表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザー・ライフ・クロニクル  作者: 蒼井 翼
2/3

ヴィオネの動乱

第一話を読んでくださった方々、ありがとうございます! 第二話も最後までお付き合いくださると幸いです。

失踪した春を追い、ALアナザー・ライフクロニクルの世界に足を踏み入れた怜奈達。仮想世界の街、「ヴィオネ」で春を探すつもりが、ある事件に巻き込まれ……

 《ユーザー名『ハル』のオウン・ワールドにアクセスします。データを取得中……完了しました。ようこそ、『アナザー・ライフ・クロニクル』の世界へ》

 

 草木の匂いが鼻をくすぐった。薄暗い一室のベッドの上、石でできた壁には苔が生え、小さな正方形に切り取られた窓から光が差している。

「怜奈ちゃん……だよね? 気安く話しかけたら眼力で石にされるって男子の間で噂になってる怜奈ちゃんだよね」

 目を覚ました怜奈に誰かが話しかける。

「……あんた亜矢?」

「その通り。何を隠そう、うちが未来の渋谷を担うギャル界の神風こと亜矢ちゃんだよ」

 他人のアバターでまるで亜矢には見えないが、中身にはしっかり生意気な精神を宿しているようだ。

「いやーよかったよ。女のアバターで。これ大して美形でもないヒゲ男のアバターとかだったらうち今そいつのギア頭に被ってることになって。そしたらうちアレルギーで頭はハゲるし顎はヒゲるし」

「私のアバターは……そうかユキさんか」

 いつもより微かに高い視線に違和感を感じる。というかこんなに胸あったかな。

「現実の自分の姿にできないのかしら。落ち着かないんだけど」

「VRでも自分の顔でプレーしちゃうって、痛いねー怜奈ちゃん。なんか適当なパーツ組み合わせても結構な美人になるのに。自信あるなー」

「うるさいわよ、ちゃんと設定にあるわね。あんたも顔変えてよ。いつものギャル顔ならまだしも、今の姿だと初対面の人に煽られてるみたいで虫唾が走るわ」

 ま、いっか。そう言いながら亜矢は指でスマホの液晶を拡大するように動かし、メインメニューを目の前に表示した。

「うーん。身長は別にいいんだけど、胸くらいは盛っとこうかな。怜奈ちゃんは? 現実通りAカップ?」

「失礼ね。Dはあるわよ……ってなんで私こんなことあんたに」

 怜奈はVRギアの内部スキャンのデータから自分の容姿を選択した。四角い光のパーティクルが怜奈の周りに発生し現実の姿に戻った。真っ黒な髪を肩に届かないくらいのショートボブでバッサリと切り、目にかかる程度に伸ばした前髪を右に流している。

「身長は百六十だったかな……よし、できた」

「うちも終わったよ。ちなみに名前もアヤに変えといた」

「じゃあ私もレナに……あんたそんなに身長あったっけ? まあいいわ。そういえば下黒岩さんは?」

「鬼……優陽ちゃん? そういえば見てないな」

 レナが辺りを見回す。部屋の中にはそもそもシングルベッドが二つのみ。他の場所からスタートしてるんだろうと思い、レナはメニューからマップ表示を探した。

「フレンド登録済みならユキさんが言ってたように下黒岩さんの場所を特定できると思うけど。マップが……噓でしょ。これがマップ?」

 レナが開いたのは到底地図と呼べるようなものではなく、方位を示す記号と、恐らくレナ本人を示すであろう小さな赤い丸、それを中心にいくつかの層となった白いサークルが表示してあった。

「私の隣に一つ白い点ある。これはあんたとして。北に八キロの位置にもう一つ。こっちが下黒岩さんか」

「北に八キロ……その窓の方角だね」

 二人が窓の外を見ると、辺りは木々に覆われた小高い丘になっていた。どうやらこの建物は森の廃屋か何からしい。

「レナちゃん、あそこに優陽ちゃんいるんじゃない? ほら、あの街。見える? その節穴で」

「見えるわよ、結構大きい街みたいね」

 現在地から五キロ程度先にその街はある。レナ達からでも見える程大きな建物が固まっているが、現代的な建物は見えない。前近代の西洋のような城壁に囲まれた街並みの中に一際大きな城や教会が立っている。

