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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――3
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タンザナイト――3―8

 翌朝、愛梨さんと七尾さんをを見送ってからゆっくりと公園へ向かう。

 昨日も来ていないというのに理久は今日も来ていた。


「理久」


 何と話しかければいいのか悩んだ末に出た言葉はそれだけだった。


「お兄さん、おはようございます」


 てっきり機嫌が悪いものかと思っていたがそうでもないらしく、不機嫌オーラは全く感じられない。


「昨日は来れなくて、ごめんな」

「大丈夫ですよ。気にしないでください、お兄さん」


 やはり前回は、秘密を話そうと思っていたから怒ったのか。

 俺が何も気付いていないように振る舞っているからか、今のところ理久も愛梨さんも、一応七尾さんもいつもと大差ないように見える。


「理久の秘密って、なんなんだ?」

「は、ははっ、いきなりですね。あと少ししたら教える時が来るのでそれまで待ってもらえると、いえ、待ってください」


 教える時が来るって何だ、何かあるのか。あるにしても、俺にとってよくないことなのは確かだろう。


「やっぱ、今日も持ってるんだな。花」

「お兄さんも興味出てきたんですか?」


 面倒なことになるのでもういらない、そう言ったところで構わず渡してくるのだろうな。

 そんな時、愛梨さんから今日、買い物へ行かないかとのメッセージが届いた。

 警戒さえしておけば特に断る理由もなかったので、公園で待っていると了承の旨を伝える。


「彼女さんですか?」

「いや、違う。お世話んなってる人、だな」

「へえ、そうですか。なら僕はもう帰りますね」


 信じていないのか、微笑みを浮かべて去ろうとする。


「ほんっとうに彼女じゃないからな」

「わかってますよ」


 小さく笑いながら花を差し出してくる。本当にわかっているのだろうか、こいつは。

 呆れるほど理解していなさそうな顔で理久は去っていく。


 愛梨さんが来るまでにまだ時間はあるだろうから、もう少しくらいいてもいいじゃないか。しかし、同時に相手をしてぼろが出た時は面倒なことになる。そういうことなら帰ってもらった方がよかったのか。しかし、理久と会ってもらうことにメリットがないわけでもない。愛梨さんには花の件について、女性疑惑がはれるのだから。


 何で、疑惑なんだ。群青の彼を中心とした仲間なら互いの性別くらい知っているだろう。対面したことがないわけでもないだろうに。


 そう、愛梨さんは舞奈の情報を知っていた。愛梨さんの身長や手袋の事、近づかなければわからないシャンプーだか香水だかの匂いの事も知っていた。つまり面識があるはずなんだ。それだと理久は偶然紛れ込んだだけの存在なのか。


 だとすれば緑は誰だ。日高さんか。

 俺は日高さんの色を知らないことに加えて、少なくとも舞奈と日高さんの間は教師と教え子という、情報を集めやすいであろう立場にいる。


 考えたところで余計にわからないことが増えて混乱するばかりだ。

 今は考えるのをやめて愛梨さんを待つことにしよう。




 待つにしても花を持ったまま待つわけにもいかず、一度帰って挿してから公園へ戻ってきた。これなら、部屋に帰ったと連絡を入れた方が楽だったと気付く。

 公園に戻ってからは、やることのなくなった老人のようにベンチに座って雲の多い空を仰いでいたがなかなか愛梨さんは現れなかった。


 時が経ち、昼前になってようやく愛梨さんからの連絡でもうすぐで来ることを知る。確かにあの人ならその時になれば連絡くらいするだろう。

 日が南中してからさらに幾らか過ぎた頃に愛梨さんは現れた。


「ごめんなさい、陽平君。待ちましたか?」


 待っていないと嘘を吐くか、待ったと本当のことを言うか。


「そうですね、結構待ちましたね」

「それは、悪いことしたかな。ごめんね。時間伝えておけばよかったね」


 笑ってはいるが、中では自分を責めているのだろう。


「もうお昼だし、とりあえずご飯食べに行こっか」

「食べたいものとか行ってみたいところとかあるんですか?」

「私は特にそういうのはないかな。だから、陽平君の好きなところでいいよ」


 好きなところでいいと言われても、珍味だとか昆虫食だとかが出てこない、普通のファミレスならどこでもいい。愛梨さんが好きか嫌いかではなく、俺がだめだ。


「なら、近くにある普通のファミレスで」

「今日行こうって思ってたところにも入ってるんだけど、そこでもいいかな」

「まあ、変なものが出てこないならどこでもいいですよ」

「変なものって」


 そう言いながら愛梨さんは頬を小さく掻くような動作をしながら苦笑いする。


「まあ、行きましょうよ。とりあえずは」

「そうだね、こっちだよ」


 前を歩く愛梨さんについていく。この世界に来た時からこの構図は変わらない。




 ファミレスに着いてから二十分程の待ち時間を経て、ようやく座席に案内された。

 もう一か月以上は経つというのに、異世界のファミレスに来たのはこれが初めてだ。


 どんな場所かと思いきや、メニューも内装も殆ど日本と変わらず、新鮮味はまるでない。強いて言うなら、日本のファミレスと違ってカロリー表記はどこにも見当たらないのと、税率の都合で値段が少し高めになっていることくらいか。

