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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――2
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タンザナイト――2―2

 理久に会うことなく三日が過ぎ、花瓶に挿してある花も、この頃には萎れているものが目立ち始めていた。

 花瓶に挿しておけば何とかなるだろう、そんな認識だった俺は、土から生えているわけじゃないんだから仕方ないくらいに思っていた。


 花瓶は毎日洗って、水は綺麗な水を使う事、愛梨さんにはそう言われたので、毎日やってはいたのだが、三本はもう手の施しようがないくらい萎れているし、四本目もそろそろ限界に見える。五本目も怪しい。


 窓際に立って、今日は何をしようかと考える。

 課題に追われているわけでもなければ、テストが迫っているわけでもない。この世界に来てから、何をすればいいのかわからなくなった。


 あれになりたい、これをやりたい、そんな目標も、明確な夢もこれといって持たずに、適当に大人になって、適当に働いて、適当に遊んで、適当に暮らすことになるなるのだからと、夢を持つことから逃げていたのがここにきて響いている。


 昔は戦隊ヒーローに憧れてヒーローになるのが夢だったが、小学校の頃にはそんな連中なんて存在しないと悟って以来、とりあえずサラリーマンになろう、何か他に安定したものがあるならそれでいいと思って過ごしてきた。


 そんなことはどうでもいい。今の俺には単純にやることがない。ただその一言に尽きる。

 それなら働け、と言われかねないので一度、端末を使ってアルバイトの募集を調べてみたが、設計者になりたい熱意のある人、ゲームが作りたくて仕方のない人等、俺の目にはアルバイトの募集には思えず、一ページ目を見てすぐに諦めた。


