向からの攻撃でしょうな。それに、今までの我が国の実力からして他国が考えんでしょう。我が国が砦を破壊した、などとは思いますまい」
「は、はは、大胆不敵というか、ああもう、ほんと心臓に悪いわい」
「暇は潰せたようですな」
「こんな気が休まらん暇潰しは嫌じゃ」
「それで、ロゼッタ嬢は今どこに?」
「そ、それが……先程訓練場に帰ってこられたのですが、キーリ嬢レベリングするとか言いだして彼女を連れてどこかに……」
「そう、か……」
「え? 待って。ねぇ、待って? 宰相? どこいった? 奴は何処行ったのぉ!?」
「さぁて、どこでしょうな。ただ、その場は一夜にして大量の魔物が消えることでしょう」
「た、他国じゃないよね!? 他国じゃないよね!? ねぇ!!」
あ、こら、縋りつくな、服が伸びるじゃないかグラン!?
「いかんのよ、なんかもうそろそろ儂いかんのよ!?」
「壊れないでくださいよ陛下。陛下が壊れれば国が滅びます」
「いや、儂別にいいだろ、主さえおればなんか普通に回るだろ? 隠居していい? エリオットに任せちゃってもいい? ってか隠居するっ!」
「駄目です。私の正気度があるうちは絶対に隠居させません、っていうかさせてたまるか! 自分だけロゼッタ嬢から逃げられると思うなよっ!」
いやじゃーっと駄々をこね始めた陛下を放置して、とりあえず各砦に静観せよと指令をおくることにするのだった。