230話・ライゼリュート、冒険者たちが変な武器持ち始めたんだけど……
その日、俺は用事があったので外出したのだが、戻ってきたら冒険者達が変な武器を持ちながら冒険に向かって行くのに遭遇した。
なぜか皆パンを片手に素振りしたりパン同士で模擬戦したりしている。
普通ならパンが折れるのは自明の理。
なのにそのパンたちは折れることなく、普通に武器として使われていた。
ギルドに戻ってもパンを装備した冒険者を見かける。
どうやら今日取り扱いが始まったようだ。
おそらくだがまたプライダル商会がなにかやらかしたのだろう。
しかし、長いパンだな。
一人で食べるのはキツそう……って、なんかギルド前で冒険者同士のいさかいが……
冒険者たちは血の気が多い奴がけっこういるからこういうことは日常茶飯事なんだが……今日はなんだか殺伐とした雰囲気がないというか、なんで激怒しながらパンを構えて突撃するんだ君は!?
相手もパンを剣みたいにして受け止める。
パンとパンがかち合い変な音を響かせ拮抗する。
いやいやいや、真剣じゃないんだから、なんで硬質音するんだよ!?
まぁ、パン同士だし、真剣で闘うよりはマシか。
そんな事を思いながらギルドの門を開く。
焼き立てパンのいい匂いが充満していた。
いや、春のパン感謝祭と言っても限度があるんじゃないか?
「ああ、丁度良い、ペレーラ、これどうなってる?」
「あ、お帰りなさいギルド長。えーっと、まぁ予想通りだと思いますけど、皆さんが持ってるのはプライダル商店で買って来たフランスパンらしいです」
「フランスパン? 初めて聞くパンだな。なんで皆一つずつ持ってるんだ?」
「普通の武器を買うより安いから、らしいですよ。丈夫だし、最悪非常食になりますし。叩いて良し、突いてよし、食べて良しの武器らしいです」
「……は? 武器じゃないだろ。パンだぞ? 直ぐ折れるんじゃ?」
「なんでも攻撃力と耐久値を魔法で底上げしてるらしいですよ。食材として使う場合だけは普通に切れるらしいです」
「え? 何ソレ? 意味不明なんだけど?」
「私に聞かれても困ります。苦情はロゼッタ嬢にどうぞ」
絶対嫌だ。お嬢に苦情伝えに行ったら舌先三寸丸め込まれるか精神異常で退化して帰って来るに決まっている。
俺は嫌だぞ。もうお嬢には極力関わらん。買い取りだけでも意味不明な素材大量に売って来るのに、これ以上心労増やせるか! この年でまだ禿げたくないんだよ俺は!!
「ああ、それとこれ、お嬢からお世話になってるということで差しいれです」
「お、白パンか、これはなかなか気が利くじゃないか。貴族の食事だから滅多に食べられないんだよ。ギルド会議が長引く時など出て来るくらいだぞ」
「それ、白パンじゃなくて練金パンだそうですよ」
またなんか嫌な予感がするぞ?
虚空を見上げ、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
よし、覚悟は出来た。
「違いはなんだ?」
「素材が麦芽病を発症した麦と人にとって猛毒の酵母を使ってるそうです」
「殺す気かな!?」
「錬金術を使用することで無毒化に成功したパンだそうですよ。ちゃんと食べられるとお嬢自身が私の目の前で食べていました」
「……素材、知りたくなかったなぁ……」
ただの白パンだと思えば普通に食べられたのに、なんでそこで一工夫しちゃうんだよお嬢?
「何でも普通に白パンを売ると貴族との間で問題が起こるらしくて、わざわざ練金パンとして商業ギルドの方に登録して来たそうです。黒パン、白パンに練金パン。売れますかね?」
「ああ、うん、どうでもいい。が、多分売れるんだろうな。市民にとってはふわふわ食感の練金パンは魅力的だ。素材にさえ目を瞑ればそれなりに需要はありそうだ」
「あっちは、どうでしょう?」
「フランスパンか……」
ペレーラの視線を追うまでも無く、件のパンが理解出来た。
「あれ、カテゴリーは食材じゃなく武器らしいですよ。皆さんに聞きましたが、剣の隣に立てかけられてたそうです」
「お嬢はどこを目指してるんだ?」
「話題性はありそうですけどね」
しかし、馬鹿にできないんだよなぁ、あのフランスパン。
普通の剣よりも安く手に入る武器、魔法により耐久値が上がっているのでパンではあるが武器として十分戦闘に耐えうる。
さらに困った時は食料にできる。ここが一番魅力的だろう。
何しろ食材であるのに武器なのだ。それなりに闘えるのなら剣よりこちらを買うに決まっている。まぁ、予備に剣持っとけば食べた後も普通に闘えるしな。
一応、二つとも本日限定商品という売りなのだが、おそらく近いうちに通常商品として売り出されるだろう。あるいは期間限定品で定期的に売り出すか、だな。そうでなければ皆が嘆願書だして売ってくれとか商業ギルドに押しかけそうである。
ま、ウチに迷惑が掛からないなら問題ないか。
「折角だし俺も一つ買って来るかな」
一応護身剣としても使えそうだし日持ちするなら買っといて損はなさそうだ。