 今になって思うと、学校に行っている間は何もすることがないより、俺にはずっと楽しく感じられていた。

 あまり好ましくない理由かもしれないが、やることがないという理由で理久に会いに行くことにした。いや、もともとそんな理由だったか。


 理久はいつも、昼になる前には帰ってしまうのでもういないことも十分にあり得た。とりあえず探してみて、いなかったらその時だ。

 探し回るより先に公園を見ておこうとそこへ向かうと、一本の花を持った少年が一人、ベンチに座っていた。


「お兄さん、こんにちは。やっぱり今日は来ましたね」


 目の前の少年、理久は、まるで俺が今日ここに来ることを知っていたような口ぶりだった。


「お前、俺が今日来ることわかってたのか」


 疑問に思ったことを躊躇うことなく問いかける。


「ただ、なんとなくそんな気がしただけですよ。お兄さん」


 そう言って無邪気な笑みを浮かべる姿を見て、他の可能性が脳裏をよぎる。


「まさかとは思うけど、まさかお前、毎日来てたのか」


 理久は驚いたように目を丸くして硬直するものだから、よもや当たったのかと思い固まってしまう。

 直後にくすくすと笑いだして、俺の頭は理解が追いつかなくなる。漫画なら頭の上にクエスチョンマークが三つ程並んでいそうだ。


「僕は別に毎日来てるわけではないですよ、お兄さん」


 言い終えると、何かに気付いたような顔をする。


「お兄さんが来ている時だけ来てるんですよ」


 指先を合わせると悪戯な笑顔でそう言った。

 そんなこと、それこそ先日あったストーカーでもなければ、そう思って口に出しそうになったが、この世界ならない話ではないのだろうと、何も言わずに口を閉じる。


「なんだそれ」


 息を吐くように短く笑った後、代わりに出た言葉はそんな短い一言だった。


「何でもないかもしれないし、言葉通りの意味かもしれない。お兄さんはどうあって欲しいですか」

「そんな、すっごいよくわかんないこと言われても。俺には答えられない」


 そう返すと、彼は喉に右手を当てて苦笑いする。


「そういえば、お前には兄弟っているのか?」

「いないですよ、一人っ子です。お兄さんはいるんですか」

「ああ、弟がいる」

「へえ、本当にお兄さんなんですね」


 理久は悪戯っ子のように笑う。


「さて、僕はそろそろ帰ることにするね。その前に、お兄さんにはこれを」


 彼はそうしていつものように花を差し出してくる。

 それを受け取ると、また明日と言い残して走り去っていく。

 きっと、付いていくと怒られるのだろうと思い、俺はただ茫然と立ち尽くして後姿を見ていた。


「陽平君、なにしてるの」


 背後から声をかけられて振り向くと、そこには七尾さんを連れた愛梨さんが立っていた。


「愛梨さん、と、七尾さん」

「あーちゃんだけだと足りないからって他の女に手を出してるのかしら。浮気性なのね、よーくんは」


 おまけのように言われたのが不服だったのか、艶やかな笑みを浮かべてそんなことを言う。


「そう言う七尾さんこそ浮気性なんじゃないんですか」

「あら、失礼ね。少なくとも今のあたしはあーちゃん一筋よ。他のものに興味なんかないわ」


 ため息交じりに返してやると、何言っているんだこいつとでも言わんばかりの真顔で言い返される。


「付け加えておくと、当然、性欲、の話よ。あーちゃん」


 彼女は愛梨さんの耳元で囁くように告げる。何故、俺ではなく愛梨さんなのか。


「ねえ、あーちゃん、そろそろ抱かせてくれてもいい頃合いじゃないかしら」


 愛梨さんにまとわりつくように身体を寄せて七尾さんは訴えかける。


「頃合いも何も、やだよ。それにここ外だよ」

「まだ焦らすなんて、あーちゃんはもう、意地悪ね」


 いつものように服を脱がせたり、キスを迫っているわけではないだろうが、心なしか愛梨さんの頬は赤くなり、目には涙が溜まっているようにも見えた。

 この人を放っておくと公序良俗的に問題があるような気がするので、仕方なく後ろから歩み寄り首根っこを掴む。


「七尾さんは色情魔なのでどうでもいいですけど、このままだと愛梨さんまでそんな扱いされそうなのでやめてください」

「あたしのどこが色情魔なのかしら。よーくん」


 妖艶な表情をした七尾さんの顔が、舌なめずりを合図に金色の瞳、その奥が見えそうなところまで迫ってくる。

 彼女の指先が頬を、顎を、喉をいやらしく這う。


「どこが、今の行いと、普段からの行いを省みてください。そうすればすぐにわかりますよ」

「その前にあーちゃん食べてもいいかしら」

「反省しようとしている人の言動には思えないんですけど」

「反省する前にあーちゃんを食べてもいいかしら、と聞いているのよ」


 このまま話していても話は平行線のままで進みそうにもない。本当に面倒くさい人だと思う。


「面倒くさい女って、言ってくれるわね、よーくん」

「まだ言ってないですよ。わざわざ能力使わないでください。本当、何がしたいんですか」


 七尾さんがくすりと笑う。嫌な予感しかしない。


「あたしはあーちゃんと淫らなことがしたいのよ。あーちゃんと、淫らなことが、したいのよ」


 一度目は子供をあやすように優しく、二度目は語気を強め何故か強調する。この人は何を言っているんだろう。


「聞こえなかったかしら。あたしは、あーちゃんと、淫らなことがしたいのよ」

「聞こえてる、復唱しなくていい」

「なら復唱はしないわ。あたしは淫らなあーちゃんが見たい。あたしは快楽に溺れるあーちゃんが見たい。あたしはあーちゃんを寝取り寝取られたい。あたしはあーちゃんの身体を隅々まで舐めまわしたいのよ」


 横目で愛梨さんの姿を見てみると、恍惚とした表情でやけに堂々と宣言する七尾さんとは反対に、恥ずかしがっているのかしゃがみ込んで顔を埋めていた。


「愛梨さんが死にそうなのでもうやめましょう」

「本当、もうやめてよ。これ、私巻き込まれてるだけだよね」

「それは違うわよ。あーちゃんが一番の当事者よ」


 なんだろう、いい加減、一度くらいは思い切り言ってやらなければならないような気がしてきた。


「何でもいいから早く帰ろうよ」


 七尾さんの発言や、そもそも騒いでいること自体に恥ずかしがっているのか、愛梨さんの声は消え入りそうな声だった。


「そうでうね、どうせ七尾さんも来るんでしょう」

「ええ、勿論行くわよ」


 大きく息を吐いてからしゃがみ込んで丸くなっている愛梨さんに手を差し出す。


「ほら、行きますよ。立ってください」


 力なく伸ばされた愛梨さんの指が俺の指先に触れ、僅かに人の感触を感じる。


「ありがとう、陽平君」


 俺には呟きや表情から、どことなく疲れが漏れているように思えた。

 その場を離れようとした時に七尾さんが辺りを見回していたが、わざわざあの人の行動にいちいち反応もしていられないので放っておくことにした。


「陽平君」

「なんですか」


 一応、七尾さんに声をかけた方がよかっただろうか、なんて考えながら返事をする。


「やっぱり何でもない」


 何か気になることでもあったのか、明らかに浮かない様子だった。


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