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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――エピローグ
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終章 未来想造図-タンザナイト-

「今回はなんか不満そうだな」


 ディスプレイに映る富山陽平の話を見ていると後ろから声が聞こえた。


「まあ、少しは」


 お菓子箱からチョコレートを一つ手に取って食べる。


「誰か一人をちゃんと好きにならなかったからか?」

「まあ、それもある」


 彼の少年に好きな相手はいなかった。だから、こうなることは予想できなかったわけではない。

 一応、越前舞奈の側を選んだのだが、もっと明確な好意が欲しかった。


「仕方ないから少女に力を貸したというのに、思っていたよりも。弱かった」

「お前みたいに?」


 何も言い返さない、というより何も言い返せない。実際、強ければこんなところでこんなことはしていないだろうから。

 幾つもあるディスプレイの中で、最も近くにあり、唯一電源を切ってあるやつへと目を向け、見つめる。


「でも。これはこれでいいのか。そういうことにしておこう」


 隣まで歩み寄ってくる。画面を見渡しているようだ。

 お菓子箱から今度は飴玉を取り出して口へ運ぶ。


「いつまでこんなことを続ける?」

「……、何が言いたい」

「そんな大層なことじゃないさ。ただ、哀れというか虚しいというか」

「黙れよ、篠宮」


 口へ運んだばかりの飴を噛み砕く。


「楽しんでるならいいけどさ」


 声が少しだけ、笑っているように思えた。


「それにしても不自然だよな。かかわった女性皆に好意を持たれるって。お前、何をした?」

「特に何も。彼に好意を持つであろう人物を彼へと誘っただけ。彼の言動次第では全員から言い寄られることも有り得た。それだけ」

「それだけ、ねえ。それからもう一つ」


 隣に立つ彼の顔を見上げると目が合ったので、目だけはすぐに逸らす。


「富山、長野、七尾、白山、越前。一人二人ならまだわかるが、流石に全員となると不自然に感じる。このことについて解答が欲しいですね」


 必要以上に干渉した、名前をわかりやすいように書き換えたと言いたいらしい。


「さあ、どうでしょうね」


 満足いく回答ではなかったからか、唸りながら頭を掻いている。


「何かをしたかもしれないし、してないかもしれない」

「そうですかい。まあいいか」


 そう言ってお菓子箱を物色すると、グミやキャラメルを含めた幾つかのお菓子を持って下がっていった。


「そうそう、一つ失敗したなってことがあるんだけど」


 ディスプレイの方へ視線を戻して彼の少年の顔を見ていると、思い出したことがある。


「おう? なんだ」

「烏骨鶏も入れとけばよかったなって。くじびき箱の中に」


 真っ先に帰ってきたのは思いの外大きな溜息だ。


「どうでもいいわ。本当どうでもいいわ」


 後ろから勢いよくソファに座る音と気が抜けるような吐息が聞こえた。

 自分ではなかなかいいアイデアだと思ったんだけどな。


 向こうが何をしているのか知らないが、何も話しかけてこない。おかげで、彼らの様子をテレビドラマの一視聴者感覚でお菓子片手間にみられる。


 赤、緑、白、黄、綺麗に着色された金平糖という砂糖の塊が入った袋を眺めながら、マシュマロにでも埋め込んでやろうか、なんて思っていると部屋のドアが開かれ、二つの人影が入ってきた。


