998話、アルマティエ、聖女の危機
SIDE:アルマティエ
ソレは最高司祭との仲が険悪になって数日後の出来事だった。
ついに死傷事件が起こった。
神官たちの小競り合いの中、武器を持った神官により、聖女派の一人が傷を負ったのだ。
そこから先は武器を持ち相手を傷つけあう抗争に発展。
神を称えるはずの大教会が血で血を洗う戦場になってしまった。
神々が嘆いている、かと思えば実はそうでもない。
兄神様なんて戦争だ戦争だ、と柏手打って楽しんでいる。
妹神様は争いはあまり好きではないのだけれど、この先私がどうなるかが楽しみでワクワクしているらしい。
神々の期待が争い止めて、じゃないのがちょっとショックだわ。
神として人々の争いに嘆くくらいはするかと思ったのに。
やはり人の感情では測れませんね、神々にとっては私達の抗争は猫同士の争いとそう変わらないのでしょう。
「聖女様、け、喧騒が近くまで来てます、こ、これ、不味いのでは?」
「不用意に扉は開かぬように。全く、最高司祭派は余程私を殺したいみたいね」
全く、なんでこうなったのかしら?
いえ、むしろ、最高司祭派ではなく私を疎ましく思っていた者たちがこの機会に聖女を消してしまおう、と思っているのでしょうね。
彼等にとってみれば神の御声が本当に聞こえてるか分からない私の言動など信じるに値しないし、なんなら自分たちが適当にでっち上げた言葉を神の言葉として国に発表して甘い汁を吸いたいと思っているのかもしれない。
全く、この国にすらどうしようもない思考の権力者がでてくるなんてね。
しかもやりたいようにやっても神罰が下らないから調子に乗ってるし。
神にとっては彼らの行いなどどうでもいいし、その行いで絶望に沈む人間がいくら出ようと気にすることもない。
彼らにとって人間とは暇つぶしの観賞対象でしかないのである。
とはいえ、彼らが推している人間に危害を加えようとしてしまえばたちまちに神罰が下るのだけど。
神々が神罰を降すのなんてその程度のことなのだ。
余程神々を罵倒して憤慨させない限り、いや、そんな事をしても神罰が下ることは無いだろう。
ロゼッタ・ベルングシュタットでさえ神罰を受けていないのだから。
だから、たとえここで私が無残に殺されようと、それは人々の営みの一部としてしか神々には見られない。
悔しいかな、私では神々が保護したいと思うほどの推し人物にはなれないようである。
「聖女様、扉がっ!」
随分と激しい攻撃だ。
扉が軋み始めている。
これは、もうすぐ破られるだろう。
「皆さん、窓からお逃げなさい」
「だ、ダメです、逃げるのならば聖女様から先に……」
「この場に居れば聖女殺害の現場を見られたと殺されましょう。しかし貴方達だけ逃げればただの保護対象となるはずです。縄は用意してますね。さぁお行きなさい」
なおもこの場に留まろうとする聖女派の神官たちを窓から縄を垂らして脱出させていく。私の護衛である兵士達も同様に送りだす。
この部屋にある窓は木枠で塞いでいるだけなので、木枠を取ればすぐに外に繋がるのだ。
と言っても外から入られないためにかなりの高所に窓があるのだけど。
たまに縄を使って脱出してるのでちゃんと降りれることは確認済みだ。
私以外の全員が脱出した。
護衛の兵も神官も全員だ。近衛騎士の女性は一番大切な抱き枕を凄く持って行きたそうだったけど、空気読め。と送りだしてやった。私だって我慢して隠しただけにしてるんだから諦めろ。
扉が粉砕し、兵士達が雪崩れ込んでくる。
神官兵たちは皆殺気だっており、その隊長格だろう、一人が私の元へと近づいてきた。
「聖女様、他の者たちは?」
「窓より脱出させました。彼らはただのアルカエスオロゥの臣民。貴方達が殺す対象ではないでしょう?」
「それは……そうですな」
ふぅ、と息を吐き。髭の兵士は私をしっかと見る。
「聖女様。非常に申し訳なく思います。思いますが……死んでいただきたい」
「全く、最高司祭は何を考えているのだか……」
「最高司祭様は関係ないのです、貴女に死んでもらいたい者たちは他に居るということです。最高司祭様はなんとか穏便に聖女の任を解き、次期聖女の育成に力を入れてほしいと言っておりましたからな」
「……そう。ソレを聞いても、貴方は私を殺すのね?」
「貴女に居て貰っては困る、そういう者もいるということです」
「天罰が下るとは思いませんの?」
「我々神に近い者たちだからこそ、分かるのですよ。たとえ聖女を弑しても神々からのお咎めはないと」
まったく、どうしようもない世界ね。
折角この世界への興味が出て来たところだというのに。
聖女には、聖女以外であることすら罪だというのかしら?
「聖女は辞めます、といっても?」
「貴女が生きていることが問題ですから。では……さようなら聖女様」
ふぅ。ここまで、か。
多少なりとも時間を伸ばしてみても、戦闘能力もない私一人では何も出来ない。
凌辱されないだけマシでしょう。
この部隊長さんも、私が一番楽に死ねる方法を取ってくれたんだろう。
ソレはある意味慈悲であった。
ただ……
「がぁっ!?」
窓から飛び込んできたソレが部隊長さんを蹴り飛ばす。
部隊長と入れ替わるように場に飛び込んできたのは一人の男。
さすがに身バレしたくなかったのか武装の類は一切着ずに、一振りの剣だけを持って私に背を向ける。
「遅れてすいません、救援に来ました聖女殿」
一度だけこちらに振り向き微笑み掛ける男の顔に、見覚えがあった。
「フェイル……様?」
「ご安心ください、貴女は私が……護りますっ」
男らしい背中が告げる。私の胸が、トクンと揺れた――




