190話・ララーレ、私達で判断して、いいんだよね?
「はーい、皆ご飯出来たよー」
私、ララーレはロゼッタさんに言われてレコールとリックルの二人とともに新しい浮浪児たちの面倒を見ることになった。
昨日初顔合わせで、皆を紹介されて、今日はまず朝食、そして私達が習ったように朝の習慣を私達が教えることになっていた。
一応この施設にもトイレと洗面所、あと庭に作られた露天風呂? というのがあるので、その辺りの使い方を一通り教えるのが仕事なんだって。
男の子たちはレコールとリックルが見るので、女の子達を私とメイドさんで見ることになった。
メイドさんはロゼッタさんの家に勤めている一人で、面倒見のいい朗らかなお姉さんだった。
名前は、マリーヌさん。
亜麻色の髪がサラサラで、殆ど糸目で眼が開いてるように見えない胸のおっきなお姉さんである。
「それにしても、ララーレちゃんは偉いわね」
「え? そうですか?」
「ええ、つい先日までこの子たちと一緒だったんでしょ? 既にお風呂にも一人で入れるし、トイレも出来るし、顔を洗ったり歯を磨いたり。身だしなみもきちんと出来てる。メイドや執事の中でも出来てない子、結構いるのよ? ロゼッタお嬢様の影響で最近身だしなみに気を使いだしたくらいだもの」
「へー。やっぱりロゼッタお嬢様凄いんですね。私もロゼッタお嬢様には憧れちゃうな。私より年下なのにもう店の経営してるし。私なんて路上でかっぱらいとか、うぅ、なんか思い返したら恥ずかしくなってきた」
「ふふ、でも恥ずかしいと思えるのなら、それだけ日々に余裕が出来たってことよね?」
確かに、明日も生きられるか分からない日々を送っていた浮浪生活では、明日の事や他人の事を考えるような余裕も、自分の身だしなみを考える余裕も全く無かった。
それはつまり、余裕が出来たから自分の人生を振り返ったりできるって……ふぁ!?
「ふふ、こうやって抱きしめても臭くないし、むしろ石鹸の良い香りが漂ってる。これはもう浮浪児なんて言えないわね」
「あ、あわわわ、マリーヌさんっ!?」
巨大な胸に顔が挟まり一瞬安堵というか、凄く落ち着く気分に成ったのもつかの間、息苦しくなったので慌てて顔を離すと、マリーヌさんが笑顔で私を抱きしめていた。なんか気恥ずかしくって顔が赤くなる。
「子供たちが食事を終えたら皆で説明会ね。頑張ってねララーレちゃん」
「はい!」
ロゼッタさんのような活発で未来を切り開くような強い女性とは違う。全てを包み込み癒してくれるような、なんというか、抱きしめられると私、マリーヌさんの赤ちゃんだったんじゃないかな? とか思ってしまうほどに癒される女性に、私は憧れを抱く。
大人って、凄く凄く、凄い。あ、えっと、なんて言ったらいいんだろ、適切な言葉が分からなくて、なんか変な表現になってるんだけど、凄く、凄いの。だから、私は、そんな凄く、凄い女の人に成りたいなっていう、その、目標ができたというか。マリーヌさんみたいに皆を包み込める人になりたいな。って、思った。
……んだけど。
「なんでそんなことしなくちゃいけねーんだよ!」
「めんどくさいっ」
「やりたくない」
「路上生活の方がいいだろ」
四人の男の子が口々に告げる。
レコールもさすがに困った顔をしていて、どうしたものかとリックルに視線を向ける。
僕に尋ねられても困る。とリックルもお手上げ状態。
「ねぇ、ララーレちゃん」
「なんですかマリーヌさん?」
「こういう時ロゼッタお嬢様ならどうすると思う?」
えっと、ロゼッタさんなら……
多分だけど、この四人は遠慮なく切ると思う。
カリバルみたいな四人だし、多分この子たちは商売には向かない。
お客さんのムチャ振りにイラッとしてだったら売らねぇよ! とか叫んだり、殴りかかったりしそうだ。
「切る、かな?」
「うん、ではそうしましょ」
「え? で、でも、実際にロゼッタさんの判断を……」
「でも、貴方たちが任されたのでしょ? だったら、責任者として、従業員が適正かどうかを判断することは貴方たちに任されたと言っても良いと思うわよ。貴方たちが彼らと一緒に作業をするのは難しいと判断したなら、出ていって貰いましょう。向こうもあまりこういう生活は好きじゃなさそうだもの」
いいんだろうか?
勝手に人員を辞めさせてしまって。
「決断力を身につけなさいララーレ。貴方はロゼッタお嬢様に憧れたのでしょう? だったら、責任を持って決断する実力を身につけなきゃ。でも、ただ気に入らない人を切ればいいという訳ではないのよ。皆と一緒にすると不和を招くとか、本人にやる気があっても皆程仕事が出来なくて足を引っ張る人とか、自分の判断でこの人と仕事をするのは無理だと思った人だけを切るの。そして切った時にはその人を切ったことで怨まれることを覚悟して。あるいは自分が切られることも覚悟しなきゃいけないわ。それが責任者というものよ」
よく、分からないよ?
でも、責任者というのは良く分からないけど、ロゼッタさんが私達にここを任せたってことは、私達でこの子供たちが商売を一緒にやっていけられるか見定めて、無理そうな子は出ていって貰っていい、と判断しなさいってことなんだろう。
よし、覚悟を決めよう。憧れた女性に近づくために。
「そこの四人、簡単な決まりごとすら出来ないのなら出ていって構わないわ」
「なんだと!?」
「ふざけんなよ! 自分等から誘っといてこんなこと無理矢理やらせようとか俺らだって人間だぞ!」
「人間だからなによ? ここのルールよ、それが守れないなら出て行ったらいいじゃない?」
「テメェ……先に拾われたからってお高く止まってんじゃねェ!」
あっ。
興奮した少年が駆けだして、私に拳を振り上げる。
予想してなかった、ううん。覚悟したつもりで出来てなかった。
そう、だよね。相手を切るってことは相手から怨まれるんだから殴られたりも、するんだ……
近づく拳を見つめながら、私はただ、ああ、殴られるんだって、思うのだった――――