34話・リオネル、暗号を解くカギ
第三王子リオネルはその日、とある部屋を訪れていた。
雑多なモノが溢れた一室だ。
ちょっと臭いが強烈なので貴族は滅多に来ることはない場所である。
一応、王城の一室なのだが、塔で分けられており、王族が来ることもまず無い筈だった。
だが、リオネルはそんな場所を訪ねていた。
目的の人物の元へ向うと、やぁ、と声を掛ける。
そこに居たのはモノクルを掛けた老人。
気難しそうな顔でリオネッタがリオネルに渡した紙とにらめっこしていたが、リオネルが部屋に入ってきたことで顔を上げて彼に意識を向けた。
数日風呂に入ってないようで。リオネルは思わず、うっと呻く。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたリオネル王子」
「わざわざすまないね。暗号解読をさせてしまって」
「いえいえ、これはむしろ興味深い暗号ですな」
彼は宮廷学者の一人で、古文書などの暗号解読を行う者たちの長だ。
他の者は忙しく、隣の部屋で未だ難解な暗号に挑んでいるのだが、それら全ての監督、という立場もあってこの老人だけは管理優先で大した仕事はしていないし、余裕な時間があるのだ。
いつもはその余裕時間を新たな暗号解読などに充てているため、それならロゼッタの書いたという暗号を彼に解読して貰おう。子供の暗号ならすぐだろう、と思ったのだが、なぜか未だに解読出来ないでいるらしい。
言われた通り、書かれた状況や、漏らした言葉なども伝えたのだが、まだ一文字すら解読出来ていないらしい。
本当に暗号なのかと疑ってしまうほどだ。
しかし、ロゼッタが暗号と言ったのならば暗号なのだろう。
こうなると何が書かれているか気になって来る。
「それで、何とかなりそうか?」
「よく出て来る文字がいくつかありますゆえ固有名詞などがあるのは分かります。あと文字列は文として成り立っていることも分かります。しかし、文字自体が何を露わしているのかが分からないので……ただ、この文字、どこかで見たような?」
「見覚えがあるのか!?」
「ええ。あれは確か……そうです。図書室奥の隠し部屋に……あっ」
隠し部屋、そこは王族だけが向かうことを許された図書室奥の部屋にある隠し通路から向かえる場所である。
つまり、王族しか入れない筈の場所に無断侵入していることになる。
それに気付いた学者がマズいと焦った顔になる。
目を泳がす学者にリオネルは溜息を吐いた。
ここで彼を罪に問うのは簡単だ。
だが、仮にも宮廷に昇りつめた考古学研究科の一人。
さすがにそれは惜しい。
ついでに言えばどうせこの男には書庫で得た知識を他国へと売り込むようなことは出来ない。いなする気すらないに違いない。
「侵入したのか……父上に知られれば死刑モノだぞ?」
当然王族しか入ってはならない場所に入ったとなれば幾ら宮廷学者といえども無断侵入であるなら罪は逃れられない。
何しろ王族しか知ってはならない知識の宝庫なのだ。
それをただの考古学者が見てしまうとなると大問題なのは当然で、王族が秘匿しているものを暴く、つまり王族侮辱罪に当ってしまう。
罪状は、死罪一択である。
「そ、それは……その」
青い顔で震える学者。
おそらく知識欲に目がくらんだだけで全くその辺りについては考えに及ばなかったようで、今更ながら後悔が見て取れた。
ガクガク震える彼を見て、溜息が出てしまう。
「まぁあなたのことです、どうせ好奇心に負けてしまっただけでしょう。ただ、本当に命が大切ならばもう二度と入らないように」
「はっ、肝に銘じます」
「とはいえ、そこに手掛かりがあるというのなら行く価値はあるか……仕方ない今回は私が同行することで許可しよう」
「おお、つまり、誰はばかることなく隠し部屋の中を自由に!?」
「これを調べるためだからな。お前の知的好奇心を満たすためではないぞ。そこはしっかりと気を付けろよ。次はないということがしっかりと理解できているか?」
「し、失礼しました。肝に銘じます」
まったくこいつは……と思わず息を漏らす。
しかし、とリオネルは顎に手を当て考える。
なぜ王族しか知らないような古文書に載っている暗号を彼女が扱っているのだろう? ふと思わずには居られないリオネルだった。
まさか、ロゼッタは王族が保管している書庫に無断で侵入し暗号を覚えたとでも言うのだろうか?
いや、まだ似てるというだけで暗号そのものである訳ではない。
あくまで可能性があるということだけだ。
「ああ、そうです。メイドでしたか? 彼女の証言と状況から考えますに、この文の中にトイレが汚れていて危険だということをリオネル様に伝えよう、ということが書かれているらしいですな。可能性の段階ではありますが、この4文字がリオネル様を露わしているのではないか、と思うのです。いくつか同じ羅列で出てきますので」
「ふむ。イマイチ分からんな」
「ロゼッタ様は婚約者でございましょう? お願いすれば教えてくださるのではありませんか?」
「む、しかし、それで断られたら嫌じゃないか。僕はロゼッタに嫌われたくないし」
「ふぉっふぉ、リオネル様はロゼッタ様にゾッコンですな」
ぞ、ぞっこ……
リオネルは思わずうろたえる。
確かにロゼッタのことは婚約者である訳だし憎からず思っている。
だが、別にゾッコンという訳ではない。あくまで親同士が決めた婚約者でしかないのだ。
それに振り回されてばかりの現状ではロゼッタについていけなくなりつつあるのだ。ゾッコンな訳が無い。
でも、そうだな。もう少しくらい、会う頻度を上げてもいいかもしれないな。
少し様子が変わり、他人の事をバカにしなくなったロゼッタは今までより少し好感が持てる存在だった。
「さぁさ暗号解読に書庫へ向かいましょうぞ」
「現金な奴だ」
肩を竦め、リオネルは図書室向けて歩きだすのだった。




