373話・ドーラス、今、立ちあがらなければならない何かがあった・2
SIDE:ドーラス
「そらそらこの程度っすかぁ!?」
理不尽が楽しげに矢を放つ。
弓を振り回し柄の攻撃してくる。
そのどれもが余りに速く、僕らは誰も反応する前にやられていた。
「あがっ!?」
あ、れ?
あれ? 僕、なんで地面に寝て……?
あ、そうか、僕も既に、やられたのか……
何が起こったかすら認識出来なかった。
ただ、気付いたら地面に伏していた。
僕は、なんで……?
いや、いい。当然の結果さ。
どうせ僕らはどれ程あがこうと、こうなる運命なんだ。
だって訓練もなにも殆どしてないんだ。強く成れる訳がないじゃないか。
砦の防衛にしたってライオネル王国軍はあまりにも弱すぎるから侵略する方が体裁悪い弱い者いじめになるってことで見逃されているようなもの。
僕らもそれを甘んじて受け入れて、ただただ弱いままでいた。
だからこうして敗北するのは当然の結果だ。
そうだよ、あいつの言ってた事が正しいんだ。こんな軍隊居るだけ無駄。
どうせ他国の兵が攻めてきたら滅びるだけの国なんだって。上がすげ変わって別の国になるかもだけど、兵士じゃない平民なら生存できる、だから俺は兵士辞めるよ。って、辞めてったあいつの方が正しいじゃないか。
これが終わったら、辞めよう。
僕も一般人になろう。
バリーさんが居れば十分じゃないか。
「諦めるのか?」
不意に、少女の凛とした声が響いた。
薄れ始めた意識に妙に浸透する怜悧な言葉。
「お前たちは思っているだろう。バリーみたいなのが居れば国は安泰だ。俺らが頑張る意味はない。このまま気絶したフリをして、闘いが終わったら辞表をだそう」
まんま、僕が思ったことだった。
「それで、いいのか? 満足か?」
なんだよ。ようやく夢に諦めが付いたんだぞ。いまさら……
「半年だ。お前達と同じ実力のバリーは、半年でこの強さを手に入れた」
っ!? 半年……で?
「初志を思い出せ。お前はなぜ兵士になった? お前達が思い描いた意思はなんだった? 何のために国を、街を、人を守る兵士になった? バリー、お前の初志は、なんだった?」
「はっ、我が国を、私自身の手で守りたかったからですッ」
あ……
それは奇しくも、僕が抱き、兵士の門を叩いた思い、そのものだった。
「では、何から守る?」
「我が敵は、私の守りたい者を脅かす全て! 他国の軍、盗賊、野生の魔物ッ」
ああ、そうだ。僕は、弟を守りたくて、家族を守りたくて、僕でも役に立てる兵士になろうって……
「ならばなぜ、お前が兵士でなくてはならない? お前以外にも兵が居る。強い兵に任せてしまえばいいだろう」
それは……そうだ、さっき僕が考えたじゃないか。バリーさんが居れば……
「否ッ! 断じて否ッ! 私には私の守りたい家族がある! 知り合いが居る! 仲間が居る! けれど、他の兵が守ってくれる保証はない!! だから、その全てを守るべきは、私でなければならないッ」
ああ、わかった。これは茶番だ……
僕らを立たせて闘わせる。兵士を辞めさせないための茶番なんだ。
茶番だって、わかってるのに、なんで……くやしい?
「我が同胞に問うッ」
不意に、フェイル隊長が叫ぶ。
その力強い声に、全身が総毛立つ。
「お前の後ろには何がある?」
何が? 何がって……それは……
「お前の後ろには同じ仲間たちがいる。そしてその後ろには守るべき祖国がある。この国だ。今、お前の目の前にいる者は侵略者だ。別に、兵士はお前でなくてもいい。だが、いいのか? お前がここで諦めれば、お前が、お前達が、育ったこの国が、この町が、この仲間たちが。知人が家族が、恋人、子供、あるいは孫も、あらゆる全てが侵略者に奪われる。お前は守りたいモノを守らないのか? 他人に任せて、どうして助けてくれなかったと縋るのか? 違うだろう! お前達も私と同じ兵士だろうっ! 半年前、私達は立った! 理不尽な存在に立ち向かった。私達に出来てお前達に出来ない訳があるかッ!! 全員斉唱ッ!!」
徐々に熱くなるフェイル隊長の声が響く。
言いたいことを好きなだけ言ってくれる。
半年前貴方達が立ちあがった? だからなんだと言うんだ?
僕らとあなたたちは違うだろ。この惨状を見て何言ってんだよ?
「我らは祖国の剣である!」
なん、だ?
「「我らは祖国の盾である!」」
フェイル隊長と、別の声が重なる。
まるで僕らを誘うように、同じ場所に上がって来いと、告げるように。
「「「我らが守るは国の民! 平和な日々! 愛しき家族ッ!!」」」
そうか、これは……理念だ。
兵士を志す者が、最も最初に持つべき指標だ。
理念すら持たぬ者が兵士だなどと、確かにおこがましい。
僕らは、そうか……まだ始まってもいなかったんだ……
「「「「我らが背には国がある、国の中には民がいる。民の中には家族がいる」」」」
悔しい。悔しい、悔しいっ。
なんで、僕は地に伏している?
思いは同じだ。その為に兵士になったんだ。
我がヒュッケイン家の名に掛けて、国を守るために立ちあがったのだ。
「「「「「ならば! 守り切れ! あらゆる難敵襲えども!! 我らを越えては行かせるな」」」」」
ああ、同胞が……待ってる。
「「「「「「我こそが! ライオネル王国を守護する兵である!!」」」」」」
知らず、口から漏れ出ていた。知らない筈の文句なのに、自然と口から紡ぎだされる。
腕に力を込め、立ちあがる。不思議と溢れ出る想いに体が動きだす。
顔をあげれば、ライオネルの旗を携えたフェイル隊長が、ここへ集えと僕らを見つめて待っていた。