プロローグ
悪役令嬢モノに本格挑戦してみました。
恋愛要素よりもファンタジー要素メインなためこちらで投稿。
一応リオネル君との純愛モノ、な筈です。
私、小柴寛子はOLをやっていた。
やっているではない。やっていた、だ。厳密に言えばまだやっている状態だが、長くは無いだろう。
正直自分が何故こんなことになっているのかよく分かっていない。
つい先ほど、残業を行っていたのだ。
終わり際、お疲れ様です。とまだ残っていたOLが珍しくお茶を淹れてくれた。
疑いすら抱かず飲んだ。それはもうごきゅっと思いっきり、そこまで湯気は立ってなかったため、熱くないと思ったからこそ飲んだのだ。
そして吹いた。否、吐いた。ただ吐くだけなら良かったが何故か赤い液体になっていた。
血だ、と認識した時には身体の力が入らなくて、あ、これ、死ぬんだ、ってなんとなく察した。
これでも必死に頑張ってきたつもりだ。
今年でついに40代の大台に乗り、見事お局様の称号を手に入れても、同期が20代の頃にほぼほぼ寿退社、残っていた者たちも次々に辞めて行った中でも、私だけは必死にがんばったんだ。
その結果、私以外は20代という年の差ができてしまった。
もちろん、私だって歩み寄ろうとしたんだ。必死に話題のモノを試して、テレビも雑誌も若者向けを読み漁って、話を合わせようと頑張った。
でも、彼女達との間に開いていた溝はあまりにも深くて、いつの間にか打ち上げなどにも私だけ呼ばれなくて……
だから次第に仕事にのめり込んで、新人には必死に仕事を覚えて貰おうと厳しく当たった。
完全にお局様扱いで嫌われていって、辛かった。
私だって、皆と仲良くしたかったのだ。
皆が話題にしていた乙女ゲームだってしっかりクリアしたし、どこ聞かれても問題ないようにしていたのに。
音楽だって若者向けポップソング覚えまくっていつでも歌える用意していたのに。
いつの間にか年増なのにイキッてるとか言われて……ああ、切ない。
私はいつだってそうだ。頑張ろうとして、頑張り過ぎて空回り。
皆と話を合わせようとしたら覚え過ぎて逆に引かれるし。
どうして、私だけ……?
「ちょ、どうすんのよこれっ、あんた何飲ませたの!?」
「し、知りません、ちょっとした悪戯のつもりで雑巾絞っただけで……」
不意に、耳に届いた二人の声。
ああ、もう一人居たのか。もはやどうでもいい。私はOLだった自分に別れを告げる。たぶん、もう無理だ。救急車もまだ呼ばれてないみたいだし……
そういえばあの雑巾、ちゃんと洗ったの見たことないな。たしか少し前に漂白剤ぶちまけてたのを誰かが拭いてなかったっけ?
はは、洗わなさ過ぎてなんか凄い毒物に進化したってか? やってらんねぇ。
なんとか身体を仰向ける。
滲んだ電灯が眼に映る。
知らず、手を伸ばしていた。
電灯がさらに滲む。ゆっくりと、急速に、眼に映る世界が滲んで行く……
……
…………
…………もしも。
もしも生まれ変われるのなら、次はもう、二度とこんな人生はごめんだ。
どうか、もう一度、今度こそ、悔いのない人生を……
……
…………
………………
「……ッタ……」
な……に?
誰かの声が聞こえた。
ゆっくりと目を開く。
私……生きてる?
薄ぼんやりとした視界の中、何かが見えた。
人、影?
私……何してたんだっけ?
えーっと、そう、だ。後輩のOLに毒殺されて……
死んどるっ!? めっさ死んどるっ! 後輩から恨み買って暗殺されちゃったよ!?
一気に覚醒して起き上がる。
目の前にいた誰かと頭をぶつけた。
ぐはっ!? めっちゃ痛い……
「痛ったぁ……」
頭を押さえながら前を見る。
世界に色が戻るように、目の前の光景が視界に入る。
……え?
緑の大地が広がっていた。
青い空が広がっていた。鳥さんが空を舞っている。あ、でっかい鳥に食べられた。
私、外に居る?
気が付けば、鼻に香る外の空気、頬を撫でる風の感覚、お尻や足に感じる草原の感触が伝わって来る。
なんで? 救急車で運ばれたなら病院だし、死んでないだけならオフィスに居るはず。
なんで、外?
でっかい家が視界の片隅にある庭のような場所ですよ? 壁で囲まれてるから庭だよね? 天国?
「あったぁ……酷いじゃないかロゼッタ」
え?
透き通るような綺麗な声、しかも小さな男の子の声だ。
少し視線を声の方へと傾けると、そこには……呼吸を忘れるほどに綺麗な顔の少年がいた。
思わず目を見開いて魅入る。
サラサラの銀髪、まるで王子様みたいな服装。
かぼちゃパンツだ。プリンスだプリンス。そこだけ笑える。
頭を押さえている姿がきゅんっと萌える。
四十年生きてショタコンに目覚めるとか終わってる自分を自覚してしまうが、絵本から、いや、むしろBLゲームから飛び出て来たような可愛らしい少年がそこにいた。額から血を流して……
ってぇ、血ぃっ!?
「ちょ、ちょっと、大丈夫っ!?」
「へ? 何? どうし……じゃない、ロゼッタ大丈夫なのっ!?」
「「血が一杯出てるじゃないっ」」
私と彼は同時に同じ言葉を吐いていた。
「「え?」」
そして二人して目を丸くする。
同時に自分の額に手を当てる。ぬるっとした感覚と痛みにひぅっと呻いた。
私も、血を流してる?
というか……身体がおかしい? いや、おかしいというか、小さい?
あれ? 待って? 私、ロゼッタ? いや、私は小柴……違う。私はロゼッタ。そう、ロゼッタ・ベルングシュタットだ。
認識した瞬間、自分が今まで生きて来た八年分の人生が脳内に流れ込んでくる。違う、認識上小柴の方が私じゃない奴だ。私はロゼッタの方だ。誰なの寛子さん。
違う、そうじゃない。元々あった記憶がフラッシュバックする、といった感じだろうか?
そうだ。私はロゼッタ。ロゼッタ・ベルングシュタット。小柴寛子じゃない。
……そうじゃないな、小柴寛子、だった。が正しいのか。
私はロゼッタ。前世が、そう、前世が小柴寛子。四十年の時を経て後輩に毒殺された孤独なお局様だ。うん結局お局様で処女死した。40年間守り通したんだよ。ダメじゃん。王子様じゃなくても誰か貰ってほしかった。
……ああ、そうか。
私……結局死んだのか。
死んで、そして生まれ変わった。
小説とか漫画とか、ライトノベルでよく使われてた異世界転生モノ、とかその類だろうか?
見た感じ本当に王子様みたいな顔だし。目の前の少年さん。
もう一度じぃっと見つめてみた少年。なんというかいつまでも見ていたい少年だなぁ。おお、ぐるぐるだ。少年が一人、少年が二人、四人に増えたぁ?
……あれ? なんか、めまいが……
「あ、ロゼッタ。ロゼッタッ! ああ、もう、誰かーっ……」
最後に大声で叫ぶ少年の声を聞きながら、私の意識はゆっくりとブラックアウトして行くのだった。