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悪魔との契約

作者: えるえる
掲載日:2019/08/10


 悪魔と契約するしかない。

 俺はそう覚悟を決めていた。

 

 俺は自分の人生に嫌気がさしていた。平凡な生活、下らない日常、何一つ自由にならない閉塞感。

 それらを打開するためには、超常の力に頼らざるを得ないと考えていた。


 俺は本棚から一冊の小説を取り出す。平凡な主人公が異世界転移し、チート能力を駆使して幸せになる物語。俺はこれをやりたかった。


 そしてそれを本棚に戻し、別の黒い本を取り出した。

 『悪魔の書』だ。


 俺のご先祖様が残した、『悪魔の書』

 ご先祖様の言い伝えでは、この本から呼び出した悪魔と契約すると、どんな願いでも叶うという。


 「さぁ、本に封じたられた悪魔よ! 俺の願いを叶えろ!」


 ワンルームの部屋の一室に置いた本から、黒い煙が突如吹き上がる。その黒い煙とモヤは段々と人の形を成した。


 「我を呼んだな。契約か」


 悪魔はそう答えて俺に羊皮紙を差し出してきた。


 「この契約書にサインをするんだ。そうすればお前の望み通りになる」


 「この契約は、俺に不当な条件はないだろうな。契約の代価は、魂か?」


 「今の悪魔は、魂のような無形のものに価値を認めない。だからお前の命も魂もいらん。代価は、お前の草臥れた人生。我は契約に則り、その人生をお前の望むものに演出してやる」


 俺は首を捻り、悪魔の言うことを反芻する。

 つまり俺の現代の人生を代価に、異世界の人生を送らせてくれるってことだろう。

 

 良いじゃないか、現代に未練はない。喜んで払おう。


 俺は悦び勇み、契約書にサインした。

 さぁ悪魔よ、俺を望みを叶えろ!


 ◇◇◇


 俺は今、異世界にいた。

 現代文明のような世界ではない、どこか放牧とした丘の上の平野。

 中世ヨーロッパのような、まさに俺が求めていたファンタジーの世界だ。


 俺は自分の能力を確認するために、お約束の『ステータス、オープン』を呟く。

 何もない空間から、俺の能力値を表す画面が現れ、俺を満足させる。

 そこには『S』の表記が書き綴られ、俺が全知全能であることを示していた。


 俺は、チート能力と異世界という活躍の場を、手に入れたのだ!


 そして俺の英雄譚は輝かしく始まった。

 

 盗賊に襲われていた馬車を助けたら、有名な貴族の美少女が乗っていた。

 美少女に、お強い方なのですねと尊敬の念を向けられた時は、思わず笑ってしまった。 


 そんなに強いのならばと、美少女の勧めで冒険者ギルドに登録してみた。

 「新人が調子に乗るなよ」と荒くれ者に襲われたが、チート能力で火の粉を払うように解決した。

 冒険者ギルドの受付嬢が、俺の活躍を見て赤く顔を染めたことも、俺の気分を良くしていた。


 そうして異世界を冒険しているうちに、俺はとてつもなく成りあがった。圧倒的なサクセスストーリーだ。


 国の王様は、俺に頭が上がらなかった。

 国の民は、俺のことを英雄だと褒めたたえた。

 俺の仲間達は、俺が何かするたびに「流石ご主人様」と尊敬の念を向けた。


 毎日が最高だった。何をしてもうまくいく。俺はまさに全知全能だった。

 俺に無関心の人間が、ただただ煩いテレビが、そんなものが支配していた世界とは違う!

 誰もが俺を見なかった、認めなかった、あの世界とは違うのだ! 


