244話・シオン、格闘大会エキシビジョン決着(表)
「斬ったぁ――――ッ!! シオン選手、なんとなんとなんとぉ! フランスパンを大剣でぶった切ったァ!!」
正直、俺は驚いていた。
このロゼッタという少女。
初めこそ何かの間違いかと思ったが、確かに言われるだけはある。
まさか俺の攻撃がことごとくパンで受け止められるとは思わなかった。
強化魔法で耐久力を強化してあるようで、剣を受け止めてもびくともしない。
ただの腕力では敵わないと判断し、仕方なく温存していたスキルを切ることになった。
正直、斬撃強化スキルだけで大丈夫だと思っていた。
甘かった。
剣でパンを切り裂こうとしたが、金属音を立てて受け止められる。
これ、パンだよな?
腕力強化、攻撃鋭化、攻撃力倍加。様々なスキルを使うがパンに全て防がれる。
しかもロゼッタはスキルを使うでもなく攻撃の隙を突いてくるでもなく、ただただ踊りながらこちらの攻撃を受け止めるだけ。
その姿はどう見ても余裕そのもの。
こちらが全力を出しているというのに、そう涼しい顔で受けられると正直自信が無くなってきそうだ。
だが、自分はこの大会優勝者。本来ならば俺に敵う存在がいないくらいには強い存在を証明したばかりなのだ。それでも向こうが余裕ということは、俺が弱い訳じゃない。
こいつが、無駄に強いのだ。
一体、この幼さでどうやって俺より強くなったんだ?
クソ、まさか奥の手まで切る事になるのかよ!?
これで攻撃通らなきゃ詐欺だぞ!
スキル防御貫通、武器破壊!
正直大会で使うようなスキルじゃねぇが、悪く思うなよ!
果たして攻撃は……通った!
よし、パンは切り裂い……マズい、勢い付け過ぎて切っ先が当る!?
防御貫通スキルが乗った上に今までのスキルが全て付与された一撃がロゼッタに直撃する。
こんな幼い子相手に本気で、俺はなんてこと……を?
「おおっとこれはどうなっているのかぁ――――ッ!! フランスパンを切り裂いたシオン選手の一撃が勢いよくロゼッタ選手に当るその刹那、剣が止まってしまったァ!!? シオン選手はそのまま切り裂くつもりだったが、剣は突然止まったぞー!? これは一体何が起こってしまったんだーッ!?」
「あら、やるじゃない」
剣先が目の前にあるのに、驚きもしないのか!?
「御免なさいね。この程度の攻撃だと私の物理無効化結界は破壊できないんだよ」
物理、無効化結界?
なんだよそれ? そんなスキル聞いたこともねぇぞ!?
いや、それよりも、俺の全力に奥の手まで使った攻撃が、防がれた?
それはつまり……現状彼女にダメージを与える術が、ない?
「いやぁ、でも驚きましたわ。このパン結構耐久上げてたんですけどね。まぁ、仕方ありません。約束は約束です。本来の武器でお相手させていただきます」
待て、この状況で本気出す? いやいや、ここから先って、俺が敗北するだけなんじゃ……お、オーバーキルする気か!?
「さて、これを扱う以上、私からも攻撃させていただきますね。遊びは、終わりです」
虚空から取り出される鞘付きの武具。
それは剣に似ていたが、初めて見る不思議な形状をしていた。
いや、待て。見たことあるぞ。
そうだ、あの鍛冶屋に剣の整備を頼んだ際壁に飾られていた……確か、刀と言ったか?
使っている奴を見るのは初めてだ。
しかも相手はSランク冒険者。
そしてこの武器こそがメイン武装。
駄目だ、これは、今までと同じ闘い方じゃ直ぐに負ける。
同じ負けるでも善戦くらいはしないと、あまりにもあっけない負け方してしまうと大会優勝者というイメージが消え去っちまう。
俺は慌てて距離を取る。
正眼に剣を構え、使えるスキルを全部使った。
そうしなければすぐに死ぬ、否、敗北すると本能的に悟ったからだ。
刀を鞘ごと腰に結わえたロゼッタが再びカーテシーで挨拶して来る。
それは、ただの挨拶だった。
これから本気をだしますよ、という、いや、むしろ、これからこちらも攻撃しますよ、という意思表示か。まだ本気すら出していなさそうだ。
なのに、敵意を向けられた瞬間、重圧が一気にのしかかってきた。
ただ見つめられただけなのに全身に悪寒が駆け廻る。
気を抜けば一瞬で全身が切り裂かれそうな錯覚。
初めて、いや、昔々のそのまた昔、俺が新人だった頃に感じた格上が本気で俺を倒そうとする時に感じた勝てない重圧だ。どんなに全力を尽くしても相手に飲まれる。それぐらいに実力が離れている相手から向けられた敵意。それがこの重圧だ。
ああ、クソ、わかっちまった。この重圧だけで理解した。
こいつには今の俺じゃ敵わない。
たった9歳の少女に、俺は確実に敗北する。
だから、覚悟を決めろ。
負けるのは確定だ。
それでも、それでも、だ。せめて最初の一太刀だけでも、耐えきれ、俺の身体ッ!!
「では、抜刀……参ります!」
すらり、引き抜かれた刀がぬらりと煌めく。
不思議と見た者を魅了するような刃先。
剣とは違い片刃のそれは、あまりにも細く鋭い切っ先。
剣に似ている。だが、剣でない。
あまりにも、かけ離れて――――
あ。あれ……? なんで俺、視界が黒く……――――