312話・フェイル、レイド戦開始。いや、勝てんだろ?
SIDE:フェイル
「さて。大規模行動の時間だ」
中規模戦闘での四軍入り乱れた闘いを終えた私達は、再び中央に整列してお嬢の声を聞く。
最近、皆がお嬢お嬢言うので総司令官と言っていた自分もいつの間にかお嬢呼びしていた。
気付いた時はさすがに総司令官に失礼かと思ったのだが、キーリ殿に尋ねたら気にせんでええよー。と気軽に伝えて来たのでそのまま全兵士がお嬢呼びにシフトしていった。
「そろそろここも次にシフトするとしよう。そこで、だ。レイド戦を行って行こうじゃないか」
レイド戦?
「簡単に言うならば、お前達がやりたくて仕方がなかった巨大な敵に軍で対抗するという奴だ。今回は私が相手となろう」
え? それ無理な闘いでは? 負け確定ではないですか。
「さすがに私も全力で戦えば勝つのは分かっている。ゆえに段階を用意した。初級として武将モードで闘う。ちなみに、一撃でも当てられるならば一つ上のモードに変わる。武将、名将、猛将、豪将、闘将、神将、凶将を用意してみたわ」
よくは分からないが、武将が一番弱いのだろうことは理解した。
全員互いに視線を向け合い、やってみるか? と頷き合う。
「その意気や良し、早速闘いといこうか」
リーダーはガレフに決めた。
10分の軍議を設けられ、私達は初のレイド戦、すなわち巨大な敵、魔物等を想定した軍団戦闘を行うこととなった。
ガレフの成長は目覚ましいものがあるので、部隊長全員がリーダーとして推している。
おそらく、ガレフはその内部隊長になるだろう。
その時部隊長の座から降ろされるのは誰か……おそらく私であろうな。だが、問題はない。ガレフは部隊長として充分過ぎる資質を持っている。ムードメイカーなのもいい。彼が部隊長ならどんな時も常に明るい部隊となるだろう。
そう、どんなに辛く苦しい時だってあいつが居れば何とかなる。そう思える部隊長になるだろう。
だったら大して強くも指揮が上手くもない自分が部隊長でいるよりはいい。
私は一兵士から、やり直すとしよう。
お嬢を囲うように展開した包囲陣形。
盾役の重装歩兵が全身盾を構えて包囲を縮める。
槍部隊が盾の隙間から槍を突き出し、魔法部隊が詠唱。弓部隊が矢を射掛ける。
お嬢は、と言えば、今更だがドレスじゃなくなってる!?
何時から鎧着てたんです!? しかもその鎧、初めて見るような不思議な形ですが?
全身赤い鎧を着ている。否、それは鎧なのだろうか? 初めて見る形状の兜は額から突き出た黄金の角。肩を覆うのは何枚かのプレートを繋ぎ合わせた鱗のような防具。手甲に具足。
それは絵物語で見掛けた武者と呼ばれる存在によく似た防具だった。
あれは確か、何年も、何百年も前に出現したという英雄の物語、そこで描かれた日本刀・兼定を振るった武将を名乗る……武将?
そう、か。武将モードか。まさに、まさに武将ではないかっ。
並居る敵を斬り捨てて、竜すら屠る切っ先鋭き斬撃乱舞。
恐れを知らぬ猪武者は、あらゆる戦場で猛威を振るい、嵐のように去っていったとされている。
「相手にとって不足無し」
思わず、剣を握りしめた。
ああ、まるで物語の続きを見ているようだ。
あの憧れの英雄と闘えるというのか。お嬢も粋なことを考える。
「いくぜ野郎共! 突撃ーっ!!」
無数の矢が降り注ぐ。
その戦場を一人の少女が駆け抜ける。
当たるかと思われた矢は全て甲冑に弾かれ、振るわれた剣で盾部隊が押し返される。
かと思いきや、盾を足場に飛んだお嬢が別の盾に斬りかかる。
突き出された槍は穂先ごと斬り裂かれ、盾を足場に飛び上がったお嬢が兵士達の中へと落下する。
「おいおい、嘘だろ!? 包囲が突破された!?」
「驚いてる場合かガレフ! 指示だ!」
「っと、盾部隊抜剣! 盾は捨てちまえ! 包囲破られたら持ってても意味がねェ。三人一組! 味方の損害は考えんな! 敵を一人と思うな! 全力で味方のために死力を尽くせ!!」
なかなか良い動きをする。
お嬢の動きもそこまで超人じみていない。確かに強いが今の我々で対処出来る程度の実力だ。
いや、違うな。これが武将級の実力という訳だ。
私たちよりは少し強い。だから囲めばぎりぎり倒せる。でも被害は必ず出てしまう。
今の我々では被害無しは無理だが、決して倒せない強さではない。
現に、現に、私の一撃がお嬢の頬を掠めた。
「おっと、一撃喰らってしまったか。今日のMVPはフェイルだな」
「そこまでやーっ」
私の一撃が届くと同時に戦闘終了。
皆、少し消化不良のようだ。なんか、すまん。
「お嬢、俺らにちょうどいい実力ってなぁどのくらいになりそうだ?」
「そうねぇ、猛将辺りまでなら届くんじゃないかしら?」
それでも三段階目が限界なのか。
「んじゃ、折角だ。最高難易度ってのを一度体験させてくれや」
あ、簡単に勝利できたから調子乗りだしたなガレフ。
「いいの? まぁそれなら凶将モードするけど、とりあえず気絶しないように気力をしっかり持つんだよ?」
は?
「キーリ、合図お願い。全員戦闘配置。切り裂いてしまった武器は予備のと変えておきなさい」
戸惑いながらも戦闘配置に付く。
「んじゃー、開始やでー」
気の無いキーリ嬢の開始の合図、その刹那。
全身を悪寒が駆け抜けた。
空気が変わる。重く息苦しい悪夢のような重圧。
目の前に絶望が居た。
それがお嬢であると認識してもなお、誰もがその場に膝を突いて恐怖に震える。
なんだ、アレは? 直視することすら自身が怯えている?
武器など構えることすらできない。
視線が合った瞬間、近くの兵士が気絶した。ゆえに見ないように頭を垂れるしかできない。
相対した時点で自分は死ぬのだと確信するような絶望感に支配される。
これが、凶将……? 今の自分たちでは相対することすらできない……?
「た、タンマっ! タンマや主様ッ! それ無理、私も無理っ、なんって殺気迸らせとんの!? やりすぎやーっ!!」
お嬢の殺気に充てられ尻餅搗いていたキーリ嬢が思わず叫ぶ。
すると、さっきまであった絶望が霧散した。いや、アレは無理だろ。
アレに対峙できるのは、多分私達が人間を辞めた時だけだろう。
そうか、お嬢、とっくに人間、辞めてたのか……