198話・ロゼッタ、私の足なが……腹デカおじ様
「ようこそいらっしゃいました、おじ様」
先日見付けた憧れのおじ様がやってきた。
酒が抜けたせいだろう。随分と縮こまったというか、分不相応な所に来てしまって戸惑っている顔をしている。
そりゃまぁ、そうだろう。酒呑んでる所に冒険者がやって来て貴方、仕事興味ありますか? 歌うだけの仕事です。とか言われたら、そりゃ喜んで来るだろう。
まさか行列が出来てる商店だなんて毛ほども思わなかったに違いない。
「ああ、その、よかったよ。間違いじゃなくて。改めて、僕はストイコビッチ。皆からはストイさんと呼ばれてるよ。しかし、ほんとに、ここで働くことになるのかい? 僕は、自慢じゃないが、何処に勤めてもすぐクビにされるようなのんびり屋だ。あの時だって働いていた場所をクビにされて、辛い思いを吐きだすために酒を飲んでたんだ」
「まぁ。おじ様はのんびり屋なのね。仕事は殆どが急を要するもの、ゆったり働きたい身ではさぞ肩身が辛かったでしょう?」
「はは。全く反論出来ないよ。しかし、本気なのかい? 歌うだけの仕事だなんて、吟遊詩人でもあるまいに、僕なんかの歌で客が寄って来るとは思わないんだけど」
言われ、私は改めて彼を見る。
初老に差しかかる脂の乗った中年男性。
髪が白色なのでちょっと実年齢より年老いて見えるんだよね。でも油ぎってるからなんというか、若々しくも見える。
というか、改めて見るとお腹がおっきいね。メタボここに極まれりってお腹である。
ただ、性格はかなり陽気だそうで、気分が乗れば鼻歌を歌いながらガーデニングしてたりするそうだ。
仕事がゆったりなせいで普通の仕事はすぐクビになるのだが、もともと農場経営を行っているそうなのでそこまでお金に困ってはいないらしい。
暇過ぎるとボケるかもしれないからってことで適度に仕事をしているだけだそうだ。
なんっていうか、ロシア辺りでウォッカ飲んでるおっちゃんって感じだね。
さて、こんなおっちゃんを何故恋する乙女のように我が店に雇い入れようと思ったか、なんだけど、実はおっちゃんには歌姫ならぬ歌の王様になって貰おうと思っている。
この世界をざっと見た感じ、まぁ、ライオネル王国だけなんだけども。
まぁ、要するに、現代音楽で堂々不動の一位なアレをこっちの世界で再現しちゃったらどうなるのかなって試してみたいんだよ。
ついでに現物を売るために鋳型も作成している。
多分歌を覚えた頃に向こうも出来るだろう。
子供たちでも作れる筈なので素材と作り方だけはルインクさんに教えて先に作っておいて貰おう。鋳型は形作るだけのモノだし、あとは種類かな。普通のとモチモチ食感。どっちが売れるか今から楽しみだ。
アンコ作るのに砂糖いるから高くなるけど、まぁ1000ストナで4尾くらいなら売れるでしょ。いや、1200ストナなら6尾詰めれるか、儲けはほぼないけど。薄利多売って程の多さも無いから儲けはほぼなしだ。うん1000ストナ4尾にしとこう。
「しかし、酒を飲んでたからもしかして冗談か夢だったかと思ってたんだが、お嬢ちゃん、本当に僕なんかを歌い手にするのかい? 後悔しないかい?」
「むしろイメージ的におじ様が一番適任ですわよ。あとは歌唱力、それと台詞を覚えること。でもこれは繰り返し歌っていれば上手くなっていくものですわ。鼻歌を聞く限り音程もしっかりしてますもの、壊滅的な歌ではないと分かっているので問題はありません。上手く歌おうとする必要はありませんから、ただただ楽しく歌ってくださいな」
「まぁ、そういうことなら。しかし、この契約書、給金間違ってないかい? さすがに歌うだけでここまで貰うのは気が引けるんだがね?」
「あら、狙い通りに行けばこの金額はむしろ安いくらいになりますわよ。先行投資と思ってくださいませ」
「う、うむ。それで、これが歌詞、という奴かい? 少し見た感じ、荒唐無稽な物語といった感じだね?」
「ええ。でも、楽しく歌ったら子供に人気でそうではありませんか? 曲調がありますから歌い方は覚えて貰いますけど、それ以外は自由にしてくださいな」
「ふーむ。確かに、こりゃなんかワクワクしてきたな。僕でも出来る仕事、か。わかった。何処まで期待に答えられるか分からないけど、君に乗ろう。歌の練習はここに来ればいいんだね?」
「ええ。浴場施設で練習していただきますわ。音は先に取っておきますから何度でも再生出来ますわよ」
「ん? 再生? まぁよくわからんが、やってみよう。嬢ちゃんみたいな可愛らしい子に頼まれた仕事だ、僕も全力で応えるつもりだよ」
こうして、私はこのおじ様、ストイコビッチことストイさんを歌手として雇い入れることに成功した。
「ところでお嬢ちゃん。この歌。なんていう歌なんだい?」
歌詞を必死に頭に入れながら、おじさんは私に尋ねる。
まぁ、別に教えても問題はないか。
実際歌って貰うなら名前くらい知っておいても良いだろうし。
「題名は、およげたいやきくん、ですわ」