419話・サロック、君たちが最弱だ3
SIDE:サロック
俺は近衛騎士団だ。
その自負は今まで自身の絶対的自信だった。
この訓練中だって、その自信が揺らいだことはなかった。
兵士達が強くなっていても自分たちもそうなれる、彼らより強く成れると、自信に拍車を掛けていた。
でも、違った。
自信はただのまやかしだった。
最弱決定戦。気軽に考えていた。
近衛兵なのだからさすがに兵士の最弱たちよりは勝てるだろう。
思っていたが、結果はその兵士達含めたうえでの最弱の一人に見事自分がなっていた。
自信は完全に打ち砕かれた。
必死に勝つために抗った。抗って抗って、結局最下層の存在だと知らされた。
お嬢はフォローしてくれるが、自分に実力がなかったこと、兵士達より勝利への執念が無かった事は自分が一番理解している。
ドーラスとの一戦、本気で殴りかかってきた彼に、最後の最後、自分は恐れた。
それが勝敗を決める一撃になった。
あの時、あの一瞬、恐れさえしなければ、勝負はまだ分からなかった。でも、自分は怯えたのだ。
ドーラスの殺意に、必ず勝つという気概に、自分は自分で及ばないと気付いてしまい諦めた。
そんな負け犬がもう一人。
ポーラック対ゼオールの闘いは、最年長のゼオールが敗北した。
近衛隊長であるオスカーと闘った時点ですでに彼は折れていた。
結果はすぐに現れた。
おそらく、俺と同じ、自分では皆に及ばないと知ってしまった顔をしている。
いや、むしろ、自分は老兵だからもう負けるのは確定だ。そんな顔をしている。
「初心が足りないわね」
「お嬢?」
「ゼオール、随分と不甲斐ない結果だったわね」
「はっ、私はこの通り老齢です。若い者に負けるは道理ではないかと」
お、おい、馬鹿か!? そんなこと馬鹿正直に言ったら怒られるだろ! お嬢の初心っていえば兵士として自分が大切なモノを守れ、背水の陣で闘えって奴だろ。毎日毎日繰り返してるから俺でも分かる。
ただ、俺には守る者が無かったからそこまで死に物狂いになれなかったってことだけで……
「そう、なら貴方の背後にいる者が蹂躙されようとも自分は構わないのね?」
「兵士最弱に何が出来るというのです? どう抗っても勝てない存在に、死に物狂いで闘う必要性が無いでしょう? 息子が今年兵士になるのです、彼に任せて私は……」
「引退を考えている、か。うん、分かった。サロック、ゼオール、今から私に付き合いなさい。その甘ったれた精神を叩き直してあげる」
ほら見ろ、しかも俺まで巻き込まれたじゃねーか!
「んじゃ、こっちはキーリ達に任せるんだよ。通常訓練に戻って。あとオスカーとケリーは再交替なんだよ」
「え、これだけですか俺ら?」
「あら、自分の任務をすることなく訓練がしたいと言うのなら別にいいけれど? まさか陛下の警護を自分の番なのに部下に任しちゃうのかなぁ?」
「……行くぞケリー」
「はっ」
よし、それじゃ行こうか、とお嬢に連れられ、俺とゼオールのおっさんは城を抜け、貴族街を抜け、市民街を抜け……フィールドへと連れて来られた。
「それじゃ、ここでしばらく立っておいて。反撃も無しなんだよ?」
それだけ告げて、さっさと去って行く。
は? 立っとくだけ?
「さ、サロック、これって、もしかして罰、なのか?」
「わ、分かんねぇ、お嬢ってあれだろ、突拍子もないことやるんだろ? だったらこれにもなにか意味が……待て、なんか来る」
「おい、魔物の餌とかさすがにやめてく……なんだよ、にっちゃうじゃねーか」
俺達は思わず警戒を解いた。
やって来たのはにっちゃうが一匹。
いや、二匹だ。
俺達に気付き近寄ってくると、威嚇しているのかぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「おい、なんでこっち威嚇してんのか知らんが、どうせ死ぬかもしれんなら近づいて……おぶっ」
あ、にっちゃうの体当たり受けやがった。
つっても攻撃力なんぞ皆無な一撃だ。
受けたゼオールも戸惑った顔をしている。
「あー、立っとけってのは、もしかしてこのにっちゃうどもの体当たり受けとけっつーわけか?」
「なんのために?」
良く分からないまま、俺達はひたすらににっちゃうの体当たりを受け続けた。
10分、1時間、3時間……ただただ受ける俺達と体当たりを行い続けるにっちゃうたち。
「ああもう。うざったいっ」
ゼオールが思わず拳を叩き付ける。
たった一撃でにっちゃうが死んだ。そりゃそうだ。こいつらは最弱の魔物。
攻撃は体当たりしかできず、身体がふわもこ肉ダルマのせいで全くダメージを与えられない魔物、そのうえ耐久力は子供でも倒せる位の、まさに最弱だ。
最……弱?
不意に、気付いた。
そうだ。こいつらは最弱の魔物。
勝てる魔物も動物もおらず常に殺される側の被食者でしかない。
なのに、今、何時間、こいつ等は俺達に体当たりを続けていた?
ゼオールが思わずうざったいと思うほどにしつこいくらいに効かない攻撃をし続けた?
仲間が一撃で死んだのを目の当たりにしたくせに、俺に体当たりを行うこいつらは諦めようとも逃げようともしていない。
それはまさに、お嬢の言っていた、背水の陣、自分の背後にあるものの為に闘う姿、そのものではないのだろうか?
「お前たちは、なぜ、闘うんだ……」
最弱の魔物の筈だった。
なのに、自分はどうだったか?
最弱を享受し、抗うことをしなかったのは、この最弱の魔物に大してあまりにも……
いや、分かってる、相手は魔物だ。高尚な思いなど持ち合わせていないだろう。守る者も無い筈だ。それでも……それでも……負けられないと思ってしまった。
最弱だと呼ばれることのなんとどうでもいいことか。周りの言葉など意に介する必要が無い。ただがむしゃらに、おのれの出来ることを愚直にこなし、勝機を見いだそうと努力する。
ただそれだけだ。ドーラスにあって俺に無かったもの。
多分お嬢は、これを俺達に気付かせたかった、そういう、ことなのか?