449話・???、それぞれの紅月夜
SIDE:クラムサージュ
その日、エルフレッドさんに誘われた私は、ウキウキ気分でここへとやってきた。
貴族街の一角にある森林に囲まれた公園。その一角に、それはあった。
「人間たちは気付いてないようだがな。紅月夜の一日のみ、真の姿を現す、我々エルフにとっては神木と言える聖なる木。エメラリーフだ」
いとおしげに見上げ、エルフレッドさんが告げる。
私は、これを知っていた。
ゲームで見た一枚絵は今でも覚えてる。
紅月夜に照らされて、赤く色づく桜のような雅な大木。
エメラリーフは赤い花びらをはらはらと散らしながら赤く輝く月夜に照らされ、妖しくも魅惑的に花弁の雨を降り注がせている。
「君に、見せたくてね」
柔和な笑みを浮かべるエルフレッドさん。
これ、これよこれっ! このイベントを見るために何度ゲームをやったことか。
エルフレッドさんに微笑みかけられるこの瞬間、い、生きててよかったぁ。
……っと、あ、危ない。
危うくトリップして台無しにする所だった。
今まではゲームだった。でも、今は違う。
これは現実に起こった出来事だ。
エルフレッドさんと願っていた通りに恋仲になって、こうしてルート確定の一大イベントが見られた。
いえ、違うね。これこそが現実で、二度と取り返しがつかないたった一度きりの私の人生だ。
だから、私は……絶対に幸せになると決めている。
幸い、ロゼッタに出会ったことでこの世界をゲームとして追想しようとする精神は打ち砕かれた。
私にとってこれは現実であると理解出来た。
この状況に持ってこれたのは、ロゼッタの御蔭よね。後でまた何かプレゼントしてあげよ。
「綺麗な、木ですね」
「ああ。私は毎年これを見るために、この地に居ると言っても過言ではない。この木を見ていると、来年も頑張ってみよう、という気持ちが湧いてくるんだ」
「それは……この木が無かったら、エルフレッドさんエルフの村に帰ってたってことですか?」
「……ああ。それは確信して言える。いや、今は違うか……ロゼッタ嬢の御蔭で新しい店が開けた。今年もまたこうしてこの木を見にこれた。それに……」
少し、真剣な面持ちで、彼は言う。
プレイヤーに向け、いつものように。
否。今は、この現実は、私だけのために。
「今年からは、君がいる」
「え、エルフレッドさん!?」
ああ、不意打ちにならないようにと身構えていたのに、それでも私の防御を貫通してこの魅惑の笑みよ。エルフレッドさん、そんな笑顔見せてぇ、私の息の根止めちゃう気なの!? イケメン過ぎて昇天しそう。
多分今、私の顔は真っ赤になってると思う。
「その、不思議な感覚なのだが、私は……君といつまでも居たいと思っているらしい。君が良ければ、なのだが……」
少し自信がなさそうに、でも年上の余裕と美貌を持って。私を魅惑する男の照れがそこにあった。
私は高なる心臓を必死に抑えながら、エルフレッドさんの前へと歩み寄る。
「私の答えは最初から決まってますよ。エルフレッドさん、私が生きる全ての時間を、貴方と共にありたいと思います」
ありがとうロゼッタ。
私、クラムサージュは、一足先に、恋仲になりますっ。
赤い月に照らされて、紅の花びら舞い散る中、二つのシルエットがゆっくりと、重なった……
SIDE:キーリクライク
「ほーれ、がんばれがんばれ」
ウチは自宅に帰ったあと、ひたすらにラファーリアの訓練に付き合っていた。
夜中になると、いつもと違った夜空になった。
「なんやー、今日は紅月夜かいな」
「家族や恋人と過ごす日ですよね。一部地域では団子を食べる日だとか」
「人間さんはそーなんやなぁ」
「人間って、魔族は違うんですか?」
「ウチの居た村やと、紅月見の日は皆で踊り狂ってはったえ。キャンプファイヤー囲って、たまに生贄捕獲して、一日中火の周りを踊るんよ」
「それ、何のためです?」
「なんやっけ? 確か豊作だか神さんへのお供えちゃうかったかなぁ? 邪神なってからはウチが神なったから祈りすらしとらんけど」
「……邪神?」
あら、言うてはれへんかったっけ?
ほならぁ……ちょいと怯えさせたろかぁ。
SIDE:ミリア
空が赤い。
紅月夜の日だ。
本日行われるはずのイベントはまだない。
学園に入ってからならハーレムイベント起こしてれば皆に誘われてあの、なんだっけ、エメ何とかリーフ。公園に一本だけ咲いてんのよねー。アレを囲ってドンチャン騒ぎ。
ふふ、懐かしいなー、皆でばか騒ぎするの。
あー、もぅ、なんでこんなになってるんだろ。
私は赤く輝く月を、誓いの拳を握り見上げる。
転生して面白おかしく過ごすつもりだったのになんっか上手くいかない。クラムサージュは目的の人物と恋愛とかしちゃって、羨ましいっ。ああもう、学園入るのが待ち遠しい。
待ってて私の逆ハー生活っ! そして恨みはないけど私のために死になさい、悪役令嬢ロゼッタ! 後ついでにクラムサージュ、なんかムカ付くから一度はギャフンと言わせてやるんだからっ。