「うちらの格好からして中世ヨーロッパとかかな。いや、一個次か」

「詳しいの?」

「まあこういうファンタジー系のゲームも結構やってるからね」

 二人は同じ白いシャツに黒いショートパンツ、その上にブラウンの大きなローブを羽織り、足には黒いブーツを履いている。

「じゃあ早速あの街に行くわよ。ここでモタモタしてる程、私も暇じゃないし」

「だねー。戦闘の仕方とかは街に行くまでの間に身につけよっか」

 アヤは武器メニューから両手剣を取り出した。


 街に着くまでの森の中で、ある程度この世界での戦い方は理解できた。出てくるモンスターは王道のラビットをはじめ、他のたいていのゲームと変わりはしない。ただし、モンスターを倒してもアイテムはドロップしない。赤い魔力の結晶が散らばったもののそれを取り込むことができず、暫くすると地面に吸収された。

「私たちがスキルを使うときも魔力のゲージみたいなのは表示されないし、どうやらこのモンスター達が使う魔力と勝手が違うみたいね」

「てか魔力ゲージどころか敵のHPゲージも出ないよ。そういう仕様なのかな……うりゃっ‼」

 突然アヤの強烈なボディブローがレナに炸裂した。

「ぐっ……なにすんのよ!」

 レナの脇腹に小さな痺れが走った。痛覚が一定以上遮断されているため、鋭い痛みの代わりにといったようだ。

「うちらのHPゲージもだね。というかHPなんてあんのかな」

「さあ、別に春を連れ戻すのが目的なわけだし、大して強い相手と戦闘する必要はないでしょ。関係ないわ」

 あまりVRゲームに関心がないレナだが、経験がないわけではなく、持ち前の運動神経と反射神経で下級モンスター達を薙ぎ払っていた。

「それにしても、やっと着いたみたいね」

木々の間を抜けると、高さ三メートル程度の城壁が現れた。その上から背の高い幾つかの塔が見えている。

「どうする? レナちゃん。門があるところまで回る?」

「仮想現実の世界に玄関からお邪魔しないといけないルールなんてないわよ。登るわ」

「だよねーレナちゃん行っちゃって」

 レナは腰の後ろから短剣を引き抜き、固有スキルを発動する。短剣は眩い光の束を纏い、一瞬で(かぎ)付きの鉄の鎖に変化した。

「武器を自由に変化させる固有スキル、地味だけどなかなか使いどころがあるかもね」

 レナは鎖の鉤を城壁の上めがけて投げ、強く引いて食い込んでいるのを確認した。その鎖を伝ってレナが城壁に登る。現実ならこんなことができる程の腕力は無いが、ゲームの中なら男女のアバターで身体能力に差はない。レナが登り切ったあとでアヤも続く。

