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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――1
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タンザナイト――1―2

 彼女、愛梨さんの住むマンションは重厚感のある黒色の外壁だったが、ここもやはりコンクリートでも木材でもなかった。金属と言う質感でもないので、合成樹脂のような素材なのだろう。

 ここに来る前に愛梨さんを含め、皆が持っている端末を持っていないことを伝えると、途中にあったショッピングモールで登録や契約といった手続きから料金などの面倒までみてもらった。


 愛梨さんはあまり所持金は多くないと言っていたが、つい先程までは顔も知らなかった他人のために、元いた世界で言うところの携帯電話に相当するであろう電子機器の契約が出来るくらいには余裕があるようだ。

 ただ、この世界の物価を見て気付いたが、税率が高いのか、それとも少々インフレ気味なのか、日本よりもものの値段は高かった。そういうこともあって、自由に使える金額は少ないという意味だったのかもしれない。


「ちょっと待ってね、陽平君の入出許可出すから」


 そう、今日面倒みてもらえたのはこのようなことが理由だ。端末を持っていないと日常生活に支障が出ることもあるらしい。例えば今回の場合は、未登録者の場合は入ることが出来ず、防御システムが働くこともあるらしい。生き辛い世界だな。

 端末を手に入れてわかったことは、ヘッドセットのようなものを耳の辺りにつけていて、そこにあるホームボタンのようなものを反応させているのだ。


「いいよ、もう大丈夫だよ」


 愛梨さんは笑顔で手招きする。

 小心者と罵ってくれ構わないが、もし防衛システムとやらが反応した時はどうしようかと少し怯えながら歩いて行く。


「大丈夫って言ったのに。意外と怖がりさんなのね」


 どうやら、何事もなく屋内へ入れたようだった。


「それとも、信用できなかった?」


 安心して一息つくと、寂しそうな顔で愛梨さんはそんなことを口にした。


「あ、いえ、そういうわけではないです」

「さっき言ったよね。普通に、友達みたいに話してって」


 ショッピングモールに入る前に愛梨さんの方から言ってきたことだ。忘れたわけではなく、今は謝るべきだと思ったからそう言っただけだ。

 この人が何を考えているのかわからない。そもそも、女の子との会話経験が少ないので、それが地雷かどうかなんて判断がつかない。

 混乱している俺の顔を見て愛梨さんはいきなり笑う。


「戸惑ったなら私の勝ちね。さ、早く行くよ」

「なんなんだよもう」

「信じてくれなかった仕返しだよ」


 それからは特に会話もなく、七階にある愛梨さんの部屋に訪れる。

 鍵穴があったので一応、物理的な鍵もあるようだが、ドアノブに手を触れるだけで開錠されるなら、余程気にしない限りそちらを使うだろう。少なくとも俺は電子ロックを使う。


「私は今日の課題終わらせて来るから適当にくつろいでて」

「愛梨さん学生だったんだ。俺はてっきり社会人かと」

「え、ちょっとショックなんだけど。私そんなに老けて見えるの?」


 愛梨さんは両手を顔に当てて、押したり揉んだりマッサージの様な事を始める。

 どこの世界でも、特に女性は老けて見えるのは嫌なんだな。


「あ、いや、愛梨さん昼間から公園にいたので、てっきり休みが不定期な会社の人なのかなと思っただけで」

「そういうことなの、よかったあ。今日は私一時間しかなかったからね」


 安堵したような表情でそう言い残し、自室と思しき部屋へと入っていった。

 この部屋を見渡すと、今までの近未来的街並みは何だったんだとなる程に、良くも悪くも普通だった。

 部屋を隔てる扉に特殊なところは見当たらず、隅に置かれた本棚には当然のように参考書で埋まっている。


 触れただけで開錠されるなら室内に電子ロックをつけてもいいだろうし、これだけ技術が発達しているならわざわざ紙の本なんて買わずに電子書籍でいいと思う。

 両親の持っていた自家用車は両方とも触れるだけで開錠されるものだったし、電子書籍は母さんが持っていた。実用化の難易度はそこまで高いようには思えないのに、何故だろうか。


 考えても仕方ないので俺はソファに座って端末を起動させる。

 視界の左側には緑色をしたタスクバーの様なものが表示され、下の方にも同じような色のキーボードが現れる。これが初期設定の配置と色らしい。

 契約の際に、コマンドの意味や基本的な使い方には渡された資料に目を通しておいたので使うだけならばおそらく問題ない。


 これだけ科学が発達しているのならば、調べれば世界地図の様なものが出てくるはずだと考え、黄色と金色のグラデーションでCNと書かれたコマンドを起動する。この世界で最も広く使われる検索エンジンでクレセントネットワークの略称らしい。

 ところで、起動したはいいものの、初期不良なのかうまく扱えていないせいなのか、拡大縮小、ウインドウの移動と言った具合に誤動作を繰り返してまともに扱えない。指先だけで操作可能な簡単なものだと聞いていたのだが。


