まずは出会いから。
「あの、初めまして。私は、春山小春といいます」
突然だった。
僕は、いつも通り、教室で一人で本を読んでいた。
ラノベではない。
教室では、好奇な目で見られるのを避けるため、ライトノベルは読まないようにしているのだ。
ついでに、理由は他にもあって、僕の読む速度は結構早いので、ラノベだと三十分ほどで読み終わってしまい、朝学校に来てからの時間も入れて一日に約二時間弱ある休み時間に、何度も本を変えることになってしまうためだ。
部活でも五~六冊はライトノベルを読むので、十冊近くも読むことになってしまう。それは正直言って量が多すぎる。
はっきり言って異常だ。
そのため、僕は、いつも教室では英和辞書、もしくは和英辞書、もしくは古語辞典、はたまた漢和辞典、さらには国語辞典など、辞書を読むようにしている。
語彙力もつくし、すぐに読み終わってしまうこともない。さらには、奇異な目で見られることもない。
かどうかはわからないが、茶化されることはない。
その日は、高校生活三度目の月曜日。
曜日ごとにローテーションしながら辞書を読む僕は、その日、朝から国語辞典を読んでいたわけだが、そこへ、突然声をかけられたのだ。
「ええと、初めまして。僕は遠山和也。……、何か用かな? 春山さん」
僕は春山と名乗ったその少女に聞いてみる。
見覚えはないので、他クラスの生徒だろうか。
またあの幼馴染二人が何かしたとかだろうか。
中学二年を過ぎてからは、喧嘩も少なくなったと思っていたが……。
「いやあの、特に用とかではないんだけど、挨拶をしておいたほうがいいかなって思って……」
「え、全校生徒に? まめだね」
珍しい。奇妙、異常に分類されるタイプの珍しさではあるが。
兎にも角にも、面白い生徒がいるものだ。
と思ったが、
「ううん、同じクラスの人だけだよ……」
そう珍しい生徒ではなかったようだが、今度は逆に、僕の記憶力が怪しくなってきた。
二週間もたつというのに、クラスメイトの中に顔と名前が一致しないものがいるとは。
初めましてと言っていたが、僕はこのクラスの大半とはまだ話していない。
むしろ、向こうから声をかけてきたのは彼女が初めてだろう。
さてさて、どうしたものか。
いや待て、ん?
「だとすると、挨拶っていうのも結構遅くはないか? もう学校始まって二週間だよ? ああ、もしかして、僕のことは忘れていたとか? 別に忘れっぱなしでもよかったのに。僕と接点がなくたって、クラスで浮いたりはしないよ。むしろ、僕と話してるこの状況こそ、浮いているレベル」
「忘れていたとかじゃあなくて……。声をかけたのも、遠山君が初めてで……」
「え?」
「実は、私、入学早々にインフルエンザにかかってしまって、しかも、なかなか熱が引かなくって……」
「なるほど、それで、今日が初登校と、そういうわけか?」
「うん。それで、唯一グループが形成されてない遠山君に話しかけたの……」
「へえ、そういう事か、よろしくね、春山さん」
「うん。よろしく。さしあたっては、授業のノートを見せてもらいたいんだけれど……」
なるほど、そういう事か。
だべってる連中の中に割って入って話の内容がそれでは、嫌がられるであろうことが、容易に想像できるもんな。
「今日授業がある教科の分しかないけれど、いいかな?」
僕はそう言って、机の中からノートを取り出した。
「うん。ありがとう!」
それを受け取りつつそう言って笑った彼女の笑顔は、うっかり守りたくなるほどに可愛かった。
普通に考えて、辞書読んでるやつって頭おかしいですよね……。