「さてと、なかなか立派な街ね」

 城壁の上から見回す限りでもバロック様式の背の高い建物が辺りに立ち並び、所々にある高い塔を持つゴシック様式の古い教会と調和している。

 レナは再びレーダーマップから優陽の居場所を確認する。先ほどよりかなり近づいている。やはりこの街の中にいるようだ。

「じゃ、さっさと回収しちゃいましょうか」

 そう言うとアヤは城壁の上から勢いよく飛び降りた。

「ぐほお!」

「おや? 何だろう」

 アヤが下を見やると黒い軍服姿の青年が下敷きになっていた。

「普通気づくだろ……貴様何でこのタイミングで降りた」

「あーごめん! 絶対避けると思って。ほら、レナちゃんも謝って」

「なんで私が。んしょっと」

 レナが二人の隣に着地する。

「貴様らよくそんな軽々とこの壁の上から……というかどけ! 女、いつまで乗っている。重い!」

「ねね、うちら今この街に来たとこで分かんないことが多くてさ。ちょっと色々聞かせてもらうね。あ、インスタしてる?」

「何の話よ」

「何の話だ! どけ! ああくそっ」

「お、おおお? ちょっと」

 男が立ち上がろうとするのに対し、何故かアヤが抵抗する。

「お、おおお……」

 そして肩車の形になった。

「何してんのあんたたち」

「外人顔だけど髪はサラサラなんだね」

「降りろ邪魔だ!」

「危ない危ないって! それよりうちらの話聞いてって。まずこの街って何て名前なの? 設定を確認させてよここのさ」

「そうね、まだどういう世界観なのか全く掴めてないし」

「そんなことも知らんのか貴様ら。世界観が何とかはよくわからんが、ここは『ヴィオネ』だ。農民の子でも知っているぞ」

「ヴィオネ……結構立派な街ね。あんたこの街の人間かしら」

「俺はアスタリアの軍人だ。見たらわかるだろう。というか貴様はいつまで乗っているんだ」

「あんま無理やり落としにかからないところがツンデレだね。その『アスタリア』っていうのは国の名前的なやつかな」

「ああそうだ。そんなことも知らんのか。教養の無い連中め」

「そんな体勢でそんなこと言われても……結構大きな国なの?」

「無論、ヨーロッパ五大国に名を連ねる大国だ。この帝都ヴィオネも大陸屈指の規模を誇る」

「なるほど、ヨーロッパって言葉は通用するらしいわね。ところで、この街に私たちの他にもPCの女の子が来てると思うんだけど、知らない?」

「PC? 何のことだ?」

 男が眉をひそめる。

「プレイヤー・キャラクターのことよ。NPCじゃない、プレイヤーが操作するアバター。知らない?」

「さっきから何の話をしているんだ貴様らは。NPCだのアバターだの」

「あんたまさか……」

 レナの中である疑問が沸きだした。

「ちょっと、その生意気な女の子を降ろしてくれるかしら」

「この生意気なうちを降ろしてよいい加減! セクハラ担当大臣! 妖怪組体操男! 乾燥ナメクジ! 高身長イケメン!」

「貴様が降りろ! そして最後のは褒め言葉だろ!」

 ギャーギャー騒ぎながら男の肩から降りたアヤにレナが耳打ちする。

「……どうした? 何をこそこそと」

「ねえあんた。名前は……マイケルだっけ」

「ユージンだと名乗ったろう。いや、今初めて名乗ったぞ」

「姓は?」

「ハーバーだ」

「ということは親もいるのね」

「ああ、まさか独りでに地面から生えてくるわけではないだろ」

「その親にも親が?」

「馬鹿にしているのか。当たり前だ」

 やっぱり、このNPCは。

「あんた今いくつ?」

「十八だが」

「うちらの一個上だね」

「子供の頃の記憶はある?」

「……もちろん」

「この街にはどれくらい人がいるの?」

「何ださっきから。六〇万くらいだと思うが」

「この国には?」

「二千万やそこら……正確には知らんがな」

「この調子だと大陸にもそれなりに人がいるらしいわね」

「何聞いてんのこれ」

 アヤがレナに尋ねる。

「信じられない……NPCがまさか子供を産むなんて」

「あー言われてみればね。でも、それって春がこのゲームにログインしたときに作られたデータだからホントに子供産むとは限らないんじゃ」

「そうだとしても、この人たちの中には自分が産まれて、今まで生きてきた人生の記憶がインプットされてる。現実の人間同様に」

「ふえー凄いねーAI技術って」

「凄いどころじゃないわよ。少なくとも、この国がある大陸の他のNPCたちにもそのデータが組み込まれてるかもしれないのよ。何億人いるか分かったものじゃないけど……一体どんなコンピュータープログラムがこの世界を」

 レナは目のユージンと名乗るNPCに目を移した。ストレートの黒髪、顔立ちは西洋人のそれだが、目元などに微かに東洋人の影を感じる。

「あんたの家、少し東洋人の血が混ざってるんじゃない?」

「ああ、このアスタリアは古くより東から来る騎馬民族との関わりがある。だから俺のように黒くて真っ直ぐな髪質の人間も多い」

「なるほどね……」

 レナは途轍もない事実の前に思考が追い付かなかった。この世界は恐らく、限りなく現実の世界に近い仮想現実。NPCとしての自覚を持たない何億人ものAIは個々に高度な感情と記憶を持ち、過去から未来に向けて時間が流れ、歴史が存在する。

「もういいか、貴様らの相手をしてやれる程、俺も暇じゃないんだ」

 そう言うとユージンは二人の間を通り過ぎようとする。

「それから、この街で人探しをするなら急いだほうがいい。今日この街は面倒なことになりそうだ」

「なぜ?」

 レナが尋ねる。

「この国の議会と軍部は今、二つに分裂しててな。貴族層で固まった中央政府を抜本的に改革しようとする、若い皇太子様を中心とした開化派。それに反対する貴族たちによる保守派だ。現在、軍部の開化派の筆頭である遼覇(りょうは)・フォン・ヘルムホルツ元帥は事実上軍の最高司令官となっている。だが彼とその直属の部隊は北の帝国プロスラントとの国境に張り付いていて、しかも皇太子様以外の皇帝家も殆ど、同盟国との会合のために隣国まで遠出してる」

