124話、ガイウス、この、クソ令嬢がぁぁッ!!
「ロゼッタァ! どういうことだっ!!」
その日、俺は憤怒に意識を染めて、怒りの向くままベルングシュタット家へと乗り込んだ。
返答次第では斬り伏せてくれんと肩を怒らせ、出向かえたメイドや執事を押しのけ私邸に殴り込む。
はぁ? 私室にはリオネルが居る? だからどうしたっ!
私室のドアを蹴り破る勢いで開く。
突然の俺の登場に、驚き慌て出すモブどもには目もくれず、俺はロゼッタに向かってずんずんと付き進む。
すると、驚きに目を見張っていたロゼッタは周囲を一瞬見回し、ふぅっと息を吐きだし気持ちを切り替えた。
こちらがイラつくほどのにこやかな笑顔で出迎えて来た。
「あら義兄上様。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに、個室で話を聞きましょう」
まるで来ることが分かっていたように、時期は想定外だったが既に予定はできている、と不敵に微笑む彼女を見てしまい、罵声が口の中へと引っ込んだ。
なんだ、今の感覚? まるで全てを見透かされたような……この女、まさか、俺がここに来るのも想定済みだとでも言う気か? ならば、怒りに任せて怒鳴り散らすは愚策ではないか?
落ち付け。あの醜悪な笑みの御蔭で少し冷静になれた。本当に、笑みが全て悪役面だなこの女。
冷静になれば、今の状況も見えて来る。
さすがにリオネル本人の前で協力して暗殺しようとしてました。などと告げるのは危険だろう。この女が自滅するだけならいいが俺まで波及すればもう取り返しがつかなくなる。
ふんっと鼻を鳴らしてロゼッタの案内に従うことにしてやった。
応接間にやって来ると、メイドにしばらく二人きりで話すから、とロゼッタはメイド達を締め出す。
ソレを傍目に見ながらソファに座ると、ロゼッタが対面にそっと座ってきた。
クソ、ここまで冷静に対処されると怒りが霧散してしまう。
まぁいい、むしろ落ち付け、こいつ相手に怒鳴り散らすのは愚策だ。こいつが何かしら画策しているのは最悪、俺も含めた王族全てを纏めて葬り去ろうとしているのかもしれん。ここで下手を打つ訳には行かない。既に崖っぷちなのだから、これ以上の失点は防がねば。
「よくも、やってくれたなァッ!!」
怒る振りをしながら怒鳴る。
正直怒っているのは本当なのでこの思いはぶつけずにはいられなかったのだ。
しかし、この女は怒鳴る俺に対して怯えるでも拒絶するでもなくただただ柳に風と受け流している。
「よく、話がわかりませんが?」
「何だと!?」
クソ、やはりこの女、喰えない女だ。素知らぬ顔で告げやがった。
確信犯だと確証はあるのにここまでシラを切られると証明のしようがない。
失態をしてしまった俺と違って疑惑のぎの字すら見えるかどうか怪しい程に潔白だ。
だが、俺は確信している。今回の失敗、こいつが何かやったのだと。
「だってそうでしょう? ガイウス様が何かしら画策していたと思ったら何故か我が屋敷にリオネル様がいらっしゃいましたのよ? おかげでリオネル様に何かあれば我が侯爵家の責任になりますのでお父様は本気で警護することになりましたの。身動きが取りづらくて仕方ありませんわ」
しれっと自分は被害者ですとまで行ってくる始末だ。
さすがにここまで言われて反論しない訳には行かない。
「それはっ」
「そもそも失敗する可能性のあるモノを証拠隠滅もせず使用するのは愚策ではありませんこと?」
「ぐぅぅ……」
言い訳を潰された。
だが、リオネルの周囲は暗殺者で固め、盗賊に見せかけた暗殺者も用意した。
一応の証明もしくは罪を被せるために冒険者を雇ったし、そいつの後始末方法も考えていた。
こいつ等がリオネルを襲ったのは暗殺者ではなく盗賊だったと言えば一番楽だからな。
だが、それも失敗。ならばと冒険者を殺し口封じするための兵士に見せかけた暗殺者たちも全滅。誰がここまでの大失敗を予想できる?