 愛梨さんに聞けばすぐに解決するだろうが、課題の邪魔をすることになると思うと気が引ける。

 本棚に何かないかと目を向けてみるが、本当に参考書や教科書の様なものばかりで、小説や漫画も置かれていない。

 結局、あまり考えずに諦めて聞くことにした。

 扉をノックすると愛梨さんの声がした。


「どうしたの?」


 そう言って出てきた愛梨さんは取り立てて不機嫌そうにも見えず、少し安心した。

「ウインドウが拡大縮小繰り返したりしてうまく操作できないので、何か操作のコツみたいなものがあるのかなって、すいません、そんな基本的なことで」

「んー、別にいいけど。多分それなら、指曲げたり手首使ったり、それっぽく動かしてみれば何とかなると思うよ。それでもだめなら、本体の方で直接操作するとか。狭いし不便で使いづらいと思うけど」


 俺はお礼を口にして離れようとすると、愛梨さんに名前を呼ばれ振り返る。


「陽平君、まだ他人行儀な感じがする。話しやすいならいいんだけど、さっき言ったけど、どうせならもっと友達みたいに、んー、いっそ彼女みたいに話してくれてもいいよ」


 冗談だと思うが、満面の笑みで彼女みたいにと言われると心臓に悪い。耳とか赤くなりそうだ。この人は何を思ってそんなことを言っているのだろう。


「あ、ちょっと赤くなった。陽平君わかりやすくてなんか可愛い」


 小さく笑いながらそんなことを言う。どうやらただ単に、俺をからかって楽しんでいるだけのようだ。


「それじゃあ、私は課題に戻るけど、わかんないことは聞いてくれてもいいから」


 扉が閉められ、再び一人の空間に戻る。

 教えてもらった方法で試してみると、誤作動じみた挙動は起こらなくなった。指の先端に反応しているのだろうか。


 世界地図と検索すると、見覚えのない地図が表示された。これがこの世界の地図なのだろう。オーストラリアを台形、南アメリカやアフリカを三角形として近似するなら、この大陸はブリリアントカットの平面図が無理矢理近似すれば感覚として近いくらいか。中々複雑で、表現に困る。いや、そもそも南アメリカやオーストラリアがわかりやすすぎるだけなのだろう。


 大都市或いは国は全部で五つあり、それぞれ大北都、大東都、大南都、大西都、大中央都と呼ぶらしい。名前が適当だなと感じるのは俺だけか。しかし一方では、方位そのままなため、合理的と言えば合理的だ。

 出会った時の愛梨さんの反応から察するにおそらくここは大東都なのだろう。

 つまり俺は、何処から来たかと尋ねられて、海から来ましたと答えたわけだ。頭のおかしい奴じゃないか。


 しかし、頭のおかしい発言のおかげで今日泊めてもらえるのだ。

 こうして地図を見ていると、どんな世界でも人の生活圏は決して広いものではないことがわかる。

 大雑把過ぎると自分でも思うが、とりあえず地理の把握を済ませ、次に特殊能力の使い方を調べる。しかし、検索結果にはゲームの攻略しか表示されなかった。

 わからないことは質問してもいいと言われているが、特殊能力ってなあに、と脳がとろけている様な質問は流石にしたくない。


「そういえば」


 思い返してみると、手掛かりが全くないわけではなかった。

 ポケットの中に手を突っ込むと、五本のクーピーが入っている。

 茶色は岩石操作系能力、岩や土を操る力だとあの時彼は言っていた。だとすれば、俺に与えられた能力を発動させるには、土や岩が必要だという事だ。


「ああ、わからないことが多すぎる。異世界召喚って、大変なんだな」


 今になって思えば、違う世界に行くわけだから、それまで習っていた国語や英語、歴史や地理、最悪の場合は理科や数学すら一から学びなおさなければならないのだ。

 何かに嫌気がさし、耳元のホームボタンに触れて待機モードに切り替える。


 今日知り合ったばかりの女の子の部屋で、携帯電話に相当する機械を買ってもらい、その女の子の家でふかふかのソファに座り、見覚えのない天井を呆然と見つめる。俺はいったい何をしているんだ。

 端末を待機モードに切り替えたとたん、頭の中で突如発生した濃霧に思考が遮られる。

 ポケットの中には携帯電話があった。なんとなく点けてみたが、当然圏外だ。それでも俺は連絡アプリを起動し、そこにある友人や家族の名前を眺める。


 六割ほどしか残っていないバッテリーが切れたとき、もう、友人とふざけあった履歴を見ることも、家族旅行の思い出を振り返ることも出来なくなる。

 今まで当たり前にあった幸せが、陳腐な憧れが原因で、もう夢に見るしかできないものへと変色してしまった。


「母さん、父さん、大介、ばあちゃん、雪村、森川、西田……」


 どうあがいても会う事の出来ない家族や友人の名前を呟く。

 たった、それだけのことだったのに、涙が頬を伝う。

 俺の意識は徐々に消えていった。

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