 これが俺の、あるべき姿なのだ。


 ◇◇◇


 俺がこの異世界に来て、もう数十年たった。

 老いが近づき、自分の死を実感するようになった。

 ファンタジーの世界ともいえど、不老不死の秘薬はなかった。


 俺はベットで寝ていた。いや、正確には寝込んでいた。

 よる年波には敵わず、俺は間もなく死ぬだろう。


 死が近づくにつれ、俺は悪魔が恐ろしくなった。

 俺は悪魔と契約し、素晴らしい人生を歩んだ。


 だからこそ、死と悪魔が怖い。

 悪魔が俺の死後に、何かするのではないかと、恐ろしかった。


 「ご主人様。どうしたの、辛そうな顔をしてるわ」


 俺の妻である、アリシアが俺に声をかけた。

 異世界に来てから初めて出会った女性、ずっと連れ添ってくれた親愛する妻。

 

 「実は俺、悪魔と契約してたんだよ。死が怖くて、怖くて仕方ないんだ」


 俺はアリシアに全てを語った。異世界から来たことを包み隠さず。悪魔との契約を。

 長年連れ添った優しい妻。

 きっと、全てを知った後も俺を愛し、励ましてくれるに違いないから。


 「うぷぷぷぷぷ、ぷぷぷぷぷ、ぷぷぷぷぷぷ」


 妻が、抑えるように笑いを噛み殺していた。耐えられないといった表情をして。

 

 「知ってたわ、知ってるわよ。いいえ、何もかも全てを知ってるわよ。面白い人、あんなに自由で幸せに生きてきたのに、最後には死が怖いだなんて」


 俺は、呆然として妻を見ていた。一体何を言っているのだ? 理解が追いつかない。

 すると妻のアリシアは、アリシア自身の顔を掴み……、引き裂いた。


 「お、おまえは悪魔!? 何故ここに!」 


 「やだぁ、私はアリシアよ。ご主人様? どうしてそんなことを聞くの? 長年連れ添った妻が『我』だったなんて、ショックかい?」


 「だ、騙したな! この悪魔め!」


 「騙してなんかいない。我は、お前が望む異世界を演出してやっただろう? 無能のお前がファンタジーの世界で上手くいく、まさに契約の通りだ。もっとも代価として、お前の草臥れた人生は我のものとなった。お前の冒険の数々は、我々の悪魔業界で人気の小説作品となっているよ。そして利益を生み、我は大儲けをさせてもらった。驚け、アニメ化まで決定したんだぞ」


 そういって、悪魔は周りに声をかけた。


 「ハイ! エンディングです、クレジット出して!」


 俺は驚いて周りを見渡した。不思議な音楽と共に、空中に文字が流れていく。

 冒険で出会った人物が、それこそ味方・敵問わずに、どこからともなく現れては、俺に礼をしていった。

 俺が出会ってきた全ての人物は悪魔の俳優だったのだ。


 クレジットが流れ終わる頃には、『ハリボテ』の風景や小道具が撤去されていた。

 いつの間にか俺はワンルームの一室にいた。そう、悪魔と契約した、現代の忌まわしい部屋に。


 「な、なんだこれは、『ハリボテ』じゃないか! ふざけるな!」


 「契約は為された。我は大儲けして、お前の願いは叶った。お互いに幸せで良いことじゃないか、契約とはそういうものだ」

 

 そういって俺と契約した悪魔は、口角を上げ、顔を歪めて言った。


 「それにサービスしてやったんだ。お前を褒め称えるのはとても大変だったよ。流石、ご主人様だ」


 (了)

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ただより高いものはないですね。 最後に大きな代償を払わされてしまって。 しかし、悪魔界は異世界転生ものがブームなんですね(笑)
[良い点] 余りにもありがちな王道サクセスストーリー。 それに代償が発生しないとは、どれだけ美味しい話なのか……と思っていたところにこのオチ。 何かしら男がショックを受けるものであろうとは予想していま…
[良い点] 最後にひねりが効かせてあって面白かったです。まあでも、あれだけいい思いをさせてもらえるんだったら、契約もありかなと個人的には思いました。 [一言] 他の方の感想にもありましたが、私も以前観…
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