「それで保守派が今日、皇太子を拉致でもして、議会にクーデターをしかけるかもと?」

「俺は噂でそう聞いてる」

「なるほどね、どうして皇太子様もそんな時期にこの街に。どこかに隠れていればいいものを」

「さあな。よっぽど宮殿の居心地がいいのかもしれん」

「んんん難しくてついていけないや……世界史の勉強もしないといけないのかな」

 珍しくアヤが神妙な面持ちで腕を組んでいる。

「まあとにかく、巻き込まれないように気を付けろよ……遅かったかもな」

「うわわ、レナちゃん! あれあれ!」

 アヤが指を指す方向、ここからそう遠くない場所で高々と煙が上がっている。

 ああ、面倒なことになったな。レナは心の中で呟いた。

「優陽ちゃん大丈夫かな」

「いっそログアウトしてくれた方が……というか皆で別々に春を探した方がいいんじゃ。いや、私しか居場所分からないのか」

 そう言いながらレナは再びレーダーマップを表示して優陽の居場所を確かめる。すると、煙が上がった方角だ。優陽を指すと思われる白い点が位置している。距離的にも重なっている。

「これはこの騒ぎに巻き込まれるしかないっしょ。動画撮って全国のJK達に拡散しないと」

「そんな目的? 下手に動いてゲームオーバーにでもなったらこの世界じゃ面倒なことに……ってこれ、アヤ!」

 レナが開いたレーダーマップにさらにもう一つの白い点が現れている。いくらか距離が離れているが、確実にこちらに近づいている。

「春……」

「貴様ら、その女の話はあとだ! 一旦この街から……」

 レナ達が表示したレーダーマップにユージンの目が止まった。

「貴様のそれは魔法か? 何故この城壁の中で……まさか黒羽と同じ」

「クーデターだかターミネーターだか分かんないけどやばいよレナちゃん! うちら今歴史の一ページを目の当たりにしてるよ!」

そう言うと、アヤは勢いよく煙の上がる方に駆け出して行った。

「おい、待て!」

「犬じゃないんだから、待てって言ったくらいじゃ待たないわよ」

「逆になんでそんなに冷静なんだ貴様は! 追いかけるぞ!」

 日頃バスケで培っている身体能力もあってか、アヤは凄まじい身軽さで複雑な路地を駆け抜けていく。レナも華麗な身のこなしでその後を追う。

「くそっあいつらホントに女か……」

 一際大きな通りに出ると、そこでアヤの足が止まった。背の高いバロック様式の建物が密集し、比較的新しい洗練された街並みをしている。

「これは写真撮んないと……あるよねあるよねその機能」

「いやそんなことしてる場合じゃないでしょ。武器の確認とかしてから」

「いや逃げろ! 何なんだ貴様ら……」

 肩を激しく上下させながらもユージンが二人に追いついた。

 すぐ近くで激しい銃声が聞こえる。どうやらかなりの騒ぎになっている。きれいなドレスやタキシードに身を包んだ人々が通りの右方向、大きな十字路を左に曲がった先から逃げまどっている。軍服の兵士たちも右に左に動き回り、パニックの様相を呈している。

「あの燃えてる建物、何か分かる?」

「……恐らく議会議事堂だ。さっきの場所からでも煙が見えるほど大きな建物で、保守派の連中が狙うとすれば。その先にもう一周城壁がある。その中が皇居のヴィオネ城だ」

「そこに皇太子様が?」

「ああ、だがもうもぬけの殻だろう。俺が保守派ならまず先に皇太子様を確保する」

「その口振りじゃ保守派って方じゃないらしいわね。ってあんたこんな時にさっきまで何してたの?」

「貴様らには関係の無いことだ。さっさとここから」

「行くよレナちゃん! 映えるぞ~これは」

「ああもう……下黒岩さんを回収するんでしょ」

 さらに二人は十字路の角まで駆けだした。レナとアヤの耳にピコンと通知音が鳴る。同時にフレンド登録したプレイヤーが近いことを示すポップアップが二人の前に現れた。

「近いわね」

 数十メートル先、議事堂は既に火の海の中にあった。その中から這い出るように傷をおった議員たちがあふれ出している。取り囲む保守派と思われる数十人の軍人たちが彼らを次々に拘束して、どこかに連行している。

