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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――2
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タンザナイト――2―1

 ストーカー騒動から二日が経つが、あれ以降その手の話題はなく、それまで通りの日常が続いていた。

 俺――富山陽平は今日もまた白山理久に会いに行く。

 どこにいるかは明確にはわからないが、何となくその辺りを歩いていれば出会えるはずだ。


 この日理久を見つけたのは、大通りから交差点を曲がったところに建っているマンション、その一階にある小さな花屋の軒先だった。我ながら、よく見つけられたと思う。

 理久は花屋の軒先で桃色のリボンで結われた一本の菊を大事そうにもって立っていた。


「あ、お兄さん、こんにちは」

「こんにちは。ところで、その手に持っているものは」

「今、ここで買った菊です」


 見ればわかることを丁寧に返してきた。というか、この世界にも菊があるのか。いや、あってもおかしくないのだろう。林檎だの白菜だの、食材として普通にあるのだから。


「さあ、行きましょうか。お兄さん」


 そう言って歩き出した後ろをついていくといつものように着いた場所は公園だった。


「理久、何か俺に話したいことでもあるのか」


 聞いても理久は虚空を見つめた様子で何も答えない。

 返事は返ってこないのだろうなと、思っていたので特に気にも留めなかった。

 ゆったりとした時間が大都市の喧噪の中で流れていく。


「なにも、ないです」


 不意に、そんな言葉が聞こえた。声変わりもしていないその声は、他の誰の物でもなく理久のものだった。

 何の事だかわからずに一瞬戸惑ったが、それが返事だと気づくのに時間は要さなかった。


「お兄さんにあげます」


 理久はそう言って先程買ったという菊を差し出してきた。

 それは白い花びらの菊。植物にまるで興味のない俺には、それがおそらく菊であろうという事くらいしかわからない。


「僕の気持ちですよ、僕の」

「お、おう。ありがとな」


 贈り物を貰うのは別に悪い気はしないけれど、それをどう扱えばいいのかわからない。花瓶にでも挿しておけばいいのだろうか。


「これからはこの公園で待ってますね」

「そうか。じゃあ俺もそのつもりで。居なくても探さねえからな」


 冗談めかしてそう言ってやる。


「僕はそろそろ帰ります。それではお兄さん、また」


 急いでいるのか、理久はそう言い残して駆けて行く。

 貰った花をどうしようか考えてみたが、どうしようもないので仕方なく花瓶を買って帰ることにした。

 街を散策してみてもよかったが、すると花と花瓶は荷物にしかならないからだ。だから、おとなしく帰るのだ。


 この日、愛梨さんには花のことを訊ねられたので、知り合いに貰ったと答えた。

 多少怪しんでいたのかもしれないが、深く追及されることは無かった。

 翌日理久に会うと、今日もまた桃色のリボンで結ばれた同じ花を持っていて、それを俺にくれた。


 お礼かなにかのつもりなのだろうか。だとすればそれは間違いなく人違いだ。

 この世界に来て誰かに感謝されるようなことをした覚えはない。


 それなのに次の日もその次の日も、同じ桃色のリボンで結われた同じ花を一日に一本ずつ貰った。

 毎日一本ずつ増えていくので、それが六本目になるといい加減に怪しまれたのだろうか、どんな女性に貰ったのかと問われたので、何も隠すことなく知り合いの男の子に貰っていると答えたが、どうにもそれで納得しているようには見えなかった。

 七日目にも同じように花を持っていた理久に何で花をくれるのかと訊ねた。


「ごめんなさい、迷惑だったかな」


 花を見つめながら、独り言を呟くように口にする。


「迷惑ってわけじゃないんだけどさ。なんか、女性に貰ってるって思われて」

「そうなんだ。お兄さんどうぞ」


 こいつは今の話を聞いていたのか、そう思うと思わず溜息が出た。

 しかし、満面の笑みそう言うものだから、つい受け取ってしまう。


「それでも、ちゃんと受け取ってくれるお兄さんは。いい人ですね。本当に」


 理久はゆっくりと立ち上がると、どこかへ歩いて行く。

 どこへ行くのか気になり追おうと立ち上がると、理久はステップを踏むように振り返り、俺に言う。


「僕はもう帰ります。付いてこないでもらえた方が、僕は嬉しいです」


 軽くお辞儀をしてからまた歩いて行く。


「嫌われたのか。でも別に、そんな感じじゃないしな」


 貰った花を、指先でくるくると回しながら呟いた。

 いつものことながら、俺には何がしたいのか、行動原理すら何もわからない、理解もできない不思議な奴だ。


 貰った花を出来るだけ早く花瓶に挿さなければいけないこともあり、俺もまた帰ることにした。

 帰宅後は理久のことばかり考えていた。彼はいったい何なのか、何をしたいのか、と。

 考えたところで何も思い浮かぶこともなく、やがて愛梨さんが帰ってきた。


「今日もまた増えてるんだね。その娘は可愛いの、それとも陽平君の好みなの」


 毎日よく気付くなと感心しながらも、本当に知り合いの男の子に貰っているとどう信じてもらおうか、と頭を悩ます。


「愛梨さん、本当に知り合いの男の子から貰ってるんですって。俺、愛梨さんと七尾さん以外に女性の知り合いなんていませんから」


 その一言がどの程度効いたのか、愛梨さんは唇を噛んで黙り込む。


「ごめんなさい、最初から信じていればよかったんだよ。ごめんなさい、疑ったりして。信じて、あげられなくて」


 間を空けて、愛梨さんが俯きながら言った言葉は小さくて震えていた。


「俺は別に、そんなに大層なことだと思ってないので、別にそんな」

「信じられなかったのは私がだめな子だからだよ」


 聞き取りにくい程に小さく、弱々しい声で言うと、そのままふらりと出て行った。

 追えばいいのかわからなかったが、徐々に鼓動が早くなっていくので、どうやら自分で思っている以上に今の愛梨さんが心配らしい。


「いや、もういいや」


 考えたところで仕方ないように感じ、とりあえず追うことにして、飛び出した。

 この世界のやけに早いエレベーターが今、ようやく二階を越して、一階についたので、本当にふらふら歩いているらしい。


 相手が走って逃げているわけではないが、早いにこしたことは無い。そう思うとエレベーターが早いというだけでほんの少しでも嬉しかった。

 ただ、当の愛梨さんはと言うと、マンションの前で空を見上げ、呆然と立っていた。


「愛梨さん」


 大声で呼びかけると、愛梨さんは、ゆっくりと振り向いた。


「ありがとう、律儀に、追いかけてきてくれたんだね。ありがとう」


 辛そうに、それでいてどこか嬉しそうな微笑みを浮かべながらそんなことを言う。

 しばらく理久に会いに出かけるのは控えよう、そう思った。

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