292話・パンダフ、皆今までと眼が違う
SIDE:パンダフ
朝、ギンギンで眠れなかった目がぱちりと開く。
ようやく朝日が昇った。
さすがに夜中から動き出すのは怒られそうだ、となんとか体を休めたのだが、精神がやる気になっているせいで寝るに寝られなかった。
祭りの前日になった子供のようにワクワクして眠れなかったのだ。
ベッドから跳ねるように飛び起き、手早く顔を洗って歯を乱暴に磨く。
血だらけになった気がするがどうでもいい。気が急いて急いて仕方がないのだ。
さっさと着替えを済ませ、食堂に向かうために部屋を出る。
隣の奴と眼があった。
兵舎なので兵士は皆ここに寝泊まりしているのだ。
相手も同じ思いだったようで、目を見開いて互いに驚く。
お前いつも寝過ごし気味だろ、なんでこんな朝早く起きてんだ!?
多分相手もそう思っているだろうなと思いながら競うように食堂へ。
って、多い!? まだ食堂が開いたばかりだというのに、兵士達でごった返していた。
こいつら全員訓練組なんだぜ。
はは、全員同じように寝られなかったのかよ!?
寝不足なので目の下に隈を作りながらもギラギラした眼の兵士共が時間が惜しいと食事を猛スピードで平らげている。
食堂のおばちゃんが物凄く驚いている。今まではまばらもまばら、こんな朝早くに兵士が来ることはなかっただろう。
御蔭で折角作っていた最初のパンは全てなくなり、慌てて仕込みに入るおばちゃんたち。
俺たちはなんとかパンにありつけたが、少し出遅れた奴らはパンがなかった。
もう少ししたらパンが出来あがるので待つ事になっちまったようだ。
可哀想に。
鬼の形相で硬いパンを水にブチ込み殆どふやけてないパンを噛み砕いて行く。
時間はあり余っているのに早く訓練所に行きたくて仕方がねぇ。
けど、朝食取らずに向ったら確実に途中で倒れるのは訓練前から理解できている。
今日からは今までと違うのだ。
今日からの訓練は確実にキツい、それが分かっているのに早く訓練したくて堪らない。
なんでこんな思いになってんだろうな?
自分で自分に疑問を持ちつつも、答えは既に出ているのだと、他の兵士たちと競いながら訓練場へと走る。
すると……彼女は、いた。
訓練場の中央で、大剣を地面に突き刺し、柄に両手を合わせ、眼を瞑ったまま仁王立ち。
既に訓練所に来た兵士たちは未だ始まらない訓練を今か今かと待っているようだ。
俺達もその近くに辿りつき待機組になる。
パン待ちだった後続がようやくやって来たのはそれから何分後だっただろう?
待ってるだけの俺たちは数時間待たされた気分だったのだが、聞けば俺達の誰よりも先に総司令官はここに立ち続けているという。
さすがに彼女が苦言を言わないのに俺達が遅かった兵士に苦言を言う訳には行かない。
むしろ、まだ本来なら訓練開始には程遠いほど早い時間である。
こんな時間になんで全員揃っちまってんだろうな?
「各部隊に整列ッ!」
最後の一人が近くまでやって来た瞬間だった。
カッと目を開いた総司令官が厳かに告げる。
各部隊、っつったら四部隊合同訓練だから四チームに分かれりゃいいのか。
部隊は本来十二部隊あるのだが、三部隊ごとにローテーションを組んでいるのがライオネル王国である。基本半年毎に役割を交替している。
簡単に説明すりゃ、A部隊からL部隊まであり、Aが平民街の衛兵、Bが訓練、Cが西砦防衛を行っており、半年毎に入れ替わる。だから11月頃になればAが訓練組になり、Bが西砦防衛、Cが平民街の衛兵となる。
D、E、Fは貴族街衛兵、訓練組、東砦防衛。G、H、Iが訓練、北砦防衛、領内探索。J、K、Lが遠征治安部隊、南砦防衛、訓練に分かれている。
なので今回訓練組はB、E、G、Lのメンバーがここに集結しているのだ。
それぞれ、フェイル部隊、ヘロテス部隊、シュヴァイデン部隊、アマルガム部隊に分かれており、俺はヘロテス隊長の部下になるのでヘロテス部隊が並ぶ場所になる。
「これから、訓練前に声出し、そして隊列確認をする。隊列を確認した後、フェイル隊からトラックを10周。最初は武装は全て脱いでおけ、身体が出来てないお前らが武装したまま走れば体を壊すだけだ。返事は!」
「ハッ!!」
「違う! 返事はYES、SIR! だ」
「イエス、サーッ!!」
「気合は十分だな。ハートマン式訓練を行うべきかと思ったが、このやる気ならその必要はなさそうだ。まずは声だしをする。ただし、ただ声を出すだけでは意味がない。ゆえに思いを込めて声にしろ、復唱ッ!」
思いを込めて、声にしろ?
どういう……
「我らは祖国の剣である!」
「わ、我らは祖国の剣であるっ」
ああ、そういうことかっ。
皆気持ちを込めるということがどういうことか理解したようだ。
俺もわかった。つまり、これは声を出すだけの作業じゃない。
自分の意思の確認だ。自分が何のために兵であるのか、何のために訓練するのか、それを毎日自己で確認するために声にする作業だ。
「我らは祖国の盾である!」
「我らは祖国の盾である!!」
「我らが守るは国の民、平和な日々、愛しき家族!」
「「「我らが守るは国の民! 平和な日々! 愛しき家族ッ!!」」」
「我らが背には国がある、国の中には民がいる。民の中には家族がいる」
「「「「「我らが背には国がある、国の中には民がいる。民の中には家族がいる」」」」」
「ならば! 守り切れっ、あらゆる難敵襲えども、我らを越えては行かせるな!」
「「「「「ならば! 守り切れっ! あらゆる難敵襲えども!! 我らを越えては行かせるな!!」」」」」
「我こそが、ライオネル王国を守護する兵である!!」
「「「「「我こそが! ライオネル王国を守護する兵である!!」」」」」
最後、自分の声が耳に届いた。そしてそれよりも巨大な音が、びりびりと空気を震わせていた。
まるで自分が強力な存在になったみたいだ。
もう、誰にも負けない、誰にも負けてはならない。そんな思いが湧き上がる。
知らず、叫んでいた。
うおおおおお、っと俺の声とも周囲の声とも判別不能な轟音が響く。
さすがに朝早い時間帯だったので、物凄い遠くまで声が届いたようで、城下町がにわかに騒がしくなった気がするが、多分気のせいだ。
ちなみに、訓練終了後、明日からはいつも通りの時間に集まる事に決まったが、早朝からの大音響による住民からの苦情のせいではない筈だ、たぶん。