「ああ、やっと来たか」


 座っている椅子を一回転半させて振り返る。


「成程。じゃあ御三方、俺の事は気にせずどうぞ」


 二人は時空安全保障委員会、通称時安保と呼ばれる組織に属している人たちで、名前はそれぞれ西園寺高波と紀劫助という。


 時安保に属する人間は皆カラー群青で、時間操作か空間操作、或いはその両方を持っている。

 二人も持っていて、高波は空間操作系、劫助は時間操作系の能力だ。


「まず最初に、彼の少年について、どう感じた?」

「どう感じた、か。どう感じたよ、相棒」

「特に何もねえな、相棒」


 思い起こそうとする素振りすら見せずに二人はソファに腰を下ろす。


「そうか、それならそれでいいや。ちゃんと、彼の少年を担当してくれたみたいだし、彼の少年は君たちには気付いていないようだし、多分、問題はないでしょう」

「あった時はどうする?」

「なんだか面倒な仕事が増えそうなところについては」


 やる気がなさそうな不満の声が上がる。

 面倒くさそうなことを押し付けているのだから仕方ないことだろうけど。


「その時はその時、他の四人と作業分担してね。もし仮に、君たち総出で隠蔽しきれないような場合は俺が、僕が、書き換えるから。といっても、これで彼の物語は終わってしまったからね。片手間に監視してくれるくらいでいいよ」


 高波は指を鳴らしてどこかから缶コーヒーを二本取り出し、劫助へと投げ渡す。

 阿吽の呼吸とでもいうか、二人は同時に開けて同時に口を着ける。


「よくコーヒーなんか飲めるな。僕には苦すぎて、とても飲めやしない」

「ま、俺たちの舌はオトナだからな」

「味覚が子供の人には難しいかもな」


 缶コーヒーの臭いが鼻まで届く。正直なところ、コーヒーの臭いも少々苦手だ。


「竜の用意は問題ない。あの世界を、第二世界線を甘くみた時が最後。死んでもらいましょう」


 二人がコーヒーを置くのを見届けてから話す。


「まあ君たちはあくまで、出張しているだけだからね。難しいなら別にいいよ」

「難しいかどうかはともかく」

「それは気分によるな」

「ちょっとくらいやってくれた方が、君たちに担当してもらった意味があったかなって、思ったんだけどな」


 お菓子箱に手を突っ込み、クッキーかチョコレートを探す。


「話が終わったなら俺たちはもう」

「戻ってもいいのですかい?」

「ああ、まあ、そうだな。お好きにどうぞ」

「よし行くか」


 劫助の一言で二人は勢いよく立ち上がり、部屋を出ていく。


「そんじゃ、また」


 高波はそう言ってドアを閉めた。


「お前はいつまでいる?」

「気が向くまで。それとも帰ってほしいのか?」

「別に、誰もそんなことは言ってないだろ」


 彼はくつろぎながらくくくと静かに肩を揺らす。


「そうだな、誰も言ってないな。そんなこと」


 面白がっているというよりどう見ても、何かに気付いて、笑っているようだ。

 椅子を半回転させ、身体をディスプレイへと向ける。


「好みの物語とも、理想の物語とも、望んでいた物語とも言えないかもしれないけれど、一応、保存はしておきましょうかね。ファイル名は何にしましょうか」


 此れ、という石が思い浮かべばいいのだけど何も閃かない。

 アゲート、ジェイド、トルマリン、トルマリン?


「トルマリン、トルマリン? なんか違う。ねえ、なんかない?」

「いつも自分の感性で適当につけてるだろうが。今回も適当でいいだろ」


 そういえば、彼の少年はいて座だ。なら十一月後半から十二月前半、誕生石でいうならシトリン、トパーズ、ターコイズ、タンザナイト、星座石だとアメジスト、スギライトあたりか。


