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終わりの始まり・序

 はじめに家族の異変に気付いたのはぼくの誕生日である10月18日を迎える少し前、17日の夕方だった。

 次の日が誕生日ということもあり、上がっていたぼくは公園で長居をしてしまった。


「じゃあ俺そろそろ帰るわー」

「じゃーねー」


 公園を出たぼくは腕時計を確認する。5時半を回っている。門限まであと10分しかない。このままでは間に合わない。そう思ったぼくは先日見つけた近道を通ることにした。



 大通りの途中から裏路地に入り、真っ直ぐ家を目指して走る。少しでも遅れれば外出禁止になってしまう。足を止めるわけにはいかない。だがぼくは足を止めた。止めざるを得なかった。

 ちょうど十字路になっている場所を右に曲がろうとしたとき、


「約束通りに用意したぞ!これで勘弁してくれ!」


 大きな声が裏路地に響き渡る。驚いてぼくは足を止めてしまう。普段こんな所に人が来ることはない。僕は角のゴミ箱の影に素早く身を隠す。

 恐る恐る覗き込んでみる。男が二人、向かい合って立っている。左の男の中肉中背の男が右の背の高いスラッとした男に何かのケースを渡している。逆行で顔はよく見えない。状況から、恐らく大声を出したのは、左の男だろう。


「落ち着け。他のやつらに聞かれる。特にこの時間帯は人通りも多い。少しは警戒しろ。文句なら後で聞いてやる」


 今度は右の男が言う。その声は冷静で、低く隙がない感じだ。どこかで聞いたことがあるような…。


「これ以上の要求はしないでくれ。こっちにも生活がかかってるんだ」

「分かっている。ヒムロ、お前は今までよくやってくれた。私のわがままも聞き入れてくれた。今日で終わりだ。無理を言ってすまなかった」


 一通り会話が終わり、路地裏には静寂が訪れる。ピリピリと緊張感が伝わってくる。だが、ただじっとしているわけにもいかない。ぼくはここで一度彼等の話を整理することにする。

 まず左の中肉中背の男。彼の名前、少なくとも右の男はヒムロと呼んでいた。二人はそれなりに長い付き合いになる。そして今回、痩せ男(右の男とする)は、無理な要求をヒムロにしたこと。会話とヒムロが渡したケースから予測して、金を渡したとする。ここでしか話せないことなので、法的に危うい取引でもしたのだろう。

 ぼくはもう一度彼らを見る。先程から黙ったままだ。一言も話さず、何かに集中しているようにも見える。自然と鼓動が速くなる。

 先に口を開いたのはヒムロだった。


「誰かいるな」


 その言葉を聞いてぼくはドキッとした。


「そいつは人か?」

「ああ、間違いない。多分会話を聞かれた」

「どうするつもりなんだ」

「決まっているだろう。話を聞かれたからには生かしておく訳にはいかない」


 さっきよりも鼓動が速くなる。今まで感じたことのないような恐怖。逃げよう。しかし、思うように体が動かない。何かに縛られているような感覚。これは紛れもない———殺気だった。

 ヒムロから殺気を感じる。理由は分からないがそう確信できる。

 足音がこちらに向かって来る。ぼくの体はまだ動かない。

 殺される。ぼくは悟った。冗談でも遊びでも脅しでもない。見つかれば間違いなくぼくの命はない。銃かナイフを持ったヒムロに抵抗する間もなく殺されてしまうだろう。

 逃げろ、とぼくの本能がそう叫ぶ。

 だが、いくら時間が経ってもヒムロはこちらには来なかった。10秒、20秒、30秒…来ない。

 ぼくがその事に気付くには少々時間がかかった。


「…?」


 本当ならぼくはもうこの世にはいないはずだ。血まみれで倒れているはずだった。だがまだ死んでいない。息をしている。心臓が動いている。

 ぼくは気になってまた彼らの方を覗く。ぼくは目を見開いた。

 ヒムロは、ぼくの3メートル位先の所で倒れていた。彼を中心に、何かの液体が流れ出ている。そして、錆びた鉄のような、鼻の奥にまで来る激臭。それが血であることは子供のぼくでもすぐに分かった。

 なぜヒムロは倒れた?考えるまでもない。そんなの決まっている。


「全く。お前の性格も困ったものだな」


 倒れたヒムロのすぐ後ろに、痩せ男が立っている。右手に握られているナイフから血が滴り、夕日が反射して不気味に光っている。


「『依頼以外の人殺しをした場合、死をもって償う』ボスがそう言っていただろう」


 よく見ると、ヒムロは辛うじて急所を避けられたのか、息はしているようだ。痩せ男は瀕死状態の彼に話している。だがその言葉は、ぼくに向けられているようにも聞こえた。


 『お前は死なない』と。


 ぼくは痩せ男の姿をよく見る。

 スーツ姿で、身だしなみはしっかりしている。メガネをかけ、手には頑丈なケースを持って…。

 そこで僕はまた固まってしまった。今度は恐怖だけではない。ぼくの中の負の感情が全身を駆け巡っている。

 男はこちらを見て、


「もう大丈夫だ。そこにいるんだろう?」


と言う。

 低く、だが透き通った声。聞き間違えるはずもない。この声を、ぼくは一番知っている。

 気づいたらぼくは走っていた。通ってきた道を全力で戻るように。—————現実から逃げるように。



 大通りに戻ってきたぼくは振り返り、一度路地裏を見る。あの男は追いかけてこない。当然だ。追う必要ですらないのだから。

 ぼくはゆっくりと歩き始める。今までの道を、今まで通りに。息を整えながら。楽しい事を考えながら。

 それが出来たらどんなに良いことなのだろう。呼吸はまだ荒い。忘れたい。だがぼくは今日あったことを絶対に忘れることはない。



 ————あの場にいたのが、ヒムロを刺したのが、父であることなど————


 帰る途中、六時を知らせる音楽が響き渡った。

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