173話・???、正直凄かった
「では、報告を聞こうか」
とある一室。
執務室とも思えるそこに、机を前に腰かける白髪の老人。
眼光鋭い厳つい顔に、歴戦の猛者を思わせる瞼を横切る裂傷の傷跡。
両肘を机に付けて顔の前で手を組んだ老人は、厳粛な声で目の前の男に声を掛けた。
顔に黒いフードを被った全身黒尽くめの男は傅いた状態でこれに答える。
彼としては別に普通に報告してもいいのだが、この雰囲気を形作るのがギルド長の望みなのでしぶしぶフードを被っているのだ。
「では、報告いたします。ステイツがブラックリストに載せるべきだと言っていた新規商店が本日開店しましたので、偵察に行って参りました」
「そうか……して、どうであった?」
「一言で言うなれば、想定外。詳しくはこの書類を」
「うむ。口頭での説明も頼む」
懐に仕舞っていた書類を机に置き、下がった男は少し考えをまとめてから話しだす。
「まず、開店直後はそれ程客が入っている感じはしませんでした。正直何の宣伝も無く唐突に開店した新店舗、といった具合で、興味を覚えた数人が冷やかし程度に入るくらい、と申しましょうか」
「だろうな。新米店主は情報戦に疎い。ゆえに事前の店舗開店についての告知を忘れがちだ。店主は悔しい思いだっただろうな」
「それが……」
ギルド長の言葉を否定するようで話したくない思いがあるが、報告として言わねばならない以上、気持ちを押し込んで告げる。
「商品がかなり珍しいモノばかりであったせいで、店内を見た客が口頭で告知を行い、興味を覚えた者たちが押し寄せ次第盛況に、一鐘後には店の前に列ができておりました」
「ん? つまり?」
「プライダル商会は初日より大盛況で終わりました。あの店は遣り手ですね。大成するやもしれません」
「お、おいおい、ただの小娘が趣味で立ち上げただけの商店じゃなかったのか?」
役が崩れてる。
男は気付いたがあえて指摘することをやめておいた。
どさくさにまぎれて自分の役を行うのをやめれるかもしれないからだ。
「私も客を装って列に並びましたが、なかなか、あれほどの接客は大店でも出来ている店があるかどうか。本当に店員は全て浮浪児ですか? 教育の行きとどいた貴族の子供と言われた方がまだ納得できますよ」
「そんなに、なのか?」
「ええ。行列は得てして順番を抜かす者がでてくるものですが、列は子供の一人が見回って崩れている所を直して行きますし、冒険者が巡回しているので下手に暴動を起こせなくなっていました。それに最後尾に板を持った子供がいるので何処が最後尾か分からなくなることもありませんでしたね」
「そ、それは……長蛇の列となるとほころびが出そうなものだが、冒険者の数は? 少人数ではさすがに見回り切れんだろう? ギルドからは出していなかったはずだ。身銭を切ったか?」
「身銭……ですか? Aランクパーティーが三つ警護に当たっていましたよ? どれ程の金を継ぎ込んだらあんな警備体制になるんですか!?」
「Aランクパーティーが三つ!? 聞いてないぞ!?」
「同じ警護にあたっていたもう一つのパーティーが暇していたのでさりげなく聞いておきました。どうやらオーナーであるロゼッタ嬢は彼らと知り合いらしく、事前に自分の店を開く時に警護してくれるよう頼んでいたそうです」
「顔見知りによるボランティア、と言う訳か。クソ、羨ましい。他に報告は」
不機嫌に答えて次を促す。
実際、A級冒険者に声を掛けたところで忙しいと言われることの多いギルド長だ。心底羨ましいのだろう。必要だと思った時には受けて貰えないんだからな。
「ええ、警備は万全だったので犯罪者まがいの客も今日は様子見にしたようで、トラブルは起きませんでした。店内に入って見ましたが、商品の類は置かれておらず……」
「商品が置かれていない? それは店としてどうなのだ?」
話の腰を折られ、思わずむっとしてしまう。
今、それを言おうとしたのだが。ふつと湧いた怒りを悟られないよう努めて冷静に話す。
「店内に置かれていたのは見本でした。レプリカとかそういった類のものでしょう。見本の傍に引換券が置かれており、これをカウンターに持って行くことで売買を行っているようです。商品自体は会計の合間に子供たちが店の奥から持ってきていました。商店としてはなかなか頭の良い方法かと思いますよ。ただ、大盛況になったせいで子供たちが凄く大変そうにしてましたが」
それから、体験した売買法や、ギルド長が不安視している点などを話して行く。
正直、自分はプライダル商会は問題ないように思える。
ただ、今ある商会の中ではかなり未来の方式を取っていると思われ、それを周囲の商会が快く思わない可能性が無いとは言えない。
「以上。私見ではありますが、粛清の必要は無いと思われます」
「ふむ。了解した。して、総合的に、どうだった?」
「なかなか面白い店ですね。私は羊羹が一番好きかも知れません」
なんじゃそれは!? と驚く商業ギルドのギルド長。
私は密かに優越感に浸りながら、ギルド長の前で羊羹を食べて見せるのだった。