悪魔との契約
悪魔と契約するしかない。
俺はそう覚悟を決めていた。
俺は自分の人生に嫌気がさしていた。平凡な生活、下らない日常、何一つ自由にならない閉塞感。
それらを打開するためには、超常の力に頼らざるを得ないと考えていた。
俺は本棚から一冊の小説を取り出す。平凡な主人公が異世界転移し、チート能力を駆使して幸せになる物語。俺はこれをやりたかった。
そしてそれを本棚に戻し、別の黒い本を取り出した。
『悪魔の書』だ。
俺のご先祖様が残した、『悪魔の書』
ご先祖様の言い伝えでは、この本から呼び出した悪魔と契約すると、どんな願いでも叶うという。
「さぁ、本に封じたられた悪魔よ! 俺の願いを叶えろ!」
ワンルームの部屋の一室に置いた本から、黒い煙が突如吹き上がる。その黒い煙とモヤは段々と人の形を成した。
「我を呼んだな。契約か」
悪魔はそう答えて俺に羊皮紙を差し出してきた。
「この契約書にサインをするんだ。そうすればお前の望み通りになる」
「この契約は、俺に不当な条件はないだろうな。契約の代価は、魂か?」
「今の悪魔は、魂のような無形のものに価値を認めない。だからお前の命も魂もいらん。代価は、お前の草臥れた人生。我は契約に則り、その人生をお前の望むものに演出してやる」
俺は首を捻り、悪魔の言うことを反芻する。
つまり俺の現代の人生を代価に、異世界の人生を送らせてくれるってことだろう。
良いじゃないか、現代に未練はない。喜んで払おう。
俺は悦び勇み、契約書にサインした。
さぁ悪魔よ、俺を望みを叶えろ!
◇◇◇
俺は今、異世界にいた。
現代文明のような世界ではない、どこか放牧とした丘の上の平野。
中世ヨーロッパのような、まさに俺が求めていたファンタジーの世界だ。
俺は自分の能力を確認するために、お約束の『ステータス、オープン』を呟く。
何もない空間から、俺の能力値を表す画面が現れ、俺を満足させる。
そこには『S』の表記が書き綴られ、俺が全知全能であることを示していた。
俺は、チート能力と異世界という活躍の場を、手に入れたのだ!
そして俺の英雄譚は輝かしく始まった。
盗賊に襲われていた馬車を助けたら、有名な貴族の美少女が乗っていた。
美少女に、お強い方なのですねと尊敬の念を向けられた時は、思わず笑ってしまった。
そんなに強いのならばと、美少女の勧めで冒険者ギルドに登録してみた。
「新人が調子に乗るなよ」と荒くれ者に襲われたが、チート能力で火の粉を払うように解決した。
冒険者ギルドの受付嬢が、俺の活躍を見て赤く顔を染めたことも、俺の気分を良くしていた。
そうして異世界を冒険しているうちに、俺はとてつもなく成りあがった。圧倒的なサクセスストーリーだ。
国の王様は、俺に頭が上がらなかった。
国の民は、俺のことを英雄だと褒めたたえた。
俺の仲間達は、俺が何かするたびに「流石ご主人様」と尊敬の念を向けた。
毎日が最高だった。何をしてもうまくいく。俺はまさに全知全能だった。
俺に無関心の人間が、ただただ煩いテレビが、そんなものが支配していた世界とは違う!
誰もが俺を見なかった、認めなかった、あの世界とは違うのだ!
これが俺の、あるべき姿なのだ。
◇◇◇
俺がこの異世界に来て、もう数十年たった。
老いが近づき、自分の死を実感するようになった。
ファンタジーの世界ともいえど、不老不死の秘薬はなかった。
俺はベットで寝ていた。いや、正確には寝込んでいた。
よる年波には敵わず、俺は間もなく死ぬだろう。
死が近づくにつれ、俺は悪魔が恐ろしくなった。
俺は悪魔と契約し、素晴らしい人生を歩んだ。
だからこそ、死と悪魔が怖い。
悪魔が俺の死後に、何かするのではないかと、恐ろしかった。
「ご主人様。どうしたの、辛そうな顔をしてるわ」
俺の妻である、アリシアが俺に声をかけた。
異世界に来てから初めて出会った女性、ずっと連れ添ってくれた親愛する妻。
「実は俺、悪魔と契約してたんだよ。死が怖くて、怖くて仕方ないんだ」
俺はアリシアに全てを語った。異世界から来たことを包み隠さず。悪魔との契約を。
長年連れ添った優しい妻。
きっと、全てを知った後も俺を愛し、励ましてくれるに違いないから。
「うぷぷぷぷぷ、ぷぷぷぷぷ、ぷぷぷぷぷぷ」
妻が、抑えるように笑いを噛み殺していた。耐えられないといった表情をして。
「知ってたわ、知ってるわよ。いいえ、何もかも全てを知ってるわよ。面白い人、あんなに自由で幸せに生きてきたのに、最後には死が怖いだなんて」
俺は、呆然として妻を見ていた。一体何を言っているのだ? 理解が追いつかない。
すると妻のアリシアは、アリシア自身の顔を掴み……、引き裂いた。
「お、おまえは悪魔!? 何故ここに!」
「やだぁ、私はアリシアよ。ご主人様? どうしてそんなことを聞くの? 長年連れ添った妻が『我』だったなんて、ショックかい?」
「だ、騙したな! この悪魔め!」
「騙してなんかいない。我は、お前が望む異世界を演出してやっただろう? 無能のお前がファンタジーの世界で上手くいく、まさに契約の通りだ。もっとも代価として、お前の草臥れた人生は我のものとなった。お前の冒険の数々は、我々の悪魔業界で人気の小説作品となっているよ。そして利益を生み、我は大儲けをさせてもらった。驚け、アニメ化まで決定したんだぞ」
そういって、悪魔は周りに声をかけた。
「ハイ! エンディングです、クレジット出して!」
俺は驚いて周りを見渡した。不思議な音楽と共に、空中に文字が流れていく。
冒険で出会った人物が、それこそ味方・敵問わずに、どこからともなく現れては、俺に礼をしていった。
俺が出会ってきた全ての人物は悪魔の俳優だったのだ。
クレジットが流れ終わる頃には、『ハリボテ』の風景や小道具が撤去されていた。
いつの間にか俺はワンルームの一室にいた。そう、悪魔と契約した、現代の忌まわしい部屋に。
「な、なんだこれは、『ハリボテ』じゃないか! ふざけるな!」
「契約は為された。我は大儲けして、お前の願いは叶った。お互いに幸せで良いことじゃないか、契約とはそういうものだ」
そういって俺と契約した悪魔は、口角を上げ、顔を歪めて言った。
「それにサービスしてやったんだ。お前を褒め称えるのはとても大変だったよ。流石、ご主人様だ」
(了)
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