「シトリン、トパーズ、ターコイズ、タンザナイト、アメジスト、スギライト」


 一つ一つ、響きや雰囲気を味わうようにゆっくりと呟く。

 目を閉じていて座を想う。


「ターコイズ、タンザナイト、アメジスト。……トルマリン?」

「それだけ出てくるなら、もうトルマリンでいいんじゃないか」

「違う、違う。何かが微妙に違うんだ」


 興味がなさそうに彼は相槌を打つ。

 お菓子箱からひとまずキャラメルを三つ取り出し、そのうち一つの封を開けて口に入れる。


「タンザナイト。ああ、タンザナイトだ。よし、タンザナイトにしよう」

「よかったじゃねえか」

「うんっ」


 ファイル名を打ち込み彼の少年、富山陽平の物語はタンザナイトに決まった。


「さて、僕はどうすべきか。彼の少年の幸せを願うべきか否か」


 もう一つのキャラメルも封を開けて口へ運ぶ。


「君は。彼の少年にとって第二は幸せなところだと思うかい?」

「さあな。これから先、どう変わるか、だろ」


 彼の少年の願いは異世界だ。だから、存在を第二世界線へ移した。

 しかし果たして、それが本当の願いと言えようか。


「彼の少年の初恋って、どんな感じだったと思う?」

「それこそ知らん」

「どんな感じだったんだろうね。小学二年生の男の子が恋をする相手って。きっと、優しかったんだよ。相手は年下のちっちゃい男の子だから、例えば見かけた時なんかはおはようって、挨拶なんかして。もしかすると、特筆して可愛いとか、綺麗とか、そういうわけではなかったのかもしれないけれど。きっと、明るい人、だったんだろうな」


 目を閉じるだけで見えてくる。焼けた白い朝にランドセルを担いだ少年と、彼に手を振る少女の姿が。夕景茜空の下、母子のように手を繋いで歩く二つの影が。


「お前がどんな光景思ってるのか知らないけどさ、多分それではなかったんじゃないか。何となくだけどな」


 手元に出した最後のキャラメルを口の中へと。


「知りたいなら見たらどうだよ。知りたくないなら別だけどさ」

「知らないから綺麗に思える、のかもしれない。知ることによって汚されるかもしれない。まあ、所詮は想像なんだけど。今回は、というより今はあまり追及するつもりはないかな。理由が必要というのなら、彼の少年の中で纏まり、終えた、叶わぬと知っていた恋だったから、とでもしておきましょうか」


 彼の少年は殆ど調べていない。年上の女性といつ知り合って最後に会ったのがいつか、それは当事者の彼らだけが知ることだ。


 彼の少年の願いは異世界だった。だからそれを叶えた。


 彼の少年は初恋の相手を覚えていたとして、その時の思いも覚えていたのなら。


 彼の少年の願いを叶えるべきだったろうか。或いは、意味を思索し読み解いた方がよかったろうか。


 双方叶えることなど容易だった。しかしそれでもいやだからこそ、これでよかったとしておこう。

 あの世界に置いておいた方が好みの物語になったかも、しれないけれど。

溜息が出る。


「先程君はいつまで続けるのかと言ったな。そうだね。確かにその通りかもしれない。彼らの人生に干渉するのはあまり良いこととは言えないかもしれない。彼らには彼らの正しい人生があり正しい運命がある。しかしだからと言って。いや、僕が何と言おうとじきに終わるだろう。世界は平等に運命を決定する、それに抗いたい者がいる。願われたから叶えるんだ。生きていて欲しいと、奪いたいと、思われ続けたいと、消し去ってほしいと、ずうっと思い続け会いたいと、人には色々な願いがある。傲慢でもない強欲でもない、ずうっと真摯で真っ白で純粋な願い」


 大玉の飴を口の中へ放り込み、ざらめのついたそれを舌の上で転がす。


「きっと彼らの物語はもうすぐ終わる、と思う。多分ね。これからどう紡がれるかは彼ら次第、といったところかな。僕の満足できるものばかりだなんて最初から思っていないよ」


 何となくわかっている。彼らの物語を見ていれば、もうすぐ終わるのだと。自分たちの力だけで歩けるのだから。


 渡されたミルクチョコレートを食べているうちに苦いハイカカオチョコレートに変わったらどうするのだろう。甘ったるいホワイトチョコレートに変わったらどうするのだろう。


 それが本当にチョコレートだったなら僕は平気なのに。


「コーヒーも飲めない子供だから、甘ったるいケーキを望むの。甘酸っぱい苺を食べたいの。いいでしょう。甘くて苦いティラミスよりも、甘いクリームと酸味のある苺の乗ったショートケーキが食べたいの。僕は子供のままだからね、大人なんてわかんないさ」


 コーヒーの美味しさなんてわからなくていい。僕はまだ子供でいたいから。





                                 終

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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