172話・パラセル、大変だった。でも、やりがいを感じた
「つぅーかーれぇーたぁ~あぅ」
どさり、ダイニングルームに辿りつくなり、椅子に座って机に突っ伏す面々。店の終了業務を終え切れたのは奇跡に近い。皆最後の方は疲れ切って何してたかすら覚えてなかったりする。
僕もうろ覚えながら最後までなんとかやり遂げた。
商人は貴族邸に居た時買い付けに来ていた商人を見てたから結構ゆったりできる交渉がメインの仕事なんだろうと勝手に思っていたけど、これは想定外だった。
レコールも開始前に外に出る事を解禁されたので早速他店舗見て回ってどういう風に客を回しているのか下調べに行ってたけど、そのどれをも上回る客入りだったらしい。
そんなレコールもまた、今日は精魂尽き果て、テーブルに突っ伏している。
子供たちの中でテーブルに突っ伏していない存在が居ないくらいだ。
むしろチェルシーさんまで机に寝そべり、既に寝息を立てている。
「おいおい、大丈夫かお前ら? 明日も仕事あるんだぞ?」
「ああ、それは気にしなくていいルインクさん。こうなることを見越してお嬢さんがギルドに人員を借りに行った。明日はギルド員が来るのでカウンターの方は考えなくていい。ただ、店回りや客引きは今日のようにやって貰うことになる。頼りにしてるぞ」
今日から住み込みを始めるエルフレッドさんが普通に告げる。
疲れが全く見えないのはやはり現役商人だからだろうか?
カウンターメインとはいえかなり動いていたのと、計算で頭を使っていたので精神的な疲れが酷いと思うのだが、彼の表情はポーカーフェイスなので全く疲れたように見えない。
「お、おぅ。っかしいな。俺寮の方メインのはずなんだが。まぁいっか。なんか楽しかったし。んじゃー明日は俺も子供たちのフォローに回らせて貰うわ」
「ああ。食料系に関しては今日と同じように頼むが、そっちは問題ないか?」
「おぅ、料理なら任せな」
大人たちは元気だなぁ。
うぅ、今まで浮浪児だったせいか体力が無くなってる気がする。
でも、ここ数日でだいぶ身体に肉が付いた気がするんだけどなぁ。
「子供たちは今日はさっさと風呂入って寝ちまえ。風呂で寝るなよー。上がってきたら軽い食事を用意しといてやる。それ食ったらさっさと歯磨いて寝ろ。疲れは寝るのが一番だ」
「はい、おーい皆、風呂行くぞー」
「あ、風呂、沸かしてたっけか?」
「お嬢がその辺りはやっていたぞ。ああ、それと、食事のついでにお嬢が用意したデザート食べさせてやれと言っていたな」
「デザート?」
言われたルインクさんが冷蔵庫に向かう。
「おー、お嬢、粋だねぇ」
ルインクさんの歓喜を聞きながら、僕らはふらふらと風呂場へと向う。
チェルシーさんが鼻提灯ぶら下げながらマーシャとセーリアに肩を持たれて歩かされていた。
なんというか、チェルシーさん、お荷物過ぎないかな? 浮浪児の方がまだ体力に余裕があるって……
……
…………
………………
「ふはー。疲れが取れるぅー」
レコールがふやけてる……
そんな完全に警戒を解いているレコールを見て思わず笑みが浮かぶ。
「ん? どうしたパラセル?」
「うん。なんか、今日だけですごかったね」
「ああ。まさかあんなに客が来るとはな。これが、商売って奴か」
「僕らが、働いてるんだよね。今までの生活からは想像付かないなぁ」
「違いない」
湯船に浸かり、裸の少年二人が笑い合う。
そんな二人だけの空間に、少女が三人、近づいて来た。
「ねぇねぇレコール。見た!?」
「ん? 見たって、何を?」
「うん、マーシャが見たらしいんだけど、カリバルが見に来てたんだって」
カリバルが?
「凄く怖い眼で皆の事見てたの。でも私が見てたのに気付いていなくなっちゃった」
カリバル……自業自得だとは思うけど、本人は怨んでそうだなぁ。
大丈夫なんだろうか?
一応ロゼッタさんの耳に入れといた方がいいだろう。
「チェルシーさん、大丈夫? なんか寝ちゃいそうだけど?」
既に寝ながら入っているチェルシーさんはマーシャとセーリアが左右から支えてないとそのまま湯の中に沈んでしまいそうだ。
かっくんかっくん頭が揺れてる様は、なんというか、マーシャより子供っぽい。
一応、副寮長の筈なんだけどなぁ。
「チェルシーさんが限界っぽいから身体洗ったら先に上がるね」
「うん、おねーちゃん、身体洗い終わるまでは預かる」
マーシャにチェルシーさんが預けられ、セーリアが身体を洗いに行く。
ロゼッタさんがいうには男女で分けようかと思ったらしいけど、のちのち時間変えればいいし、未だ一緒でも問題ないでしょってことらしいので今は混浴風呂らしい。
「なぁ、パラセル」
「ん? なに、レコール?」
「ここに来る俺の選択、本当に良かったのかな?」
「まだその答えを出すときじゃないよ。でも、すごく大変だけど、なんだか浮浪児してた時より、充実してる気はするよ」
「私も、あのね、私が作ったクッキー、いっぱい買って行ってくれたんだよ。自分の作ったモノが売れるって、凄く嬉しいね」
「ああ、そうだね」
まだ、本当の意味では来て良かったとは思えない、でも、きっと、この後の僕らはここに来て良かった、ロゼッタさんを信じて良かったって、思える日が来るんだろうなって、思う。
皆が笑顔でゆったりする風呂場を見つめ、僕はそんな確信を覚えるのだった。