122話・グランザム、息子に甘い。と言われるかもな
「もうよい、下がれ」
顔が面白い具合にぴくついたガイウスが去って行く。
ここは王族だけに許された謁見室。
謁見の間とは違い、王族と王族が個別に会って話し合う、いわば家族の秘密の会合、のような時に使う場所だ。
ここで、私は宰相のクリストファー・リーファナシスと共に息子の一人であるガイウスと会っていた。
彼に詰問せねばならぬため、一応、最悪の場合を想定してケリー・レイズナーという近衛騎士を傍に控えさせておいたが、さすがに親に手を掛ける程愚かではなかったようだ。
しかし、先程の言い訳は……
「随分と慌てておいででしたな」
くっくと笑うクリス。どう見ても悪童の悪戯を知って苦笑している親の顔だ。
顰め面を見せてぼやいておく。
「ふん。想定していなかったのであろうが弟を暗殺しようとは愚息中の愚息であったか」
「そう言うてやりますな。上に兄が居る以上継承権が低いのは仕方無い事。自分が王になるために策謀するのは当然でしょう、陛下とてそうしてのし上がったではありませんか」
「……そうであったな。ゆえにどれ程愚かだったか身に沁みておる。王の座など成るものではないのだがな、若いうちはそれが分からんのだ」
「して、処分はどうなさるおつもりで?」
処分、か。
弟を暗殺しようとした罪?
確かにガイウスが行ったということは理解出来た。
しかし、王族としてはバレなければ何をやろうともいいのだ。
そう、ガイウスはまだバレてはいない。シラを切りとおしたゆえに疑惑は疑惑のままだ。
どう見ても暗殺をけしかけたのはガイウスしか居ないように見えても、それが黒と判断出来ない状況ではまだ白のまま、犯罪者ではない。
「しかし、ガイウス王子を放置すれば、次は被害がでるやもしれませんぞ?」
「だが、エリオットにもリオネルにも警戒感は産まれた。ガイウスが暗殺するにしてもより細心の注意を払うか、あるいはしばらく影に潜むかせねば、潰れるのがガイウス自身だ。それは息子もよく分かっていよう」
「甘いですなぁ」
「この程度で揺らぐようでは王は務まらん。他の兄弟を排し玉座に座るというのだ。権謀術数くらいは軽くこなして貰わねばな。もちろん、暗殺者を使う術も覚えなければ王としては半人前よ」
そうだ。常人であれば、兄弟の暗殺など愚の骨頂。しかし、王族であるならば、それも王として辿る茨の道の一つと言えよう。
ただし、あらゆる手を尽くしてバレぬように行わなければ資格は無いに等しい。
何しろ、国を運営するにおいて邪魔になるモノは必ず出て来るのだ。人を使い排除する術を持つのは決して悪ではない。
むしろ、王国運営においては必要悪。清濁併せ持つ度量を持たねば運営など出来る訳もなく、野心あふれることはむしろ良いことである。
「ガイウスは処断なしとする。それと、急いでリオネルの警護要員を精査しろ。さすがに戻して直ぐ暗殺されたとなれば我が沽券に関わる。それに、ベルングシュタットに恨まれるのは少々危険だろう」
「ふふ、まさかガイウス様も小娘に翻弄されていたと知れば激情に駆られそうですな」
「ん? どういうことだ?」
ああ、クリスの野郎、すごいニマニマし始めた。
これは、私の知らない情報を知ってるな。
「実は、ギルド経由で面白い情報がありましてな。王族の護衛依頼をD級冒険者でという依頼を受けたのだが、これは本当にそのまま通して良いのか? と」
ガイウスの従者、いや、ネムロスの仕業かな?
「そして提出された冒険者名のベルンとダール。今まで冒険者としての経歴は無く急に現れたD級冒険者が護衛に付きました」
ふむ、冒険者は入れ替わりが激しいらしいからな。
別にみたことも無い冒険者が居ても良かろう。
「さて、ここで別側面から、実はここ最近、冒険者の中で気になる噂が出始めました」
「ふむ? 気になる噂?」
「ついに、この国にもS級冒険者が現れた、とか」
「何? 聞いてないぞ?」
「しかも、二人組のパーティー。名をロゼッタ、キーリという姉妹」
「……ん? 気のせいかな? もう一度、名前を」
「ロゼッタ嬢とキーリ嬢ですな。しかもキーリ様は魔族だそうです」
「い、いやいや、まさか……」
「ギルド長の肝入りで、よくギルド長室に入る姿が目撃されているようです。ある冒険者パーティーからの情報ではギルド長が目上の者に対する対応をしながら二人に対応し、帰った後は正気を無くして暴れ狂っていたとか」
「は、ははは。冗談だろう、侯爵令嬢が冒険者になるなど、しかも、S級?」
「ベルンとダール。ロゼッタ・ベルン、グシュタット。そして、キーリの本名はキーリクライク・プライ、ダル、というそうですよ」
クリスの言いたいことがわかってしまった。
一つ一つはちょっと気になるがどうでもいいこと。しかしその全てを繋いで行くと……
「そういえば、事前にガイウス様がベルングシュタット家に向かっていたとか。ロゼッタ嬢がリオネル様と不仲ではないかとエレオノーラ様がガイウス様に言っておられましたな」
つまり、ガイウスがリオネル暗殺を考えた時、リオネルが婚約者と不仲だと知った。そこで巻き込むためにベルングシュタットを訪れた、ロゼッタ嬢にリオネル暗殺を持ちかける。
そこでガイウスが暗殺を企てたことからロゼッタ嬢はここでは了承の意を唱えたのかも知れない。
だが、その陰で自分は冒険者となって地位を築き、さらに王族からの護衛依頼をギルド長に斡旋させ、リオネルを守りきった、と? クリスはそう言いたいのか?
なるほど、確かにそれが事実であればガイウスはわずか8歳の小娘に手玉に取られたことになるのか。
「クク、ハハハ、もしも事実であれば、凄いな」
「ええ、ええ。そうでしょう。事実であれば。これほど愉快な事はありますまい」
ロゼッタ嬢、俄然興味が湧いて来た。その内直接話を聞いてみたいモノだ。