447話・ベルゼガリス、あ、危なかった。本気で危なかった……
SIDE:ベルゼガリス
フェイルという男との対戦後、傷を癒され、ラファーリアに言いたいことだけを伝えた私は、王城へと戻って来ていた。
王城内を歩きながらも、内心は気が気ではなかった。
なんだあの男? あのロゼッタ嬢がおかしいくらいの実力者だというのは百歩譲って認めよう。実力に裏打ちされた自信を持って私に対戦を仕掛けて来たのだ。それに総指令官として他の兵士共を鍛えていたらしいからな、奴が強いのは認めよう。
悔しいが認めざるをえない。
だが、あのフェイルは違う。私が近衛騎士団を追われた時も兵士の部隊長としてライオネル軍に所属していたのだ。
その実力は私だって知っている。
正直、ラファーリアの足元にも及ばない程度の実力だった筈だ。
だから今年の新兵としてラファーリアを送りだした。あいつらの性根を私の代わりに叩き直して欲しいという願いを込めて、本人も騎士になりたいと言っていたので丁度良いかと思って行かせたのだ。
何がどうしてこうなった?
私が、少しでも気を抜けば負けていた?
腕が折れた時など敗北が脳裏にちらついたし、何度私の負けだ、と早々に切り上げようとしたことか。
ラファーリアが心配そうに見ていなければ、きっと折れた時点で負けを認めていただろう。
危なかった。
本当に、危なかった。
あのあとの決着も、相手の動きは分からなかった。
なんとなく、嫌な予感がしたから剣から蹴りに変えただけだ。
もしもあのまま剣で攻撃を仕掛けていたら、何が起こっていたか想像すらしたくない。
娘の前で剣聖として、この国最強の剣士として誇らしさを覚えた父の背中を地の底まで投げ捨てる所だった。
かろうじて面目は保てたと思う。
あの場にもう少しいて、次は娘と闘う、なんて事になっていたら危なかった。
既に気力が足りなかったのだ。技に精彩が無い状態で娘と闘ったら、どうなっていたことか。
早々に脱出してこれてよかった。
「おや、ベルゼガリスではないか」
「は? あ、こ、これは失礼した。陛下。なぜここに?」
「何故も何もここは城の渡り廊下だぞ? しかも中庭に向かうための王族専用通路だ」
「……は? あ、こ、これは飛んだ失態を」
「随分と考えに嵌っておったようだの。丁度よい、儂のストレス発散に付き合うが良い」
「ソレは構いませんが、よろしいのですか? 私といえども陛下専用通路に迷い込むなど不敬の極み、罰されるべきなのでは」
「相変わらず堅いのぅ。散歩じゃ散歩。ほれ、中庭に行くぞい」
好々爺と微笑む陛下の後を歩き、中庭へと向かう。
うぅむ、確かに心を落ち付かすには良いが、逆に陛下が隣にいるとなると落ち付かんな。
「して、何を考えておったのじゃ」
「はっ、それは……娘の事にございます」
「ほぅ、むす……ほっ!? 娘!? そなた前に聞いた時は一人息子しかおらんといっとらんかったか!?」
「申し訳ございません。家督を継ぐ息子が出来ず、一人娘を息子にしようとしておりました」
「ああ……そうか」
納得した陛下は中庭にある大きな池を横切り、テラスへと向かう。
そこには既にテーブルと椅子が二脚用意され、茶会の準備までされていた。
執事が一人、私の視線に気づいて礼をする。
「たまには男同士中庭でゆっくりと会話をするのもよかろ」
「私などでよければ」
座席に付いて執事が入れた紅茶を頂く。
「相変わらず良い茶葉ですな」
「コウチャノサイテン国は良い茶葉を育てておるからのぅ。あそこ以外の茶葉だとどうもしっくりこん」
しばし、ゆったりとした時を過ごす。
風がふわりと紅茶の香りを鼻腔へ届けて去って行く。
ソーサーにかちゃりと置かれるカップの音を皮切りに、私はゆっくりと口を開いた。
「娘が兵士になりたいといいましてな」
「また凄い状況じゃな」
「私のように近衛兵となり、私を追い出した者たちを追い出すのだと息巻いていたのです」
「ほっほ、将来有望じゃな、儂を守ってくれるのかの?」
ふざけたことをいいやがる。
チッ、慣れん丁寧語などこの際いるか。陛下一人だし今まで通りの言葉遣いでよかろう。
「年代的に言えばガイウスかリオネルだろう? そういえば訓練所にリオネルはいたが、ガイウスは見掛けなかったな。最近噂も聞かんが、どうしている? まだやんちゃ盛りか?」
「あー、ガイウスな、アレは、その、塔に幽閉した」
なんと?
「確かにかなりやらかしていたが、そこまでだったか?」
「兄の婚約者を毒殺しようとしてな。さすがにこれ以上は見過ごせん」
「そう、だったかすまん、聞くべきではなかったな」
「構わんよ。それより、そなたの息子だか娘だ。悩んでいることをほれ、吐きだしてみぃ、他人に話せば多少は楽になるぞ」
陛下がそういうので、私は自分が娘にしてきたことと、ロゼッタ嬢に言われたこと、そして娘のこれからをどうすればいいか悩んでいることを告げて行く。
ふむ? ロゼッタ嬢の名が出た瞬間なにやら苦しげに唸っているが、陛下まさか……
「貴方もロゼッタ嬢にやられた口か」
「は、はは、はっはっは。別にやられた訳ではない。ただ、そう、ただ、あの娘はやることなすことやり過ぎなんじゃ。なんでベルングシュタット家にあんな規格外が生まれるんじゃ! あ奴のやらかし履歴、聞きたいか? 聞きたいよな。嫌でも聞かせてくれるァ!!」
ああ、これ、地雷だったか……