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186話・カリバル、違う、違うんだ。こんなつもりじゃ……

「うわああああああああああああああああああああああああ――――ッ」


 必死だった。

 何が何か分からなくて、ただただ恐怖から逃げていた。

 激情に駆られて相手を刺した。

 ナイフを冒険者からかっぱらうのは簡単で、あいつを見付けるのも簡単で。


 ナイフはちょっと脅すだけのつもりだった。

 あいつも結局はただのガキで、ナイフを突き付けられることなんて考えすらしない日々を送っているって決めつけていた。

 少しちらつかせて脅してやれば、泣きながら戻ってきてくれと言う筈だった。

 ソレを鼻で笑って誰がお前の元へ戻るか、そう告げてやれりゃ自己満足で、俺は二度とあいつらに近づかないでおこうって思ってた。


 でも、あの女は一目でナイフの存在に気づき、溜息を吐いて俺を蔑んだ眼で見下した。

 あとはもう、無茶苦茶だった。

 あの眼で見つめられたせいで、俺は思わずナイフを抜いていた。

 雄叫びあげて半狂乱で、あいつに突進して、脇腹にナイフを突き立てて……


 なのに、なのになのになのにっ!

 なんでだよ!?

 なんでだよっ!!

 どうして……あいつは無傷なんだよ!?

 意味わかんねぇ!? しかも二度と近寄るな? 次は無い? どの口が、どの顔が、どの身分が言ってやがる。畜生ッ、あの女ッ、勝ち誇りやがってッ。


 俺なんかナイフ持ったくらいじゃ脅威にすらならないって顔で、女の癖に女の癖に女の癖にィッ。

 畜生、ちくしょォッ!!

 悔しくて、四つん這いになっていた俺は必死に地面を叩いていた。


「見てましたよ、貴方の勇気」


 ぞくり、声が聞こえた。

 それは近くで聞こえたようでいて遠く、遠く聞こえたようであまりに近く。

 何か触れてはいけない、聞いてはいけない何かの声だった。


 顔が、あげられない。

 全身から嫌な汗が噴き出た。

 今、動いたら死ぬ。それだけが確信できて、今までの激情が一気に消え去った。


 震えが走る。

 全身が恐怖に怯え、脳内が必死に逃走を訴える。

 なのに、身体は岩のように硬くなり、動くに動けない。


「いやぁ、素晴らしい、貴族を相手に一歩も引かず、ナイフ一つで立ち向かう。ああ、なんという蛮勇。されどただの人間には出来ぬ素晴らしき行動力」


 顔をあげて相手を見たい。

 気配はあるのに相手が見えない。

 否、見たら、死ぬ。何故か判らないが殺される。

 だから、四つん這いで相手に頭を下げたまま、ただただ相手の拍手を聞き続ける。


「貴方のような勇気ある方を待っていました」


 コツリ、何かが俺に近づく。

 下げたままの視界に黒い靴が見えた。

 革靴? 貴族か何かか?

 しかし、それにしては濃密な、死を連想させる空気が……


「付いて来る気があるのなら、立ちなさい。貴方を立派な……にしてあげましょう」


 怖い、恐ろしい、でも、でも……この男に付いて行かなければ、死ぬ。


「ふふ、分かっているでしょう。君は浮浪児、このままでは野たれ死ぬのみ、あるいは、また貴族に斬りかかって捕まるか? さすがに二度も見逃すほどお人よしではないでしょうなぁ、アレは私でも骨の折れるお子様だ。さすがに君のために暗殺してやる義理も無いしなぁ。なぁ、カ・リ・バ・ルくぅん」


 ぬっと、凶悪な笑みを纏った男の顔が視界に降りて来る。

 ぶわり、既に脂汗が出ていた筈の全身から得体のしれない汗が噴き出た。

 い、嫌だ。嫌だ。助けて。レコール、パラセル、クライマル、お嬢様ッ!

 助けて、たすけてタスケ……


「おやおや、恐怖でガチガチの癖に立ちましたなぁ、よろしい、非常によろしい。エクセレンンッ。さぁ、新しい世界に向かいましょう。なぁに恐れることはありません。彼らとは違う世界、また会うことも稀でしょう。それに、覚えることが多くて気にしている暇などありません」


 立ち上がった。

 歯の根は噛みあわず、絶えずガチガチカタカタと音を立てている。

 目の中にあった光のような何かは消えてしまった。

 がらんどうの目に映るのは、一人の老紳士。白い髭の、笑うと歯茎が見える恐ろしい笑みを浮かべる男は、紳士服を身にまとい、杖を一つ、くるくる回しながら俺の前を歩いて行く。


 怖い、恐い、コワい。

 なのに、俺の足は歩きだす。

 なのに、俺は乾いた笑みを浮かべている。

 なのに、俺はもう、レコール達に助けを呼ばなくなっていた。


 ああ、何処で間違っちまったんだろう。

 あの時、レコールの言葉を聞いてれば、俺は違う未来を歩けてたんだろうか?

 この先は、ああ、今でももう、理解してしまっている。

 この先は地獄だ。


 ああ、御免なさい。

 あんたは俺を助けようとしてくれたのに……

 ほんとは分かってたんだ。俺は……でも、だって、俺は捨てられて……

 人なんて利用するべき存在でしかなかったから、そう教わったから、だから……


「さぁさぁ。いらっしゃいカリバル。我が、暗殺ギルドへ……ふふ、ふふふ。ぐひゃひゃひゃひゃひゃァッ」


 ああ……ダレカ……タスケテ…… 

あえて誰とは書きませんが、その笑顔、顔面土砂崩れw

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