22話・ライリー、運命の日
その日、ライリーは冒険者ギルドでとある依頼を受けていた。
かなり簡単な依頼だ。
常時依頼のゴブリン討伐。
それでも駆けだし冒険者にとっては大変な依頼である。
初めて闘う時は皆、躊躇してしまう。
何しろゴブリンは緑色の肌を持つ、小柄な人型生物だから、である。
魔物という魔力を操る生物の一種で、あらゆる女性体を巣穴に攫っては子を産ませる醜悪な容姿の生物だ。女性体も生まれはするが、基本他種族の女性を拉致する傾向にある。
その為、人間からはとてつもなく嫌われているのだが、ゴブリン達は繁殖能力が強いため、どれ程巣穴を潰しても、いつの間にか町周辺の森に出現している。
数は多いが頭は悪いのでそこまで危険は無い。上位種がいなければ、である。
といっても、油断した女性冒険者が襲われて巣穴に連れ込まれることもあり、巣穴は見付け次第、上級冒険者により皆殺しにされることになっている。
そうでなければ、いずれ増え過ぎた集団が町に押し寄せる魔物集団移動が発生してしまうからだ。
その頃になれば突然変異種が生まれており、知能の高い者はゴブリンマジシャン、腕力の高い者はゴブリンソルジャーと上位種が含まれる大集団になっている事が多く、下手をすれば国一つ滅ぶ、ゴブリンキングに支配された大集団へと変貌を遂げている可能性だってあるのだ。
なので、定期的に駆除する必要があった。
駆けだし冒険者は、国周辺の草原地帯に迷い込んできた個体を各個撃破する役割が当てられている。
といっても等級ランクとしてはEランク以上の冒険者が対象。
最低ランクのFランクは基本、採取依頼ばかりだ。
Eランクにようやく上がったライリー達にとって、魔物との戦闘自体が初で、一応ギルドの研修を受けはしたものの、実際の闘い自体は今回が初めてなのである。
普通の冒険者にとっては雑魚と呼べるゴブリン一体。しかし、彼ら駆けだしにとってはあまりにも凶悪な敵だった。
人間の子供くらいの背丈。醜悪な顔に鷲鼻。緑に光沢する身体。洗っていないために体臭のキツさがライリー達の鼻を穿ち目から涙が零れるのだ。
御蔭で視界不良のまま接近戦を行うことを余儀なくされていた。
ライリーのパーティーは接近戦にライリーとグレンデル。
後衛にリリンとナパツィタの四人構成だ。
ライリーは軽装と剣でアタッカー。グレンデルは重鎧と盾、フレイルを装備したタンク役。
リリンはローブをまとった回復術師。教会からレンタルで本日来て貰ったシスターである。
教会はシスターや司祭の数が毎年新人を受け入れ飽和状態なので、こうして生活費稼ぎに冒険者にレンタルしているのだ。
ナパツィタは肌の黒い美人だ。
ライリーとしては容姿が好みだったのでパーティーに誘ったのだが、二つ返事で来てくれたこのパーティーの最有力魔術師である。
おそらく他の三人が束になっても彼女には敵わないだろう。
レンタルのリリンも可愛らしい容姿をしているが、グレンデルもライリーも少し妖艶で謎めいたナパツィタに興味津々であった。
そんな面子で挑んだ初戦闘。
ゴブリンの腕力から繰り出された一撃を受けたグレンデルが吹っ飛ばされ、戦線は一気に崩壊した。
リリンへ向けて走り出すゴブリン。
詠唱が間に合わず焦るナパツィタ。
足が震えるライリーは必死に動けと身体に念じる。
「ひぃっ!?」
ようやく足が動き出した時には、尻餅搗いたリリンの前に立ちはだかるゴブリンが棍棒を振り上げた所だった。
今からでは間に合わない。
必死に走るライリー。だが、伸ばした手は無情にも届かない。
詠唱しながら青い顔でゴブリンを見つめるナパツィタ。彼女の魔法もまだ完成しない。
きっと二人はゴブリンを倒すだろう。
でも、その時リリンは棍棒の一撃を頭蓋に受けた後だ。
運が良ければ生き残る。
でも、致命的な腕力で振るわれた一撃だ。
確実に後遺症が残る。
「やめろぉ――――ッ!!」
必死に叫んだ。
どうにもならないと思いながら。
神に祈った。
しかし、世界は無情だ。
助けなど誰も来ない。だから……
ゴブリンの棍棒が振り下ろされる――――
ゴゥッ!
刹那、ライリーもナパツィタも何が起こったか分からず呆然としてしまった。
ライリーは立ち止まり、ナパツィタは詠唱を止め、リリンは炎に包まれたゴブリンを唖然と見つめる。
それは本当に、タイミングを計ったかのような一撃だった。
遥か彼方上空より突如飛来した一発の炎の塊。
それがゴブリンを狙い澄ましたように落下し、ゴブリンが炎上したのである。
悲鳴が轟き、炎に塗れたゴブリンが踊り狂いながら炎を消そうともがき苦しむ。
「な、何が……」
ゴブリンが焼け死に、光となって消え去った。
魔物は死ぬと光になって消失し、ドロップアイテムを残すのだ。
しばし、彼らは呆然とドロップアイテムを見つめる。
そこにはゴブリンが居たという痕跡を残すように、草原の一部が人型にくっきり焦げ、その中心にドロップアイテムの棍棒と臭い腰布、骨一つにぶつ切りの分厚い肉の塊。その名もゴブリン肉の三つが残されていたのであった。