「全国のJKに拡散するには刺激が強すぎるかもね」

「こりゃおっかないなあ。うちも流石に……興奮するってあれ?」

「下黒岩さん!」

 拘束された議会議員に混ざって優陽の姿が現れた。眠らされているのか、手足を拘束されたまま、兵士に担がれている。

「何で下黒岩さんが……」

 ユージンが駆け寄る。

「貴様らの知り合いがいたのか?」

「優陽ちゃん後で滅茶苦茶怒るだろうな……いっそログアウトすればよかったのに。どうしてしないんだろ。頭おかしいのかな?」

「何かの事情で出来なくなったのかも。面倒だけど救出するか……」

「腕が鳴るね。ゲーマー歴一〇年の実力、あの雑兵どもに見せてやらねば」

「本気か貴様ら⁈ おい! 待て!」

 レナは短剣を、アヤは両手剣を引き抜き、、勢いよく混乱の中に切り込んで行く。

「何だお前たちは……ぐっ!」

 突然の二人の攻撃に、敵が大きく動揺している。敵も銃剣で応戦するが女性を撃つことことをためらっているのか、大した抵抗も無くされるがままに蹂躙されていた。

「何をしている⁉ 刺し殺せ!」

「そんなおっかなびっくり攻撃しても当たんないよ!」

「アヤ! 私が優陽ちゃんを確保する! あんたはスキルでこの辺の奴らを攪乱しといて!」

「了解しました!」

 そう言うとアヤは武器の両手剣に炎を纏わせ、豪快に振り回した。

「こいつ何故城壁内で魔法を……?」

「ベタだけど映えるっしょ……オラオラかかってこい! 野郎ども! 蠟人形にしてやろうか‼」

 アヤが兵士達の気を引いている隙にレナが素早く拘束された議員たちの一団に詰め寄る。

「そこまでだ、小娘!」

 レナの正面に銃剣を構えた数人の兵士が壁を作る。

「撃て‼」

 数発の弾丸が放たれるものの、レナは即座に短剣を身体が全て隠れる程大きな盾に変化させ、これを防ぐ。

「何だと……‼」

 さらに盾を拳銃に変え、壁の真ん中の腹を兵士を打ち抜いた。出血のかわりに光のエフェクトが飛び散る。

「貴様!」

 左右の兵士がレナに掴みかかる。レナは銃を短剣に変え、片方の脇腹に突き刺すと、その男をもう一方に投げ飛ばした。間髪入れずに短剣を拳銃に変え、重なって倒れた兵士を一気に撃ち抜いた。

