1000話、フェイル、聖王国脱出
SIDE:フェイル
正直に言えば、緊張している。
今までは責任ある立場とはいえ、兵士達を導く戦いや、お嬢の後始末など、そこまで苦も無く行えていた。
自分自身も、副総司令官として十分戦える、そう思っていたが、ここにきて想像以上の重圧が掛かっていた。
増えていく守るべき人たち。
迫り来る無数の敵。
いくら相手が楽に倒せる存在だとしても、だ。
私一人なら、聖女殿だけであれば、十分対処出来る状況だった。
これに加えて聖女派の人々まで護衛しながら撤退、ソレはさすがに私一人では難しい。
いや、恐らくできるのだ。できるのだが、少しでも気を抜けば、あるいは運が悪ければ、敵の放った流れ弾で誰かが怪我をするかもしれない。当たり所次第では即死だってありうる。
たった一人のなんと心細いことか。
お嬢にこれも経験だ、と言われて一人で来たものの、さすがに少し後悔している。
二、三人、せめてパンダフ達をここまで連れてくれば良かった。
とはいえ、泣き言を言っても仕方ない。
旗が使えればそれに越したことは無いし、恐らく得意な武器があるだけで完全勝利は可能だろうが、今ある武器は剣だけだ。
アイテムボックス内に仕舞ってあるとはいえ、ここでライオネルの旗なんぞ振り回せば我が軍が来ているとことがバレてしまう。
折角鎧も何もかも着ずにやってきた意味が無くなってしまう。
この剣もこの国に来た時に旅の商人から買った安物なのだ。
万一落としたとしても素性がバレることはあるまい。
ともかく、トラヴィスを待機させている脱出地点まで間もなくだ。
今のところ誰も脱落してはいないが、足の遅い者が数名。
普段走ったことが無いせいだろう。
魔法で速度や体力を上げても付いてくるのがやっとといったところだ。
その為、彼らに歩調を合わせないといけないので敵の兵士によく追い付かれる。
今のところは私だけで対処できているが、やはり聖女殿を降ろした方が良いだろうか?
いや、彼女は最優先で守るべき存在なので手元から遠くにやるのはマズい。
起こる可能性が低い万が一のためにも、対処可能な自分の傍に居て貰う方がいいだろう。
「助力感謝する、聖女様近衛部隊隊長のネーデルだ。戦力にならないかもしれないが、手伝わせてくれ」
「いや。今はいい。ともかく全員無事に脱出することだけを考えてくれ。逃走ルートは既にあるんだ。後は誰も脱落せずに脱出出来ればそれでいい。遅れている者を叱咤してくれ」
「……了解」
少し不満そうだが、今は争っている場合でもないと、彼女はすぐに遅れている者たちを急がせる。
なんとか行けるか?
いや、感知に側面から敵が来ている。
ええい、仕方ない。バリー!!
「ありゃ、残念。俺が参戦しますよっと」
念のため付いて来て貰っていたバリー。
彼が助力するということは私一人での任務遂行を諦めたということだ。
本来は一人きりで全てこなせればお嬢も総司令官を完全に任せたいと言われていたんだが、さすがに功を手に入れるために彼らを危険にさらす訳にはいかない。
前方の敵を迎撃している間に側面の敵が追い付いてくるので、万一失敗すれば一人か二人に負傷者がでるからな。
そうなるよりは、使えるモノは全て使って無傷で脱出させる。
我々は盾なのだ。
助けるモノを守るべきであり、自身の功績の為に剣になる必要はない。
だから、これでいい。
側面の敵はバリーに全て任せ、護衛対象全員を所定位置へと向かわせる。
そこには既にトラヴィスが待機しており、やってきた護衛対象達に指示を出している。
「ここの壁だ。全員、この地面に書かれた矢印に沿って駆け抜けてくれ」
「か、駆け抜けろって、目の前壁だぞ!?」
「良いから走れ!」
ばんっと背中をネーデルに叩かれ、信者たちが目を瞑って壁に突撃する。
壁に触れた瞬間、そのまま壁の中へと消えていく信者たちに、近づいて来ていた敵が驚き目を見張る。
「馬鹿な!?」
「壁を、すり抜けた!?」
一人が突き抜ければ、他の皆も即座に後を追って行く。
私は聖女を抱えたまま壁を潜り、トラヴィスが潜ると同時に幻惑魔法を解除。さらに土を操作して壁をそっくり作り直す。
私が聖女を助け出している間にトラヴィスがここの壁をくりぬいて幻惑魔法で隠しておいたのだ。
トラヴィスと、遅れてやってきたバリーが私に追い付いてハイタッチしている。
二人とも楽しそうで何より。
「バリー、町壁から狙う奴らを頼む。トラヴィス。馬車の作成を!」
「「了解」」
「パンダフは!」
「所定位置で待機済みです。馬車作成完了、全員これに乗ってくれ!」
「そらそら、土で作った矢だから当たった後は土に戻るぜ。テメェらに証拠なんざ残すかよっ!!」
バリーが凄く楽しそうに走りながら後ろに矢を射っている。
どうでもいいがそんな一辺に無数の矢を放ってたらどこのヤツかバレバレじゃないか?
さすがに分からんか。
馬車に全員が乗り込むのを確認し、私が最後に乗り込む。
バリーが馬車の幌へと飛び乗りさらに矢を射る。
トラヴィスは御者台へと乗るが、そこに乗る意味は無いだろう。
ゴーレム馬車だから思念で動かせるし。
「なんだこの馬車。どっから出て来たかも不明だが、速い!? 揺れもほとんどない」
皆驚いているようだが、これはゴーレム馬車だから馬と違って疲れもしないぞ。魔力次第だが。




