1090話、ロゼッタ、その経験を糧にして
「僕は、結局なんだったんでしょう……」
男園島に戻った私たち。
部隊長のホーエンハイムを筆頭に食料調達へと向かう兵士の中で、一人だけ、ライアネリオ君だけは私の前から離れることなく、俯きながら告げた。
肩を震わせ、拳を握り、渦巻く感情を押し殺す。
わかっていたことだろうに、信じたくはなかったのかもしれないけど、これが現実だ。
「私が、憎い?」
「……違います。サルガーさんに襲われた理由は元をただせば僕らがカスタローレル王の命令であなたたちを殺そうとしたのが理由ですし、サルガーさんを信じたのは僕の罪。抱かれたのも、僕が弱かったから。でも、でも信じたかったんです。絶望しかなくて、もう死んでしまおうと思ったとき、優しく声をかけてくれて。守るって言ってくれて、幸せにするからって約束してくれたサルガーさんのこと、信じたかったんです。こうなるって、わかってたけど」
「それでも、奥さんに連絡してサルガーをカスタローレルに戻したのは私よ? 彼が訓練を諦めるきっかけを作ったのも私」
「いいえ。あのパワーレベリングも、ライオネル軍が通った道なんですよね。リタイアは、今まで何人ですか?」
「……カスタローレルの五人が初めてね」
「サルガーさんたちの意思が、弱すぎたんです。それは、きっとあなたのせいじゃないですから。それに、彼らをカスタローレルに戻したのだって、彼らがこれ以上壊れないように思ってのことですよね?」
「賢しいわね。そうよ、あのままだったら彼らは自暴自棄になっていたわ。それこそ、獣兵たちのような感情の崩壊とは違って、周囲を巻き込み自滅するような最悪な方法で潰れるわ。そうなる前に、あなたたちから遠ざける必要があった。それに、役立たずだと思い込んだ自分を必要としてくれる人の元にいた方が、精神は安定すると思ったのよ」
「……はい、ご家族との再会を見たので、わかります。ただ、サルガーさんが僕のこと迷うそぶりすら見せずに新妻さんを選んでいたから、あまりにも、ショックで。僕は、あの人の何だったんだろうって」
こういう話って普通は女の子が相談に来る話なんだけどなぁ。
でも、相談に乗る内容自体は同じだから、返す言葉も同じである。
「考え方が間違っているのよライアネリオ」
「……え?」
「まず、サルガーにとっての貴方はどうだったか、じゃないの。貴方にとってサルガーはどうだったか、よ」
「僕にとっての、サルガーさん?」
「そう、他の誰かが下す貴方の評価じゃなくて、貴方にとってサルガーがどんな評価だったか、彼が必要とした貴方の評価じゃなく、貴方を必要としていたサルガーはどうだったか、楽しかった? 愛していた? それとも、縋るべき柱でしかなかった? 結論がでたなら、それを糧にしなさい」
「糧に?」
「そう、もうサルガーはいないわ。この先、貴方はどうしたい? いなくなったサルガーに思いを馳せて潰れるの? それとも、彼が幸せになることを願って自分の幸せを探す? 逆に自分を捨てた彼を見返すくらい幸せになる? 考えることを放棄して訓練にいそしむ? どの結論を出しても私は尊重するわ。貴方自身が、彼との日々にどう決着をつけるか決めなさい」
青年は、胸に手を当て俯く。
ここから先は本人次第だ。
縋るべき者を失って共倒れするのか、この喪失を糧に歩みだすのか、その場で踏み止まり他者に変化をゆだねるのか。
「それと、我慢する必要はないわ。泣きたいときは、男だからとか、女だからとか関係なく、泣きなさい。周囲なんて気にせずに、大声上げて、なぜ泣きたいか、何が悲しいか、訴えながら赤ん坊みたいに泣き叫べばいいの。男の子は我慢すべき、なんて古い昔の慣習でしかないのだから」
考え込む青年の顔が苦痛に歪む。
自分に起こった不幸。あまりに非情な現実。
助けを求めても誰も救ってはくれなかった。
私にも責任はあるので、彼の傍により、頭を撫でる。
「う、ふぐ……ぼく、は、僕は、嫌だった。ほんとは嫌だったんです。皆で無理矢理襲ってきて。抵抗できなくて、なのに、なのに……」
決壊した。
縋るように泣き出した彼を優しくなでる。
リオネル様。これは、その、浮気じゃないからね?
大声で泣く青年の声。きっと他の兵士たちにも聞こえてるだろう。
しかし、その場にいる誰もこちらに視線を向けようとはしない。
ただ、悲痛な顔を浮かべ、己の作業に没頭していた。
青年の受けた辛さはきっと、彼らでは癒せない。彼ら自身が加害者なのだから。
「一人だけ、だったんです。サルガーさん、一人だけ。優しく声をかけてくれて……」
蹲り嘆く彼が死を望んだ時、優しく声をかけ、気にかけてくれた。
けど、彼も加害者だ。結局襲ったのは他の兵士たちと同じなのだ。
それでも、優しくしてくれたから、彼を頼った。
頼るうちに、思い込んだ。この人といればきっと幸せになれる、自分は救われる。そう思い込むことで生きる糧にした。
でも今、彼の支えが消え去った。
「すまねぇ」
どすり、地面を叩きつけ、食事の用意をしていた兵士が震えた声でつぶやく。
「俺なんだ、お前を、お前を襲おうって言ったのは。女顔だったから、新兵で力もなかったから。俺が、俺なんかがっ」
そこからは、他の兵士たちが寄ってきて、泣き顔の青年へと土下座し始める。
戸惑う青年に、彼らは己の犯した罪を告げていく。
……なんだ、これ?




