200話・リオネル、それじゃ、行こうか
「邪魔するわよロゼッタ。今日も皆で遊びに来てやったわ!」
僕がロゼッタの部屋で休憩していると、突然扉が開かれ、金髪の女の子が無遠慮にやってきた。
これが僕の私室であれば、問答無用で斬首刑なんだけど、ロゼッタが面白い子でしょ? と許可を与えているのであえて僕も放置することにしていた。
そんな常識を忘れた快活な少女は、部屋に僕がいることに気付いて固まる。
そしてどんどん青くなっていく。
ああ、一応僕の身分と自分が何をしたかには思い至ったようだ。
多少なりとも学習してくれてるようで何より、できれば知り合いだからと侯爵令嬢であるロゼッタの部屋に入る時もノックくらいはすべきだと思う。あえて何も言わずに小指を立てながら紅茶を一口。
「もぅ、ケリー、速すぎだよ」
「ふぅ、速足になるのは勘弁してくれ、走るのは好きじゃないんだ」
「向こう見ずすぎるよケリーアさん。って、うわわ、リオネル王子様!?」
「やぁ、皆今日も元気だね」
おかしいな。満面の笑みを浮かべて歓迎したのに、皆血の気が引いてない?
「も、もももももも、申し訳ございません。ケリーアちゃんは学がないんです。馬鹿でアホで向こう見ずで恥知らずで夜会にも出せない人材なんです。今早急に淑女としての振る舞いを教えている最中でありますので、なにとぞ、なにとぞ御咎めなくお願いいたしますぅっ!!」
おお、フレデリカが珍しく早口で叫んでいる。
そのまま床に膝をついてははーっと、確かロゼッタが土下座とか言ってたねその恰好。
「はは、僕は父上のように陛下という訳にはならないし、兄上がいる以上王になることもないのでそんなにかしこまらなくてもいいよ。ケリーアがそういう性格なのは既に知っている。公共の場ではさすがに咎めない訳にはいかないが、こういう休める場所でなら問題は無いだろう。ただ、ロゼッタは今商業に夢中でこっちには食事時にしか帰って来ないんだけどね」
だから実はちょっと寂しい。でもロゼッタは楽しそうにしてるから、まぁ彼女のやりたいようにやらせてあげたいと思う。
やりたいことやってるロゼッタってすごく生き生きしてて可愛いし。
「ロゼッタさんが商業……ですか?」
「ユルゲン様、商業って、商人のマネゴト、ですか?」
「マネゴト、というか、そのもの、かな? 貴族がやれるのかは疑問だけど」
「まぁそこはロゼッタだからね」
「へー。ちょっと見てみたいかも」
「あ、それいいわね。ロゼッタの店冷やかしに行きましょデリー」
「止めておけお馬鹿娘。商業ってのはかなり大変なんだ。小さな綻びで一気に店を畳むこともある。お前にその責任が取れるのか? 冷やかし一つで閉店したら怒り狂うぞ?」
「うぐ……っ」
いや、でも、ロゼッタの働き、そろそろ見に行っても良い頃合いなんじゃないだろうか?
「そうだな。娘の仕事、そろそろ覗いて見るかねリオネル君」
うわぁっ!? な、なんでレニファティウスがここに、あんたここの長だろ!? なんで娘の部屋にやって来てんだよ。何時からそこにいた!?
「セバス、馬車を一つ用意しろ。護衛は影共に任せる。偵察に行くぞ。娘には迷惑掛けんようにな」
しかも冷やかす気満々だ。
いや、冷やかしというよりは父親として頬ずりとかするつもりかな?
それはそれでロゼッタが嫌がる気がするよ?
「こ、この面子で行って大丈夫なのかな……」
「それに、商業してるのは貴族街なんですか? そうだとするとリオネル様がいらっしゃるのは危険では?」
「ああ、それは多分大丈夫だろ。向うのは平民街だし」
「え? 余計危なくない!?」
「ケリーアさん、顔、顔」
ケリーアが驚き過ぎて眉間に皺が寄ってる。
見ようによっては僕を睨んでるように見えるからギリードが慌てて訂正するように告げたようだ。
残念ながら本人には伝わらなかったようだけど。
ほんと、ケリーアは何時になったら夜会に出られるようになるんだろうね?
いや、むしろ下手に出たところで彼女はおそらく他の令嬢から洗礼を受けるだろう。
彼女のことだ、我慢など出来る訳も無く、怒り狂って殴りかかる未来が見える気がする。
駄目だな、騎士爵家らしいし、一生夜会には出さない方が良さそうだ。
ケリーアだけで出席するなんてことは無いだろうから、フレデリカの方に堅く告げておこう。あれは絶対に夜会に出したら処罰される奴だ、と。
下手したら侯爵家辺りに喧嘩売って御取りつぶしになるかもしれん。
夜会に出さないことが彼女を守ることに繋がるだろう。
本人からすれば迷惑かもしれないけど、結末が分かり切っているので禁止するしかない。
「馬車の用意ができた。皆付いて来たまえ」
え? ちょっと義父さん? 侯爵家の馬車で行ったら目立つだけじゃすまないのでは?