「中学生まで警察官が夢だったから、武道の経験が豊富でね。運動不足のVRオタク達よりよっぽど手強いわよ」

 多かれ少なかれVRゲームでの戦闘経験を持つレナとアヤはNPC達を完全に圧倒していた。アヤの方もほぼ無傷のまま暴れまわっている。

列をなして連行されている議員たちの中に優陽の姿を捉えた。レナは応戦する敵の間をするりと抜け、遂に彼女のもとにたどり着いた。

「悪いけど、その子返してもらうわよ」

 優陽を担いだ兵士の首元に拳銃が突き付けられる。

「降ろして」

「……くっ!」

 その場で男が慎重に優陽を横たわらせる。その後手を挙げたままレナに向き直る。

「一体貴様らは何者だ。開化派の連中に異端者がまだいたとは……」

「異端者? 何のこと?」

「異端者でないなら何故魔法遮断の結界の中で魔法が使える……黒羽の血縁の者か?」

 レナはモンスター達を倒した際に魔力の結晶が地面に吸収されたことを思い出した。この街に張られているという結界ではレナ達PCの固有スキルは無力化されないらしい。

「それで魔法も使わずに応戦を……この子はどうやって眠らせたのかしら」

「眠らせたわけではない……我らが城に突入した時には既に眠っていたのだ」

「城の中に……?」

 いったい何故? そもそもこの優陽の格好は……

「黒羽だ‼ 黒羽が出たぞ‼」

 アヤの周りに群がる兵士がどよめき立つ。

「なぜこんなに早く奴が……」

 兵士達の視線の先には大きな黒い翼を持った影が。空を羽ばたきながらレナたちのいる場所に迫ってくる。

「あれは……人?」

 その陰は徐々に大きくなり、兵士達の混乱が加速する。

「もう無理だ! 退散するぞ!」

「そうはいくか! 結界を解除するんだ!」

「この街を燃やすつもりか!」

「アヤ! この隙に脱出するわよ!」

「イエッサー‼」

 レナが目の前の兵士のみぞおちを思い切り蹴込む。

「貴様……」

「悪いわね。もらってくわよ……」

そしてレナの動きが止まった。

「どうしたの? レナちゃん」

 敵の合間を縫ってアヤがレナの下に駆けつけた。

 レナの目の前にはフレンドプレイヤーが近くにいることを示すポップアップが現れている。

「結界の中を翼を使って飛行……まさか」

 鳴り止んでいた銃声が一気に吹き返す。兵士たちは皆銃剣を上向きに構え、頭上から迫りくるその男を迎撃している。

「これ以上近づけるな! 撃ち落とせ!」

 迎撃も虚しく、男は翼をはためかせ、十分に弾が当たらない位置まで飛び上がる。そして急降下。レナ達の前に凄まじい勢いで着地した。

 その男は緩くうねった茶髪を目元まで伸ばし、幼さを残した顔立ちを覗かせる。黒い軍服に白いズボン、そして大きな黒い翼。

「春……‼」

 男は紛れもなく、陽川春その人であった。

「その女を渡してもらおうか」

「ヒガワン‼ やっと現れた。ちょっとイメチェンした?」

 アヤが春に歩み寄る。春は目にもとまらぬ速さでサーベルを抜き放ち、アヤの腹を切り裂いた。

「えっ……ええ?」

 身体に強い痺れが走り、アヤがその場に倒れ込む。

 さらにその上から春が一太刀浴びせようとする。間一髪、レナが間に割って入り、その一撃を短剣で受け止めた。

「何のつもり……! 嫌な冗談ね」

「邪魔だ。どけ」

「今だ、やれ‼」

 兵士たちが一斉射撃をしかける。春はすかさず飛び上がり、それをかわした。レナの胴体を二、三発の弾丸がかすめ、一発が腹を貫通した。

「うっ……」

 春が上空でサーベルに黒い邪気をまとわせる。勢いよくその剣を振り抜くと、黒い衝撃波が兵士達を吹き飛ばした。

「化け物め……」

 先ほどレナに仕留められた兵士が唸る。

 そして春は兵士達の中心に着地、彼らをなぎ倒していく。

「アヤ、立てそう?」

「何とか……結構ビリビリ来てるけどね。回復アイテムもあるし」

「何故かは分からないけど、春の狙いも下黒岩さんなら彼女を奪って逃げられるかも。あんた、気づかれないように下黒岩さんを連れて逃げて。あのユージンって人がまだ近くにいるかも」