確実に殺せる筈の包囲網をリオネルが全て無傷で突破するなど、一撃でも傷を付ければ猛毒で死ぬはずだったのにッ。それすらもないってどういうことだ? 最上位の状態異常回復手段でもなければ……ええい、今更いったところでもはや意味は無い。
「しかし、リオネル様も災難ですねぇ、まさか冒険者以外全て暗殺者だなんて、それではもう暗殺を画策した犯人は誰かなど自分から告げているようなモノではありませんか」
「くぅぅ……」
太ももにおかれた手が太ももに爪を立てる。
悔しいが言い訳すら出来ない。
完全にマウントを取られた。
勢い付いたロゼッタは実に楽しげに目を細め、さらに続ける。
「それに、リオネル様を襲った事が発覚したのは、義兄上様がその護衛モドキ全てを用意した人物だから、ですわよね? 普通、そういう足が付きそうなことは半分普通の兵を雇うなりでごまかすべきではありませんの?」
「それ、については、俺は知らんと告げてある。知らずに雇った兵士全てが偶然にもリオネルの暗殺者だっただけだ。俺のせいではない」
苦しい言い訳だ。それでも王族であり、父上が見逃したからこそ、俺は無罪になっている。
やはり聞いてくるか。しかもにやにやと答えが分かっているのに確認のために聞いているといった顔だ。
このサディストめ。
「陛下はなんと?」
「今回は証拠もないのとリオネルが無事に戻れたということで不問だそうだ。俺ではないと告げたが疑惑の視線を終始叩きつけられた。それもこれもリオネルが俺の雇った兵士に暗殺されかけたと告げたからだ」
くぅ、この女鼻で笑いやがった。
しかもその顔はなんだ? 俺を蔑むように見下しやがって。
くそ、まるで挑発されてるみたいだ。
落ち付け。キレたら負けだ。
絶対にこれ以上弱みを見せるな。こいつに顎で使われるようなことだけは避けねば。
「まぁまぁ。ですが、それなら我が家に怒鳴り込むのは筋違いでございましょう?」
「ふざけるなッ! 分かってんだよ!! あのD級冒険者を雇ったのはお前だろ!」
叫んでからしまったと気付く。
やられた。この女、俺を挑発してこの言葉を引き出したかったのか!?
ニタリ、してやったりと笑みを浮かべたロゼッタに全身が粟立つ。
落ち付け。これ以上挑発に乗るな。落ち着くんだガイウス。
「話が見えませんわ義兄上様。私冒険者を雇うようなことはしておりませんが?」
「D級冒険者だぞ!? 仮にリオネル暗殺を回避できたとして、無傷で暗殺者全てを殺し切るなど出来るわけがないだろ!」
くぅ、つい、つい叫んでしまう。
この事だけは、この事だけは主張せずにはいられない。
報告は影が全滅したから後聞きだが、それでも絶対に間違いは無い。こいつは必ずやらかしている。俺のフォローではない。何のつもりかリオネルを救ったのだ。
何を目的に救った? お前は何をする気なんだ?
「でしたら、冒険者ランクを上げる手前の冒険者なだけだったのではありませんか? 冒険者ランクは低くてもCランク用の護衛依頼、しかも王族の護衛ですし。ギルド長も信頼出来る人物に託すでしょう。それこそ私が画策などできようもなく、ただの偶然ですわね。義兄上様ったら、なんでもかんでも人のせいにするのはいけませんわよ」
ふふっと悪魔のような笑みを浮かべた。
ぞくぞくっと全身が総毛立つ。
違う、こいつは、リオネル暗殺狙いじゃない。
今回、潰そうとしていたのは、俺だ。俺が罠にかかったから俺という王族から潰そうとしてたのだ。
これでリオネルの信頼も勝ち取った。俺は父に目を付けられた。
自分が王妃になるなら別に第一王子に嫁入りする必要は無い、そう考えている。
俺達王族を篩いに掛けているんだ。王に成るのは兄上でも俺でも、リオネルでもいい。
ただし、地位は自分が上なのだ。
今回の事でリオネルという従順な王族が手に入り、邪魔な継承者の一人である俺に楔を打ち込んだ。あとは兄上を玉座に座る前に引きずり降ろすだけ。それを俺の罪としてでっちあげてしまえば……
「くぅぅ……」
格が、違う。
こちらを見降ろすように見つめる底冷えする邪悪な笑みで、ロゼッタは告げた。
「ガイウス様、お願いですから邪魔だけはしないでほしいですわ」
「邪魔だと!? 俺が、く、ぐぅぅ」
駄目だ。こいつは、今まで出会った人物、そのどれよりも危険だ。
そして、俺では掌で踊らされるだけ。底が知れない。
今はまだ、俺ではこいつに勝てる気がしない。作戦が必要だ。
すぐに思いつくような策では駄目だ。徹底的に裏をかくような作戦でなければ、次は……狩られる。
「し、失礼した。今日は、少し嫌な事があったのでな、頭を冷やして来る」
「かしこまりました、御自愛くださいませ、義兄上様」
ちりんっと呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び寄せるロゼッタ。
なんという恐ろしい娘だ。今、俺に向けた笑みはなんだ? まるで弱者を甚振ることに悦楽を覚えたライオンのような獰猛な笑みだったぞ?
父はこんな女をリオネルの嫁にする気なのか?
こいつは暴れ馬より危険な生物だぞ。
全身が震える悪寒を覚えながら、ベルングシュタット邸を後にする。
悔しいが完敗だ。こんな危険生物が相手では勝てるはずもない。
早急に策の練り直し、それとロゼッタの傍には出来るだけ近づかないようにせねば、また良いように振り回されたくは無い。だが、覚えておけよロゼッタ・ベルングシュタット、王になるのは俺だ。リオネルではないことを、貴様に見せつけてくれる。




