1172話、ロゼッタ、それぞれの冬休み・9
「この辺りのはずなんだけどー……」
本日、冬休みなのでゆっくり王族図書室で本を読み漁ろうとしていた私だったのだけど。緊急連絡を受けて急遽ライオネルからメルクナードへとやってきていた。
緊急連絡を送ってきたのはメルクナードの戦乙女ことリーヤ。
「師匠! お待ちしてました」
「うん。私じゃないと対処できない事態が起きたって聞いたけど、なんぞ?」
「はい、それなのですが、おそらく説明するより見ていただいた方が速そうなので、ちょっと空飛んであっちの方見てください」
どゆこと?
まぁ言われるままに見てみるけども。
えーっとこっち方面見ればいいのね。
空を飛んで言われた方角を見る。
……なんぞ、あれ?
んー、目を半眼にしてしっかりと見てみれば、見覚えのある生物であることが分かった。
とはいえ、記憶にある虫にしては大きさがおかしい。
一度地上に降りてリーヤの元へ戻る。
「何あれ?」
「マウンテンペンタトモイデアという魔物らしいです。私も見たのは初めてなんですけど」
リーヤの話によれば、アレは数千年に一度現れると言われる幻想系魔物の一つで、山のように巨大なカメムシ君であるという。
カメムシってなんぞや? という方がいれば、臭い虫と言えばだいたい想像が付くだろう。
一応カメムシ類は多岐に渡るのでリンゴみたいな匂いのカメムシとかもいるらしいんだけど、一般的には忌避される存在だ。
大体冬間近から越冬のために室内侵入してきて春頃去っていく。
あんなデカいのが大量発生したら私はこの世界滅ぼす自信がある。それくらいゴキブリ君と双璧を成す危険生物なのである。
何しろ、ゴキは居るだけでなんか殺さねばという気持ちになるが、カメムシ君は触れればキュウリを濃くしたような、あるいは青臭いバナナのような臭いを吐き散らし、空を飛び、壁に当たれば衝撃で臭いを吐き散らし、踏みつければ臭いを吐き散らす。
茶色だったり緑だったりでたまにアスファルトの上とか歩かれてると踏んづけちゃうのだ。
そりゃもうものすごい臭いをずっと嗅ぎ続けながら周囲に臭いハザードまき散らすことになるので悪臭兵器と言わざるを得ない生物である。
音もなくついさっき見た場所にちょこんといる。急に飛んで迫ってくる。
気付いた時には服にくっついているなど、ゴキブリ並みに恐ろしい生物なのだ。
何よりあいつら、なぜか人に目掛けて飛んできて止まろうとしてくるから厄介なのだ。
そのまま臭液吐き散らされるともう、最悪である。
さらにいえば洗濯した靴下やらパンツの中に入り込んでる場合すらあるという、危険生物なのである。ちなみに、噛む。
「昔の記録によれば、刺激を受けたマウンテンペンタトモイデアが吐き出した毒液により世界の半分が死滅したとか」
どんな殺戮兵器かな?
「ともかく、出現してしまった以上駆除すべきなのですが、問題はどう処理すれば安全に駆除できるのか、ということで、各国合同協議会で紛糾しまして、なら専門家を呼ぼう、ということになりました」
それでなんで私? いや、まぁ、確かに安全に駆除できると考えれば私を呼ぶのはわかるけど。
「何かいい方法ございますか?」
「とりあえず結界で周囲の空気を遮断すればよくない? こんな感じで」
ほいっとマウンテンペンタトモイデアの周囲に結界を張る。
うげ、結界に反応して尻から液体放出しやがった。
まぁ結界に阻まれて自分に臭いがかえって……なんか凄く苦しみだしてない?
「ああ。一説によれば自分の毒に耐性はないらしいですね」
悲しい生物、なんだよ……
「とりあえず捨ててくるね」
「ドロップアイテムは取らないんです?」
「大陸の半分殺しつくす毒液吐き散らしてるのに、毒液塗れのドロップ品を回収しろと?」
「……いりませんね」
「ええ、ちょっと宇宙に打ち上げて太陽葬しておきましょう」
魔法で結界ごともだえ苦しむマウンテンペンタトモイデアを持ち上げ、風魔法などの合わせ技でロケットの如く真上に打ち上げる。
超高速で撃ちあがったマウンテンペンタトモイデアは空気の断層を粉砕し、空を超え、成層圏を超え。宇宙へと消えていく。
「カメムシ君は、星になったのさ」
「ロマンチックな方法で凶悪生物駆除しないでくれません? 後世に変な残り方しますよ」
はは、そんな馬鹿な。
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後にライオネル王国史女傑ロゼッタ列伝篇に曰く。
メルクナード南西に出現したマウンテンペンタトモイデア討伐に参加したロゼッタは他の有象無象を放置し、結界によりマウンテンペンタトモイデアを捕縛、空へと打ち上げた。
毒液の被害は全くなく、人類史上初の無被害マウンテンペンタトモイデア撃退戦となったのであった。
遥か彼方へと飛び去って行くマウンテンペンタトモイデアは、まるで空へと駆け上がる飛龍の如く、人々は平和の祈りを捧げたという。
以後、空を駆け抜けたマウンテンペンタトモイデアは星座となり、今の世界の夜空を彩るカメムシ座となったとされている。