「オッケー。レナちゃんは?」

「私は春の相手を。様子がおかしい。一体何が……来るわよ!」

 一通り兵士達を蹴散らした後、春が再びレナ達に迫る。

「そこをどけ!」

 春がレナに斬撃を飛ばす。レナは短剣を盾に変換、これを防ぐ。

「何……‼」

しかし春が羽を広げ、レナの頭上に回り込む。

 繰り出される一撃。レナはアヤの両手剣を振るい、これも凌いだ。

「人がこんなところまで来てやったっていうのに、随分な仕打ちね」

「何の話だ。誰だお前は? どうして魔法が」

「やっぱりあんた殺されたいらしいわね……!」

 春が続けてレナに攻撃をしかける。レナは二つの武器とスキルを駆使して何とかこれに食らいつく。

 何とかしてこいつを止めないと。

「くそっ小賢しい!」

 春が翼を勢いよくはばたかせ、突風を叩きつける。ひるんだレナの右手を蹴り上げ、アヤの剣を弾き飛ばした。

「……しまった!」

 さらに春は黒い邪気をまとった長い尾を出現させ、レナのもう一方の武器、短剣に絡める。

「ここまでだ。悪く思うな」

 禍々しく燃えるサーベルが大きく振り上げられる。

「……だったら」

 レナは短剣を手放し、春の懐に素早く潜り込む。そしてその身体を勢いよく背負い投げた。続けて上に覆い被さり、身体を押さえつける。

「言ってなかったっけ。剣道だけじゃなくて柔道もやってたのよ。大人しくして。一体どうしたのあんた?」

「くっ……何ださっきから、お前は誰だ?」

「あんたまさか……」

 その瞬間、二人の周りに火炎の弾が降り注いだ。春が翼でレナごと身体を隠し、身を守った。息がかかり、胴体が触れ合うほど二人の距離が縮まる。

「奴ら結界を解きやがったな。ヴィオネが焼けるぞ」

「ちょ、ちょっと……近いって」

 突然の接近にレナの顔がほのかに赤らむ。

「何言ってんだこんなときに! 向こうも魔法を使ってくるなら流石に数的に勝ち目が無いぞ。ユージンに連絡を……」

「ユージンって、ユージン・ハーバーのこと? あんた知り合いなの?」

「ん? ああ、そうだが」

 保守派の援軍が慎重に距離を保ちつつも徐々に近づいている。

「ねえ、私の話を聞いてくれるかしら」

「俺から離れてくれたらな」

「……じゃあ勝手に話させてもらうけど、私たちは保守派の仲間じゃない。ユージンに協力して、下黒岩さん……優陽さんを救出しに来たの。さっきの子も今ユージンのところに向かってる。あの子なら多分無事に辿り着くと思う」

「何を……一体どこにそんな保障が」

「私たち、あんたのことも知ってるの。春。お願い、ここは手を引いて」

「だけど……」

「引かないならここで二人一緒にゲームオーバー……死ぬかしら?」

「突撃‼ 突撃だ‼」

 保守派の兵士達が一斉に突撃をしかける。火炎魔法の衝撃が二人の身体を揺らす。

「さあ、早く! 選んで!」

「チッ……しがみつけ!」

 レナが春の肩に手を回し、春の身体に自由を許す。二人の身体は凄まじい勢いで舞い上がり、敵の攻撃が届かないほどに高度を上げた。

「……うっうう」

 レナの腕に力が入る。春は再び剣を振るい、議事堂前の兵士達に爆撃を加えた。

「ちょっと、遊んでないで早く離れてよ! 私だって恥ずかしいんだから」

「お前の連れが逃げる時間を稼いでんだよ! 大人しくつかまっとけ!」

「怖い怖いって! あんた足支えなさい!」

「ああもう何だお前!」

 渋々春がサーベルを鞘に戻し、レナを抱きかかえた。

「ったくお前……もうちょっと痩せろ。重い」

「アバターの体型よ。ホントはもうちょっと……って彼女になんてこと」

「彼女?」

「いや、何でもない……それより、私の武器返して。ちゃんと持ってきたんでしょうね」

「ん? あああの剣か、ほれ」

 春が尾で持った短剣をレナに差し出す。

「……しまってくれるかしら。手、離せないから」

 レナの腕が春の肩でぶるぶると震えている。

「しょうがねえな。ここか?」

「いや、違うわよ。ローブの中……んっ、どこ触ってんのよ……馬鹿っ、殺されたいの⁈」

「もう自分でしろようるせえ!」

「……もう。ちゃんと抱えててよ」

 レナが恐るおそる腕をほどき、短剣を手にした瞬間、凄まじい突風が二人に吹きつける。

「う、うおっ……あっ」

「えっ……」

 レナの身体は春の腕を離れ、宙に投げ出された。レナが地上を見下ろすと、心拍数上昇の警告メッセージが現れる。そしてレナは深い闇の中に落ちた。

 


「レナちゃんたちの方大騒ぎになってるなあ。楽しそう。うちも向こうに残ってればよかった。優陽ちゃん豚みたいに重いし」

 アヤは何とか優陽を担いだまま混乱する議事堂前から離れ、狭い路地を隠れるように進んでいた。

「マイケル! マイケル・ハーバーさん‼ いないの⁈」

「……その声は!」

「うわ、ホントに遭遇しちゃった」

 マイケルもといユージン・ハーバーは小さな路地の中で小さな手帳に耳を当てていた。

「普通姓を忘れて名を覚えてるものじゃないのか」

「どっちも覚えるに値しないよ。てか何してんの? 怖い怖い」

「魔力通信だ。結界が解かれたみたいだから仲間に連絡を……って貴様その女性は」

 優陽を見たユージンの顔が強張る。

「どしたの? そんな解答用紙のマーク最初から一個ずつずれてた時の隣の木村くんみたいな顔して」

「貴様らの友人というのは……皇太子様のことだったのか?」

「へ? うちが皇太子?」

「違う! 貴様の連れて来たその女性は皇太子様、『ユーヒ・フォン・ヒルブルク』ではないのか」


暫くはかなりの頻度で一度に多く投稿できる予定です。今回の話にも目を通してくださった方々、どうぞ次回もお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