221話・キリハ、至福の時間
不意に、眠っている事に気付いて眼が醒めた。
ゆっくりと眼を開くと、うっすらとぼやけた視界に、見覚えのある誰かが見えた。
「キリハ様ッ!」
ああ、この声、クイッキルだ。
大丈夫だよ。気絶する前に見たの、影のおじさんが大丈夫かって、だから私安心して、気を失って。だから、何もされてないよ?
「そういう事じゃなくて、ああ、御免なさい王女様、私が不甲斐ないばかりに、拉致されるような状況になってしまって」
ぼやけた視界はゆっくりとだけど焦点があって行く。単眼だからイマイチ遠近感が掴めないけれど、涙と鼻水に塗れたクイッキルが凄い涙声で喋ってた。
あの、クイッキル。私が姫だってこと、秘密だよね? 他の誰か聞いて……あ、あああ。影のおじさん普通に居てたっ!?
眼があった瞬間、困ったような顔で虚空を見上げるおじさん。
知りたくねぇこと知っちまった。って顔してる。
あの、秘密で、秘密でお願いしますッ!
今バレるといろいろややこしくなるんですっ!
魔族が攻めて来ちゃうかもですし、ね、だから秘密にお願いしますッ。
視線が伝わったのだろうか? おじさんは掌でしっしと振って、お前の危惧してることにゃならねぇから安心しろ、みたいなジェスチャーをしてくれた。
多分、伝わったよね? 大丈夫だよね?
「クイッキル、いいよ、私が不注意だったのが悪かったんだし。あの時はアレで良かったと思うの。私が一緒に拉致されなかったら、あの子一人だけで怖い思いしてただろうし」
まぁ、もとはと言えばお嬢が外見てきて。とルインクさんに私達だけで行くよう伝えたのが始まりだ。つまり、責任はお嬢様である。
「あー、嬢ちゃん、向こうの部屋でお嬢様たちが待ってるんで、無事な姿見せてやってくれないか?」
「あ、そうでした」
私は納得して直ぐに立ち上がる。
うん、大丈夫だ。ふらつきもしてないし、問題なしっと。
クイッキルが泣きながら後から付いてくる。
ソレを横目に気にしながら、目的地へと辿りつく。
ダイニングルームに皆が集まっていた。
私が無事な姿を見せると、口々にお帰りなさいって言ってくれた。
大丈夫だったか心配されて、なんだか、自分はこんなに沢山の人に心配されてたんだって思えて、思わず涙が滲んだ。
「ああ、起きたのねキリハ。御無事でなにより」
「あ、ロゼッタさん」
「一応、報告しとくね。キリハとシラササを攫ったのは三人の男たち。なんでも奴隷を確保して他国に売り出すことを生業にしてた小さな闇組織だって。とりあえず近くにあった邪魔そうな組織いくつかと纏めて潰しといたから、もう大丈夫なんだよ」
え? 潰す……私が拉致された組織だけじゃなく周辺も?
ちょっと、やり過ぎじゃないかなこのお嬢様?
そんなお嬢様は台所のルインクさんの元に向うと、冷蔵庫から何かを取り出して来る。
お盆に乗せてるから人数分用意されている物なんだろう。
「はーい、皆ちゅうもーく。今回はいろいろ迷惑掛けたから、お詫びの印に新商品なんだよ。まだ売る予定は無いけど、皆にだけ特別に振舞うんだよ」
と、一人一人の前にことりと置かれたのは、ワイングラスの上半分をとっぱらったような、テーブル型のグラスに乗せられた、ぷるんっと震える何かだった。
「お嬢、作れっつったから作ったが、これ本当に大丈夫か? 生卵とか、腹壊したりしねぇ?」
「抜かりは無いんだよルインクさん。これが新作プリン。魅惑のぷるるん、ぷっちんなプリン様なんだよ!!」
「うわっ、あのプリンモドキ再現したの!? すごい、プルプルしてる。カラメルまでプルプルじゃん。すごっ」
クラムサージュさんはこれを知ってるらしい。
懐かしーと、一番早く竹スプーンで一部分を掬いとり、ぷるぷる震えるソレをパクリ。
頬に手を当て幸せ笑顔で「んーっ♪」と唸っていた。
美味しいんだ。
私も恐る恐るスプーンで掬う。
凄い震えてる。ぷるんぷるんだ。
これ……もしかしてだけど、普通のプリンを羊羹使うアレで固めた奴じゃないかな?
ぱくり。食べてみた。
瞬間、とろりと蕩ける甘い味。
気付けば、私もクラムサージュさんみたいに「んーっ♪」と唸っていた。
皆もとろりと蕩ける笑みで唸り、物凄い勢いで食べ始める男の子達と、ゆっくりと至福を味わう女の子たちに分かれる。
「ちょっと俺にゃ甘すぎだな。でも美味い」
「俺、甘党じゃねーんだがな。つか影全員分まで作ってんのかよ。さすがだなお嬢」
ああ、拉致されて凄く怖かったけど、なんだかそんな恐怖が吹っ飛ぶくらい、皆で食べるプリン、凄く美味しくて楽しい。
皆で美味しいねって笑い合いながら至福の時間を過ごす。
ああ、毎日こうだったら、すっごく素敵な日々なんだけどなぁ。
あ、プリンもうなくなっちゃった……




