170話・エルフレッド、予想以上の大盛況
「じゃあ、本日からよろしくお願いするんだよ」
そう言って、プライダル商店に引っ越してきた私を出迎えたロゼッタ嬢はにこやかにほほ笑んだ。
いや、本人はにこやかなつもりなのだろうが、何か裏に一癖ありそうな笑みに見えるから不思議だ。
あの笑顔を見てしまうと、私は騙されているんじゃないかとついつい不安になってくる。
彼女自体は良い人間なのだが、どうにもあの笑みのせいで最後の一押しが信頼しきれない。
出向かえた彼女と共に店へと向えば、カウンター奥のスタッフルームという場所に、この店の従業員たちが集っていた。
どうやら皆既に隣の寮に住んでいるらしく、私が一番最後に来た状態となっていた。
事前の情報がないので彼らの方が先輩となるのだが、気のせいだろうか? 大人が一人しかいないんだが?
「じゃあ紹介します。こちらはルインクさん。寮の家事全般を行っていただいている寮長さんです。本日のみカウンターでの接客を手伝ってくれますが、基本寮の方に居ますのよ」
「つまり、毎日手伝える訳ではない、ということだな。理解した」
私は表情があまり変わらず、睨んでるように見える、とよく言われている。
そのせいだろう。視線を向けただけで少女たちがびくっと怯えた顔になる。
「あはは。そう怯えなくてもいいんだよ。エルフレッドさんはクールだけど子供には優しいんだよ、多分」
「推測で話さないでくれないか。私は別に子供が嫌いという訳ではないがクール? というよくわからない言葉一つで表される程単純ではないと思うのだが」
「あらぁ。まぁ、その辺りはまた時間がある時に話し合うということで」
それは、おそらく二度と話す気は無い、ということでよさそうだ。
「こちら、簡単に紹介しますが、店員のまとめ役、リーダーをしてくれるレコール君。そして店員のパラセル君、クライマル君、リックル君、クイッキルくん。女子はセーリア、マーシャ、キリハ、ララーレ、チェルシーですわ。あ、一応、チェルシーちゃんは副寮長をしてます。彼女についてはマスコットとでも思っておいてくださいませ。マスコットとは言うなれば客寄せのお人形さん、みたいな存在ですわね」
「ふぇ!? 私人形じゃないですよぉ!?」
例え話に反応したチェルシー。所作から仕事が出来ないタイプ特有の動きが見えてしまう。
「いいのか? アレは足を引っ張るタイプだと思うのだが?」
「あら。私の見立てが間違っていると思いまして? 彼女には彼女にしか出来ないモノがありますのよ。ふふ、分かりますかしら」
挑戦的に微笑むロゼッタ嬢。
これはワザとなのか? それとも……
なんにしろ不思議な少女であることは確かだろう。
店に対する軽いレクチャーを受ける。
普通の商会と違い、札を使って商品をやりとりするようだ。
多少商品の出し入れでごたつきそうではあるが、なるほど、盗まれにくいという観点からすればこれはかなりいいやり方だろう。
よく考えたモノだ。
実際に開店後の会計に関しても子供たちがある程度補助をしてくれているのでやりやすい。
商品の出し入れに関してもレコール君が指導してくれているようで、指揮された子供も迷いなく移動してくれているので私が指示するようなこともない。
私はただ商品の値段が書かれた札を計算して会計を行うだけでよかった。
途中からルインクがロゼッタ嬢と交代して奥に引っ込む。
どうやらトイレに行くついでにお菓子を焼いてくれていたらしい。
残念ながら、彼の意図とは違ってその菓子を売りだしたロゼッタ嬢。
ほぼほぼ無くなってから苦笑いの彼にお菓子がロゼッタ嬢たち用のオヤツだと聞かされてしばし呆然としていたのは笑うしかない。
何しろ彼女はお菓子を売って儲けるために焼いてくれたと思っていたからだ。
私としてもあのタイミングで出されれば商品として売れってことだと思うが、それにしてもお菓子の人気だ。
まさか売りに出してモノの数秒で完売とは……
私に値段どれくらいが良いか聞いて来たので、適正な値段を伝えたのだが……
砂糖が高いから値段自体も高くしたのだが、それでも売れに売れた。
どうやらプリンと羊羹の美味しさが口頭で人々に伝わったらしく、そのせいでお菓子類がよく売れる。
子供たちのクッキーも割高ながら飛ぶように売れて行くのだ。
自分が焼いたクッキーが売れて行くたびに嬉しそうに瞳を潤ませる子供たち。
なるほど、これは確かに子供たちにとって成功体験になるだろう。
自分たちが丹精込めて作ったモノが皆に売れて行くのだ。そりゃあ嬉しくて堪らないだろう。
ゆえに、これを糧にしてまた頑張ろう、と思いだすのである。
まだ開始から昼にもなっていないのに、数の少ない商品が既に心もとなくなっている。
これは在庫切れも近いかもしれない。
初の店でこの大盛況はなかなか見られるモノじゃない。
サクラも雇ってないのが実力の高さを伺えるな。
良い店になりそうだ。ただ、店長である私は忙しくなりそうだがな……