後日談:キーモン、雪の中の茶摘み
SIDE:キーモン
我が国コウチャノサイテンでは、基本茶摘みの時期は三月下旬くらいを一番茶用の茶摘み時期と定めている。
その後は五月下旬頃、七月下旬ごろに二番茶、三番茶の茶摘みを行う。
さらに十月に入る前後に四番茶の茶摘みを行い、そして最後に、十二月から新年にかけて、特殊な茶の茶摘みを行う。
これを新年茶と呼んでいるのだが、基本これを飲むのは二月始まりから三月にかけて。
一月は一切のお茶を断ち、紅茶かコーヒーの他国からの輸入品で済ませるのだ。
理由はコウチャノサイテン国の歴史をさかのぼることで教えられる。
どうも冬に飲めるお茶がなくなったことがあり、冬に茶が出来るよう、品種改良を必死に行ったらしい。
そうしてできた雪月茶は、なぜか茶摘みから一か月はとても飲めたものではない苦みを持つのだ。
その苦みが消えるのが、二月頃なのである。
これはどう頑張っても品種改良で変化することがなく、先人たちは諦めてこの一か月だけを外国からの輸入品で賄った。
今では苦みを抑えた雪陽茶が主流となり、一月でも多少の苦みを含んだ健康に良いお茶として飲むことは可能ではあるが、長年続いた伝統にのっとり、一月は輸入品を飲む、という習慣がコウチャノサイテン国全体に広がっているのが現状である。
国民としても自国のお茶ばかりでは飽きるという声も多々あり、他国で作られる飲み物を輸入することにしていた。
まぁ、そのあたりはどうでもいいや。
本日は先ほど話題に上った雪月茶と雪陽茶である。
雪が降る中での茶摘み。
これが国民の間ではすこぶる悪い。
できるならこの時期の茶摘みは無しにしてほしい。という声が多々ある。
しかし、それは若い人たちに限ったことで、老人になる程この冬の茶摘みがいかに大切かを知っている。
どちらもあるんだ。無くしてほしいという声と、絶対に無くしてはならないという声と。
父の代では決着付かず、結局次代に持ち越された。
まだ僕は幼過ぎるからこの決着は付けてはならないと言われてるけど、いつかは向き合わないといけない。
本日、僕とウパは父上に連れられて馬車の中から茶摘み風景を見学していた。
おそらく、ドアを開けば凄く冷たい風が襲い掛かり、風邪を引くくらいの低温を味わうことだろう。
そんな雪の中で茶摘みを行う平民たち。
茶摘みの歌を歌いながら、あかぎれの手を震わせることなく次々に茶葉を摘み取っている。
背中に背負った大きな籠がいっぱいになるまで、一枚一枚手で摘み取っていく姿は、見ているだけで寒い。
すでにライオネル時間で三十分は経っている。それでも茶葉は籠の四分の一にすら届いていない。
アレがいっぱいになるまで、彼らはずっと茶摘みを行うのだ。
それは、あまりにも苦行だろう。
一番茶から四番茶の時期ならばいざ知らず。この時期の茶摘みは命に係わる。
小さな子供も手をはぁはぁと温めながら茶摘みを行っている。
こんな状況を見せられると、やっぱり無しにすべきでは? そう思う。今の茶摘み量であれば冬場に茶摘みを行わずとも茶葉の量は確保できるのだ。
昔の飢饉があった時とは状況が違うのである。
製法と種だけを残しておいて、後世の為に保存するだけは保存し、今年から生産を辞めるのもいいかもしれない。
「兄上、えっとね。こういう時って、ロゼッタ様に相談すると、よく解決するって、聞いたよ?」
「そうだね」
でもロゼッタ様はもうこの世界には居ないんだ。
代わりに同じ知識を持ってるロゼさんに聞くのはアリかもしれないけど。
あとはロゼッタ様と同郷の……そういえばプライダル商店の副店長さん、たしか異世界人だっけ。
ライオネルの異世界人たちって基本出自隠そうとしてないからなぁ。
まぁ彼女らの知識を求めて確保しよう、とか下手に手を出すと邪神やら軍やらが全力で殺しに来るから手を出そうという命知らずすらいないんだけど。
一番の理由は多分闇組織のアルケーニスが他の闇組織がライオネルに出来るのを潰しているおかげだろうね。
闇組織自体が異世界人の安全を守ってるんだからそりゃあ奪おうと思う闇の人がいるはずもないし、下手に拉致したりするとアルケーニスまで敵に回す。全国に根付く暗殺組織を敵に回して生き残れる闇組織などまずいない。一度でも目を付けられたと分かった瞬間その組織は他組織の協力を得られなくなり、貴族たちからの援助も消えるだろう。
自滅が分かってる存在に対していくら魅力的に見えても手を出そうとするのは自殺志願者だけである。
「さて、どうするかな、雪月茶」
「冬に強い植物なのはいいんだけどね。うあー寒そう」
ところで父上、一切喋ってないけど大丈……寝てる!?
馬車の中は温度一定になる魔法が掛かってるからって、すっごく幸せそうに寝てるっ!?
「あはは、お父様幸せそう。よっぽど私たちとのお出かけが嬉しかったんだね」
ああ、そっか。父上は兄上たちを……
だから家族楽しくお出かけできる今日は、父上にとっても数少ない嬉しい日、だったんだ。