 俺はハンバーグとパンのセットメニューを、愛梨さんはドリアを注文し、ほどなくそれらが運ばれてくる。


 食事の最中、愛梨さんが気になって仕方がなかった。

 怪しいところがあったとかそういうわけではない。寧ろ、怪しくなんかないと証明できるような根拠が欲しかったのだ。


 しかし、証明できるようなところも怪しい所作も見られず、ただ、ファミレスでドリアを食べているだけだった。

 食事を終えて向かったのはアパレルショップだった。

 自分の来ている服がお洒落かどうかもわからないのに、まして女性の服となるとそれはもう未知の領域だ。愛梨さんには悪いが、勝手に選んでくださいとしか言えない。


 ただ見ているだけではつまらなかったので、どういう人がいるのだろうと、見まわしてみると、愛梨さんも含めてお洒落な美男美女ばかりで逃げ出したくなる。

 この世界には美男美女ばかりなのか、それともこういう店にくる者はそういう傾向が強い、所謂サンプルセレクションバイアスのようなものなのか。


 往来を見て過ごしていると、お洒落な紙袋を持った愛梨さんが出てきた。売り物がお洒落なら紙袋も相応にということだろう。

 それから、文具店、書店、雑貨屋と、愛梨さんの気の向くまま巡っていきその度に荷物が増えていった。


 最初からわかってはいたが、どうやら荷物持ちが欲しかったようだ。

 訪れる店舗こそ数があったが、一店舗毎の量は少なく、且つ小さいものが主体なので、どこかの誰かが持たせてきた大量のジュースよりはずっと軽い。


 荷物が軽いのはいいことだ。それともう一つ、良かったと思っているものがある。それは、俺の事を気遣ってくれているのか、愛梨さんはランジェリーショップというのか、下着屋を素通りしてくれていることだ。


 男なら誰でも下着屋には入りたくないという共通認識を確立出来るだろう。何か特殊な趣味を持っていなければ。俺は大いにそう思う。

 今の気分的に言うなら、下着屋に入るよりは荷物が多少重いほうがまだましだ。


 最後までその手の店には入ることなく、小物や焼き立ての菓子パンなんかの荷物が幾らか増えたところで買い物を終える。

 来た時には南中に近かった日が今では西の空で眩い橙色の光を放っている。

 本当に、ただ買い物に来ただけのようになっている。それよりも、これはデートではなかろうか。


 そんなことはない。ないはずだ。荷物の数が増える故、荷物持ちが欲しかった、きっとそうだ。そうに違いない。

 今日の買い物を満喫した後だから説得力はないかもしれないが、愛梨さんにも群青の彼との接点があるのではという疑惑が一応あるのだ。


「陽平君、気付いてる?」


 俺が疑っていることに気付いているのかどうなのか、愛梨さんの口からそんな言葉が出た。


「何にかはわかりませんけど、俺がそんな鋭いように見えますか?」


 苦笑いを浮かべ、返答に窮しているようだった。

 否定したい気持ちもあるが、思うところもあって言葉に出来ないといったところだろう。


「愛梨さんだってわかってるじゃないですか」


 それ以上の追及を避けるために誇らしげに言ってみる。


「えー、ああ、うん。ごめんね……?」


 何か言いたげではあったが納得してもらえたようだ。

 俺自身全くダメージがないという事でもなかった。例え俺の自尊心なるものがだんごむしくらいの物だったとしても、まるくなって転がるくらいには衝撃をうけたし、わかっていたこととはいえ、愛梨さんに素でそう思われていたというのは多少なりとも傷つくものだった。


「そうだ陽平君、明日桜子のところに泊まりに行くことになってるんだけど、一緒に行く?」

「いえ、やめときます。流石に気まずいので」


 理由はそれだけではない。あの人が少しばかり苦手だという事、あの人の能力がある限り、どれだけ取り繕っても隠しきれないという事だ。

 それにあの人は、俺が気付いていることに気付いているかもしれない。


「そっか、それはしょうがないね。桜子にも伝えておくよ、陽平君は行かないって」

「七尾さんは俺が行くと思ってたんですか?」

「そういうわけじゃないと思うけど、ちょっと気にしてたかな」


 やはり気付いていて、愛梨さんの前で証明しようという魂胆なのだろうか。

 なにか群青の彼との繋がりを否定する証明が見つかれば、これ以上疑う必要がなくなるというのに。

 沈みゆく日が俺たちを照らし、並んで歩く真っ黒な影を作り出す。

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