286話・トラヴィス、なんかヤベェのがやってきた
SIDE:トラヴィス
その日、部隊長からなんか上からの指令で総司令官とかいうのが来るらしい。とか言われた。
正直今更過ぎて皆意味が分かってなかったけど、とりあえず訓練真面目にしてりゃいいだろ、と部隊長が告げたので、久々にちょっと力入れて訓練を行うことになった。
と言っても、今までサボり気味だった奴らは何をすればいいか分からないってことで、対戦を始め、暇人はその周囲で野次を飛ばし始める。
俺はさすがにだらだら走るっても鎧着たままマラソンなんざしたくもないので適当に素振りの訓練をしてたんだ。
そしたら、そいつらは不意にやって来た。
初めはあれ? こんな場所に御令嬢? と小首を傾げたのだが、魔族の少女と一緒に居る事、その魔族の少女が大剣を持っていることが、部隊長の言葉となぜか融合した。
あれが、何かしらの総司令官とやらの関係者?
そう思いながら見ていると、御令嬢が大剣を手にして思い切り地面に突き刺す。
その動きと音に思わず皆が注目していた。
何しろただでさえ目立つドレス衣装の少女なのだ。
兵士の訓練所には不釣り合いなことこの上ない姿。そんな少女が剣を突き立て声を張り上げ告げるのだ。
「全員、整列ッ! これより王命を告げる!!」
まさかの王命らしい。
皆、想定外の言葉にただただ呆然と見入る。
はっと一番最初に我に返ったのは別部隊の部隊長。
慌てて少女の元へ駆け寄り叫ぶ。
「全員、集合! 整列ッ!!」
何時も聞く隊長の声に弾かれるように皆走りだす。
駆けつけるのは一分も掛からなかった。
その間、少女は大剣の柄に両手を乗せて微動だにしない。
俺達が集まるのを待っているらしい。
随分と小さい御令嬢だ。おそらく成人したての9歳か10歳くらいだろう。
眼つきは鋭いが可愛らしいお嬢さんである。
その後ろに控える魔族の少女は、見るだけで恐ろしい。何か得体のしれない恐怖を呼び起こす少女である。
「失礼、お嬢さん、これで我が部隊は全員です」
「了解した。ではこれより王命を告げる。本日付けで全部隊の総指揮権を国王陛下より承った、ロゼッタ・ベルングシュタットだ。地位はそこに居る部隊長よりも上位。全部隊の統括を行う」
この少女が? 総司令官?
「お、おいおい、何の冗談だ?」
「静かにっ」
お調子者のガレフが思わず口に出す。
部隊長からの叱責が飛んだ。
「本日は就任に付いて告げるだけのつもりだったが、部隊長、先程の兵士達がやっていたのはなんだ?」
「え? なんだ、とは?」
「はは、総司令官様は訓練すら知らんらしいぞ」
おい、ガレフっ。
「はっ、あんな御遊びを訓練か。部隊長、もう一度聞く。兵士達がしていたのは、なんだ?」
「……訓練、です」
迷いながらも告げる部隊長。何か嫌な予感を感じたようで凄く不安げだ。
「児戯に等しい遊びを訓練と呼べるなら余程のお花畑ね。あれで国防が出来ると思っているならただの給料泥棒だわ」
はっと鼻で嗤った少女に、さすがにイラッと来た。
生意気なクソガキが、なんて思ったのは俺だけじゃないだろう。
「部隊長、明日からの訓練メニューはこちらで用意します。全力でこなしなさい」
「おい、さっきから聞いてりゃいきなりやって来て意味不明のこと言いやがって。嬢ちゃんはさっさと家に返ってママンのおっぱいでもしゃぶってなっ!」
「おいガレ……」
部隊長が調子に乗りだしたガレフを嗜めようとした。
幾ら生意気でも一応ベルングシュタット家のお嬢様らしい、さすがに暴言は……って、あれ? ベルングシュタット家? それって、こ、侯爵……家なんじゃ?
「あら、咆え猛る駄犬がいらっしゃるようだけど、実力もないのに吠えるだけでも兵士に成れるのね、この国は犬でも兵士に成れるのかしら」
ちょ、御令嬢、何煽ってんだ!? ガレフはお調子者だがそれなりの実力があるんだぞ!?
「あンだと? ガキだからって言っていい事と悪い事があンぞ!」
「あら、だったらわからせてくださいませ、負け犬さん? それとも、既に去勢されて刃向う術すらお忘れかしら?」
「テメェッ!!」
御令嬢は不敵に微笑み左手をガレフに向けると、くぃっくぃっと、来なさいな、と挑発する。
「駄犬は実力で分からせた方が早いでしょう。どちらがご主人様かをしっかり教えてさしあげますわ」
「おいおい、痛い目見てから親に言い付けたりすんなよお嬢ちゃん」
「そちらこそ、小娘に負けたのは俺がワザと負けてやったのさ、なんて白々しい言い訳はしないでくださいな、お犬さん♪」
「いいだろう、ちょっと捻ってやろうじゃねぇか」
お、おいガレフ?
相手は子供だぞ? なんで武器構えてんだよ? 鋳潰した剣だからって当たれば骨折くらいしちまうんだぞ!?
誰も、止めることなどできなかった。
何しろ総司令官である御令嬢が大剣を持ち上げ構えたのだ。女の子が持てるくらいだ、あれはただの見栄え重視の軽い武器だろう。そんなのでダメージが与えられるとも思えないのだが……
さすがに双方が武器を構えた以上止めるのは訓練の邪魔になる。
そう、ここでは武器を構えれば訓練の開始扱いになる訓練所。
お嬢ちゃん、悪いことはいわねェ、あやまっちま……ええぇ!?
ガレフが行くぞ、と走りだした瞬間、それを上回る速度で飛び出した御令嬢の蹴りがガレフの股間を直撃、ガレフが散った――――
剣、使わねぇのかよ……




